居酒屋ではおなじみの麦焼酎の人気銘柄「いいちこ」。その製造元である三和酒類株式会社(大分県宇佐市)が、「和香牡丹」という日本酒を造っていることをご存知でしょうか?

最近では「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」や「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」などを受賞するなど、酒造りの実力をつけている蔵です。

地元の日本酒蔵が合併してつくられた「三和酒類」

「いいちこ」「和香牡丹」を製造する三和酒類株式会社の外観写真

三和酒類は、赤松本家酒造株式会社、熊埜御堂酒造場、和田酒造場という3社の合併により、1958年に日本酒メーカーとして設立された会社です。翌年には西酒造場も合併し、統一銘柄として「和香牡丹」が誕生。1974年には「安心院ワイン」が、1979年には「いいちこ」が発売されます。

ですが、今では清酒部門は三和酒類のなかでもっとも規模の小さい部門となり、現在の日本酒生産量は250石(約45,000リットル)ほどです。

清酒製造チームは6人で、50歳代3人、40代1人、30代1人、20代1人という年齢構成です。杜氏はおらず、リーダーを務める大分市出身の佐藤さんを筆頭に、チームで話し合いながら造りを進めています。

蔵の名前は、「虚空乃蔵(こくうのくら)」。奈良時代に、法然が大分県宇佐市山本に「虚空蔵寺」を建立し、医療や学問が発展したそうです。その地名にちなみ、"虚無から何かを生み出す、チャレンジ精神でいろいろなことに取り組む"ということで、「虚空乃蔵」と名付けられました。

10年計画で日本酒蔵をリニューアル

三和酒類の日本酒部門「虚空乃蔵」のお二人。右から、部長の岩田さんと製造リーダーの佐藤さん、

日本酒部門「虚空乃蔵」部長の岩田さん、製造リーダーの佐藤さんにお話を伺いました。

─ 10年計画で進められている、日本酒蔵のリニューアルについてお聞かせください。

岩田さん:「まず、前半の5年間(2013-2018年)のテーマは2つ。『新しく変わった設備を、どう使いこなすか』、そして『純米酒への挑戦』です。

純米酒に挑戦するにあたり、『和香牡丹』とはどのようなお酒なのかをあらためて考えました。昔は全国新酒鑑評会で賞を取ることを目標にしていましたが、今はそうではありません。

地元・宇佐の米で造った『和香牡丹』をお客様に楽しく飲んでいただき、地域貢献をしていきたいと考え、原料米に宇佐産ヒノヒカリを使ったり、雄町の契約栽培を始めたりしました。結果として、以前は、本醸造と普通酒が生産量の9割を締めていましたが、現在は3割程度が純米酒に変わってきています。

後半の5年間(2019年-)のテーマも2つ。『きっちりと目指す酒を具現化する』と『人を育てる』です。

現在、造り方や考え方をゼロベースでもう一度構築しなおしています。東京で流行りのお酒を飲んで、自分たちの酒が時代に合っていないことを実感しました。『味も考え方も変えねば!』と強烈に思い、毎年造り方を変えていくことにしました。

前半の5年間で新しく導入した設備は使いこなせるようになりましたが、目指す酒を造るためには、造り手自身が変わることも必要です」

三和酒類株式会社の清酒製造工程表

─ 具体的には、どのようなことを変えていったのでしょうか?

佐藤さん:「作業手順や醸造方法の変更を考える際には、一人ひとりと対話し、折り合いをつけながら決めています。さらに、どこを変えるべきかの案を出しながら話し合います。

たとえば、蒸しの放冷作業を素手から手袋をして行うのに変更してはどうかと思って相談しました。やはりそこに抵抗があるメンバーもいて、結果的にしゃもじを使うのはどうだろう、という案になりました。このように全員が納得できる範囲で変えていっています。

近年の大きな変更点としては、製麹機をなくし、手作りの麹造りを始めたことですね。

『和香牡丹』のコンセプトは、旨味があって、スーッと後味が消えていくお酒です。米の旨味や甘味を引き出すことを意識しつつ、スーッと消えていくためには酸を感じさせる必要があります。このコンセプトを意識して、造りをより良くするために、作業工程を少しずつ変化させています。

たとえば、洗米でいえば、昔は1度に30kgの米を一気に洗っていました。しかし、それではうまく洗えていなかったことがあり、それを改善して今は10kgで洗っています。また、米ぬかが多くでていましたが、これが味に影響するのではと思い、洗米のあとにシャワーですすぐこともはじめました。これにより浸水時には濁りがなくなり、きれいな吟醸を実現できるように変わっていったかと思います」

10年間という長い時間をかけて、自分たちの酒に向き合い、人気のある酒の酒質など他から学ぶ部分があれば、それをとりいれて改善して日々の業務に落とし込んでいく。こうした実直な酒造りが、最近の受賞につながっているのかもしれません。

さらに、リーダーである佐藤さんを中心に各地の酒蔵へ修行にも行っています。もちろん修行先で得たことは、次の造りからすぐに反映する。8月からは、社内の研究所で分析をしてもらえることも決定していると言います。

三和酒類の社長、曰く、「赤字でも日本酒の造りは継続する」と、会社を挙げて虚空乃蔵を応援する体制が整っていました。

創意工夫と最新設備で醸す「虚空乃蔵」

三和酒類株式会社の日本酒製造部門の蔵、虚空乃蔵の内観虚空乃蔵を案内していただきました。蔵は新しく、かなり広々としています。それもそのはず、設備そのものは2,000石を造れる規模なのだそう。

