"フランス人によるフランス人のためのフランスの地で行うコンテスト"というコンセプトのもと、料理との組み合わせという観点から日本酒を審査する品評会「Kura Master(クラマスター)」。

第二回目となる2018年大会で、参加した257蔵・650銘柄の並みいる美酒を退けてナンバーワンとなるプレジデント賞を獲得したのが、大分県杵築市の中野酒造が醸した「ちえびじん 純米酒」です。

「Kura Master2018」プレジデント賞を受賞した「ちえびじん 純米酒」

10年ほど前から酒質向上に着手し、近年では「九州ではトップクラスの美酒」とまで評価されてきた「ちえびじん」。今回のプレジデント賞受賞を契機に、さらなる飛躍を目指しています。

そんな中野酒造にお邪魔して、プレジデント賞受賞の反響と酒造りの様子を伺いました。

会場をどよめかせた、精米70%の純米酒

中野酒造 蔵元社長の中野淳之さん

中野酒造 蔵元社長の中野淳之さん

第一回の開催となった「Kura Master 2017」はまだ知名度が低く、中野酒造の蔵元社長の中野淳之さんも、出品酒を募集していることに気づきませんでした。

ところが、その1回目の品評会で、プレジデント賞を佐賀県の天山酒造が、第2位となる審査員特別賞を熊本県の花の香酒造が獲得。九州地方の新聞やテレビで大いに取り上げられたことから、中野さんも「Kura Master」の存在を知ります。

中野酒造の「ちえびじん 純米酒」と「智恵美人 純米酒」

中野酒造では、昔からある漢字表記の「智恵美人」のほかに、10年前にひらがな表記の「ちえびじん」をデビュー。その開発当時、中野さんは「ちえびじん」をワイングラスで楽しんでもらえるような日本酒にしようと考えていたこともあり、"フランス人によるフランス人のための"品評会にとても興味を持ちます。そして、二回目の開催となる「Kura Master 2018」に、満を持して、純米部門と純米大吟醸&純米吟醸部門に出品しました。

2018年6月の審査会では、各部門の金賞とその上位のプラチナ賞、さらにプラチナ賞の中の上位5銘柄が発表。「ちえびじん 純米酒」は、純米酒部門の上位5銘柄に選ばれており、翌2018年7月に発表される最高賞であるプレジデント賞の受賞候補に入りました。

ですが、発表会場はフランスのパリ。そこまでの旅費は実費です。中野さんはパリに行くべきかどうか迷ったそうですが、前年にパリへ行った複数の蔵元から「貴重な経験ができる」と勧められたことから、パリへ行くことを決断します。

「Kura Master2018」の審査風景

パリでの審査発表の当日。まず、次席となる審査員特別賞の3蔵が発表されました。残るは9蔵。

「ナンバーワンになれる確率は9分の1。ドキドキとワクワクが半々の気分でした」と、中野さん。

審査委員長のグザビエ・チュイザ氏が「私も好きなお酒でした」とのコメント付きで、「ちえびじん」の名前をコール。精米歩合50%以下の純米大吟醸酒を押しのけて、精米70%の「ちえびじん」がナンバーワンの座に輝き、会場にはどよめきも広がったそうです。

これの結果について中野さんは、「日本酒には味わいを左右する要素がたくさんあり、精米歩合だけで決まるのではないことを証明できたと思います」と話してくれました。

販売実績ゼロからスタートした「ちえびじん」

中野酒造の蔵外観ののれん

頂点に立った「ちえびじん」の進化の歴史を探りたいと思います。

中野酒造の創業は明治7年(1874年)のこと。長年、地元向けに日本酒を造る小さな蔵でしたが、高度成長期以降の日本酒の需要減退で苦境に立ったため、平成になってから生き残りをかけて紙パック酒「豊後の鬼ころし」を発売。

これがコンビニ向け商品として成功し、一時は中野酒造の主力商品として育ちます。しかし、大手との競争が激化して長くは続かず、2009年に酒問屋での修行を終えた中野さんが戻ってきたころにはジリ貧の状態が続いていました。

紙パック酒以外には、「智恵美人」の銘柄名で吟醸酒や大吟醸酒を造っていましたが、どのお酒が売れているのか、飲み手の評判はどうなのかなどはさっぱりわからない状態だったそうです。そこから、「おいしい!」と評価を受けた酒をなんとか見つけ出し、問屋を経由せず酒販店に直接提供する新ブランド「ちえびじん」をデビューさせることにしました。

中野酒造の仕込みの様子

中野さんは、一番最初に造ったお酒のことは今でも鮮明に覚えているそうです。

「山田錦を使った純米吟醸酒を『ちえびじん』の第1号にすることにしたのですが、販売実績ゼロからのスタートで、売れる自信は全くありませんでした。このため、1升瓶300本分の小さな仕込みではじめました」

サンプルを持参して首都圏の地酒販売店を巡ると、多くの店主が「100点満点で70点。まだまだだけど、がんばれ!」と激励しながら、取り扱ってくれたのだそうです。おかげで、300本は無事に完売。翌年以降は、酒販店から指摘された課題をひとつずつ解決する一方で、仕込みの量を徐々に増やしていきます。

優しい甘味ときれいな酸味のため、造りを日々改善

中野酒造の「ちえびじん」ラインナップ

こうして、中野酒造の「ちえびじん」は、知名度も売り上げも、2~3年目から上昇。

造りに関しては、洗米と限定吸水をより緻密に、麹づくりの手間を増やし、醪や搾りの温度管理も充実させていきました。5年前からは、すべてのお酒を瓶詰めした状態で冷蔵庫貯蔵するスタイルに変更します。

蔵内部の案内する中野さん

こうした努力が実り、2016年秋に著名ワイン評論家が800点の日本酒の中から秀でた美酒として選んだ78銘柄の中に「ちえびじん 純米吟醸 山田錦」が入りました。このタイミングで、中野さんは目指してきた酒造りの方向に間違いがないことを確信したそうです。さらに29BYの造りからは、主力商品であった定番の純米酒に使う掛米を、ひとめぼれから夢一献に切り替えました。

「『ちえびじん』の目指す酒質は、優しい甘味ときれいな酸味ですが、そのためには軟らかい米を使ってしっかり味わいを出す必要があるんです。当初はひとめぼれでも納得がいっていたのですが、だんだん不満が募ってきて。

定番のお酒の米を替えて味が変わるのも怖いのですが、思い切って決断しました。そうしたら、前の年よりもぐんと良くなったんです。それをKura Masterに出品したところ、プレジデント賞をいただけました。まさにグッドタイミングでしたね」

と、中野さんはうれしそうに話してくれました。

中野酒造の蔵人のみなさん

さらに、中野さんは、「洗米から搾り、瓶詰めまでみんなでやって、蔵でお酒がどんな状態にあるのかを全員で熟知しながら、より美味しい酒を造る努力を重ねています。他の先進酒蔵への見学も極力全員で行きますし、試飲会などの営業の機会にもみんなで交代で行くようにしています」と、「ちえびじん」の酒質向上に向けた熱い思いを語ってくれました。

理想の味わいを目指して、6人の蔵人全員が全力で酒造りに取り組む中野酒造。これからの活躍をますます期待したくなるような、力強さを持った酒蔵でした。

(取材・文/空太郎)

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