市販されている日本酒を対象にした品評会「SAKE COMPETITION」。その中で、若手奨励賞という個人を対象にした賞があります。40歳以下の造り手の中で最も優秀な成績を収めた人に贈られるもので、2018年は宮城県・蔵王酒造の杜氏である大滝真也さん(31歳)が受賞しました。
今回は若き杜氏・大滝さんに酒造りへの思いを伺いました。
「いつ辞めようか」と考えていた酒造り
「実は20代半ばまで、酒造りはつらいだけで楽しいと思ったことはなく、いつ辞めようかと考えてばかりでした」。大滝さんは駆け出しの日々を、そう振り返ります。
地元の工業高校を卒業後、2006年に蔵王酒造に入社。ただし、酒造りに興味があったわけではなく、地元で就職したい思いで蔵王酒造を選びました。その当時、冬場にやってくる南部杜氏とその蔵人たちに造りは任せており、社員で造りを手伝うのは大滝さんの先輩ただ1人だけ。大滝さんは入社後、主に瓶詰めなどの作業をしていました。
ところがその3年後、先輩が体調を崩したことから、大滝さんが造りを手伝うことに。
「これで仕事のリズムが一変しました。始業は朝6時になり、冬場は休みなし。その時は21歳でしたが、残る蔵人はみんな60代後半です。岩手弁で話すので、意思疎通もひと苦労。日本酒の造り方もはっきりとは分からないまま黙々と働くだけで、面白くもなんともなかったです」
新杜氏が、酒造りの面白さを教えてくれた
そんな大滝さんに人生の転機が訪れます。新しく杜氏として招かれた杉浦哲夫さんとの出会いです。
杉浦さんは、山形県での杜氏を最後に引退していました。しかし、蔵王酒造の蔵元に頼まれて「それでは4年間だけ杜氏をやりましょう。その間に、社員蔵人を杜氏に育てます」と話を引き受け、2011年に杜氏になりました。
その杜氏候補に指名されたのが、大滝さんでした。
「当時の知識は、造りに使う道具の名前だけ。それ以外は何も知りませんでした。数年で杜氏になれるわけがないと感じていました」
ところが造りが始まると、これまでとの違いに驚かされます。
「なんでも聞いてほしい」との杉浦さんの言葉を受けて大滝さんが質問をすると、「その答えだけでなく、関連することも説明してくれる。醪の状態について聞けば、何倍もの情報が返ってくる。そういう意味があったのかと納得して、酒造りは奥が深く、面白いものなんだなと徐々に感じるようになりました」
さらに、杉浦さんは蔵人に作業を分担させ、徹底的に任せました。「もし困ったことがあったら言え」と残し、作業に干渉しない。
「すごい人だと思いました。ただ、誰もいなくなった夜に、こっそりと麹や酒母、醪の状態を確認する姿も見かけました」と大滝さん。こうした指導法で大滝さんはもちろん、蔵人全体のスキルも短期間で向上しました。
杜氏としてのスタート
杉浦さんが杜氏になって4年目、ついに「来季から杜氏を任せる」と伝えられました。「まだ責任者にはなれません」と大滝さんが答えると、「心配かもしれないが、蔵人たちと力を合わせれば大丈夫」と言い切られました。
そんな時、杉浦さんの家族が体調を崩し、1ヶ月間、蔵を離れることに。
「それが最も大切な大吟醸を造っている時期だったのです。きちんとこなそうと、無我夢中でした。おかげで大きな問題は起こらず、自信につながりました」と大滝さんは当時を振り返ります。
当時、蔵王酒造では問屋経由の流通がほとんどで、常温で陳列されるのが基本。そのため、新たな取り組みとして冷蔵管理のできる特約店と直接取引する限定流通を行いました。
そこで開発したのが「K(ココロ)シリーズ」です。杉浦さんのアドバイスを受けながら、大滝さんを始めとする若手メンバーで造り上げました。これが評判を呼び、現在はKシリーズが看板商品のひとつとなっています。
限定流通のお酒を増やしたことは、酒質の向上にも役立っています。
「問屋流通というのは、お酒の感想がほぼ伝わってこない。一方、限定流通では多くの反応をいただきます。我々の意図が伝わっているかがわかるし、飲み手のニーズも見えてくる。それらを分析して、造りに反映させています。
また、我々がどういう思い、どういう酒質で造ったのかを蔵人全員が話せるようにしています。飲んでいただいた際に、工夫した点が伝わった瞬間は強い喜びを感じます」
2017年の春には蔵元後継者の渡邊穀一郎さんが蔵に戻り、造りに加わっています。
「酒造りは面白いです。蔵元には、造りは杜氏に任せ、営業と経営に専念するスタイルの人も多い。しかし僕は造りに関わり、酒のことを把握しながら営業に回るつもりです。今季は6人で造っていますが、若返りが進み、平均年齢は36歳。全員が仲良く、楽しく仕事ができています」と渡邊さんは話します。
初めて飲むお酒だからこそ、手を抜かない
2018年の「SAKE COMPETITION」では特約店向けの「蔵王K純米」が純米酒部門で3位に輝いたことで、大滝さんは若手奨励賞を獲得しました。
「『蔵王K純米』は酒米を使わず、食用米のトヨニシキで造ったものです。価格も純米酒の中では安い。そんなお酒が3位をいただいたことが誇りです」と大滝さんは嬉しそうに話します。
2015年の秋から杜氏を務める大滝さんは、今季で4回目の造りを迎えます。
「まだ理想の酒はできておらず、試飲して100点だったことはありません。造るたびに課題が浮上してきて、それを解決するという繰り返しです。造りへのこだわりは、問屋経由と特約店経由のお酒を同じ扱いで造ること。初めて日本酒を飲む人は、スーパーなどで購入することもあると思います。初めて飲む日本酒こそ手を抜かず、高品質なものにしたいと考えています。
また、複数の銘柄が並ぶ宴会において、最初に空になるお酒を目指しています。無意識に手が伸びてしまう、それが蔵王のお酒でありたいです」
大滝さんが造るお酒がこれからどのように進化していくのか、期待が高まります。
(取材・文/空太郎)