虚空乃蔵にある全面ステンレスの麹室麹室は全面ステンレス仕上げ。製麹についても洗米と同じように質の向上を図り、1回に造る量を減らしています。

スマートフォンで麹米の温度を確認できる仕組みがあり、当番がその情報を見て状況にあわせた作業することになっています。当番でない時も蔵人全員が同じ情報を見ているので、「そろそろ温度高いぞ。当番、ちゃんと作業をしてくれよ」と思いながら画面を見つめ、当番が作業をして温度が下がったらホッとするというような毎日です。

三和酒類・虚空乃蔵のケース麹虚空乃蔵の吟醸と大吟醸の麹は、盛りの段階で麹を30kgの衣装ケースに入れ、密閉して温度を上げていく「ケース麹」を採用しています。

この「ケース製麹法」は、タライに麹を閉じ込めて盛る「タライ製麹法」と同じ原理です。これらの方法では、麹の温度と水分量の調整を厳密に行うことで、麹菌を効率よく正確に米の内部に繁殖させることができます。吟醸酒に適した突き破精型の麹を効率よく造ることができるやり方です。

「最初はチーム内から、『ほんとにこれで製麹できるの?』という反応もありましたよ。できることがわかってからは衣装ケースをたくさん買ってもらいました。新規の設備としては安かったですね」と、佐藤さんは笑いながら話してくれました。

三和酒類・虚空乃蔵のタンクルーム

商品保管庫と仕込みタンクの部屋は同じ場所にあります。「営業がお酒を取りに来た時にコミュニケーションを取って、販売の現場としての意見を聞くことができるのが利点です」と、佐藤さんは話してくれました。

三和酒類・虚空乃蔵の搾り機とその衛生管理こちらは「ONV自動圧濾圧搾機」という搾り機。使っていないときには、カビ防止にプラズマクラスターをかけていて、衛生管理が徹底されていることがわかります。

佐藤さんが「絞ってからの管理が勝負。絞ってからはアイスクリームと思え」と修行先の蔵で教わったことから、サーマルタンクを増設したそうです。搾った酒は直接サーマルタンクに移し、マイナス5℃で保存を行います。

「和香牡丹」の純米シリーズ、その特徴は?

最後に、岩田さんと佐藤さんに「和香牡丹」の純米酒シリーズをご紹介いただきました。

「和香牡丹」シリーズは、ヒノヒカリは赤、山田錦は青、雄町は緑というように酒米の種類によってラベルを変えています。全体的な位置づけは以下の表の通りです。

大分・三和酒類の「和香牡丹」日本酒ラインナップ

「和香牡丹 純米 ヒノヒカリ」

虚空乃蔵のフラッグシップとなるお酒です。原料米は、大分県宇佐産のヒノヒカリ。熊本酵母を使った穏やかな香りと酸が切れるタイプのお酒で、宇佐唐揚げとばっちり合います。

「和香牡丹 純米スパークリング」

アルコール度数5度の低アルコール日本酒。若い方にも飲んでいただけるように、甘味と旨味を両立させています。こちらは1801号酵母を使っています。

「和香牡丹 純米吟醸 ヒノヒカリ」

ガス感やフレッシュ感を残した、アルコール度数14度のお酒です。酵母は、熊本酵母と1801号酵母のブレンド。お刺身はもちろん、イタリア料理などとも合う一本です。

「和香牡丹 純米吟醸 山田錦」

「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2019」金賞を受賞したお酒です。6号酵母で造ったこのお酒は、他のお酒の酸度が1.8~2.0なのに比べて、酸度1.5くらいに抑えています。

「和香牡丹 純米大吟醸 山田錦」

こちらも熊本酵母と1801号酵母のブレンドです。精米歩合35%まで磨きました。

「和香牡丹 純米 雄町」

地元の宇佐市安心院で契約栽培をした「雄町」を使っています。大分県産の雄町は一度絶滅していましたが、九州大学にあったものを復活させました。こちらは6号酵母を使用しています。アルコール度数は13度で、あとから旨味がしっかりくるお酒に仕上げました。

「和香牡丹 特別純米 雄町」

ビンテージを付けている雄町で、熊本酵母で造っています。他のラインナップと違い、どっしりとした味わいで燗酒にも向いています。

少数精鋭のベンチャー感あふれる酒造り

三和酒類・虚空乃蔵で醸される「和香牡丹」ラインナップ

2013年に新しい蔵にリニューアルした「虚空乃蔵」。設備とともに、酒の造り方も見直しを常に行い、向上心に溢れているチームでした。

「虚空乃蔵」を見学を通して感じたことは、

  • 変えよう!もっとよくしていこう!という考え方が全体で共有されている。
  • これをやってみたい!ということが言いやすい雰囲気がある。
  • そのような動きを推奨し後押しする、会社としてのバックアップ体制がある。
  • アイデアを出し合って造り方を変えたお酒が新たに賞を受賞することで、正しい方向に進んでいるという自信につながる。

という好循環ができあがっているということです。

岩田さん、佐藤さんの熱意溢れる思いや意気込み、常に変化を求めてスピード感を持つ「虚空乃蔵」は、まさにベンチャー企業のよう。働き甲斐をもって、楽しみながら仕事をしている様子が伝わってきました。

「いいちこ」の知名度が圧倒的に高いため、「焼酎メーカーが造る日本酒はいまいちだろう」という先入観があるかもしれません。ですが、それで飲まないのはもったいない。

社内でもっとも小さい部門でありながら、パワーに満ち溢れた虚空乃蔵が造る「和香牡丹」が、「いいちこ」と並ぶ三和酒類の柱として立つ日も近いかもしれません。 店頭で見かけたら、ぜひ飲んでみてはいかがでしょうか。

◎酒蔵概要

(文/鈴木将之)

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