今年の夏開かれた、日本一美味しい市販酒を決める「SAKE COMPETITION 2017」。その会場でひときわ脚光を浴びたひとりが、山梨県北杜市で「七賢」を醸す山梨銘醸の若き杜氏・北原亮庫(りょうご)さんでした。

四合瓶で1万円以上(外税)の高級酒を審査する「Super Premium部門」で、亮庫さんが醸した「七賢 純米大吟醸 大中屋 斗瓶囲い」が1位に輝くとともに、もっとも優秀な成績を残した35歳以下の杜氏に贈られる「ダイナーズクラブ若手奨励賞」も獲得したのです。

ここ数年取り組んできた改革で「七賢」の酒質は飛躍的に向上し、人気も急上昇しています。亮庫さんが目指す理想のお酒とは、どんなものなのでしょうか。

蔵に戻ることは考えず、サッカーに没頭した学生時代

七賢の大きな看板が掲げられた山梨銘醸の蔵の前の写真

亮庫さんは1984年1月生まれの33歳。1歳年上の兄で、現在は専務を務める北原対馬さんがいたため、社会人になって家業を継ぐことは考えたこともなかったのだそう。高校時代は大好きなサッカーに没頭し、プロを目指すか、あるいはサッカーに関連した仕事に就きたいと思っていました。東京農業大学の醸造科学科に進学したものの、入学時点では蔵に帰ることは念頭になかったのだとか。

ところが、入学から2年が経った20歳の時、父親である社長の北原兵庫さんから電話がありました。内容は「蔵に直営レストランをつくり、酒米を育てるための農業生産法人も立ち上げた。直営販売所の売り上げも増えている。蔵元がひとりですべてを見るわけにはいかないから、酒造りや酒米の育成を担当する人間として戻ってきてほしい」というもの。

山梨銘醸はもともと、造りの時期に季節雇用の越後杜氏と蔵人がやってきていたのを社員杜氏に切り替えていたため、蔵元は造りに関与せず、蔵人に任せていました。それを蔵元が酒造りにも関与する形に変えたいという話に「そういう重要な役割を急にやれと言われても」と当初はためらったそうです。しかし「年下の妹に任せるのは忍びない。誰かがやらなければならないのであれば、自分がやろう」と決心しました。

危機感から生まれた、徹底的な改革

麹を手ですくっている写真

亮庫さんは農大を卒業後、半年間はアメリカの販売代理店で働き、その後「御前酒」を醸す岡山県の辻本店で造りを学び、酒類総合研究所での研修を終えて、蔵に戻りました。そして、社員杜氏の下で酒造りに加わります。

しかし、すぐに亮庫さんは危機感を覚えました。大学時代に東京の居酒屋で飲んだ美味しいお酒と今の「七賢」はずいぶんと異なるもので「このままでは、首都圏で売れない。大きく変えていかなければ『七賢』の将来はない」という気持ちがどんどん膨らんでいったのだそう。そして、父親に頼み込んで腕の立つ南部杜氏を招聘し、改革のアドバイスを受けながら実力をつけ、2014年から名実ともに醸造責任者になりました。

保存庫の中を覗く亮庫さん

この間、亮庫さんは「七賢」が目指すべき酒質について、ひとつの結論を導き出しました。

「地酒蔵として比較的大きかったこともあって、取り扱っているお酒が多彩だったんです。速醸系酒母が中心と言いつつ山廃のお酒もあるし、5%刻みの精米歩合で造っているお酒もありました。麹菌や酵母もいろいろな種類に手を出していたため、それぞれの商品に特徴がなく、ぼやけたままでしたね。

なんとか基軸になるものがほしいと悩んでいた時に、水の存在に気付いたんです。蔵のある白州町は、ウイスキーやミネラルウォーターの工場が立地するほど水に恵まれた地。蔵の井戸から湧きあがる水は軟水で、舌の上に置いた時の弾力が良いんです。さっと落ちるのではなく、うねりを持った雫が舌から滑り落ちていくような感じで。

この粘性があって潤いに満ちた水を体現したお酒を目指して、必要なものを磨き上げつつ、不要なものをどんどんそぎ落としていくことを決めました。もちろん『やるからには1番になる』との高い目標を掲げて」

七賢のお酒が並んでいる写真

2014年、醸造責任者になった亮庫さんは矢継ぎ早の改革に動き出します。白州の水で育てられた地元産の酒米を急ピッチで増やし、水との相性を考えながら、使用する麹菌を4種類、酵母を3種類に絞り込むことに。目指す酒質と相容れないため、山廃はすべてやめてしまいました。

さらに、醪の温度管理が難しい大型のタンクを撤去し小型のタンクを導入すると同時に、醪の温度管理を自動化。醪の中で製品を仕上げることにこだわり、加水せずに原酒のままで炭素濾過もしない。純米酒以上はすべて瓶燗による一回火入れを行い、生酒はマイナス5℃、火入れしたお酒は5℃以下で貯蔵するようにしました。

また、5%刻みだった精米歩合を「七賢」の"七"にちなんで、37%、47%、57%、70%の4種類に。味の違いが明確になっただけでなく、精米した米の管理も楽になったそうです。

このほかにも会社の組織を簡素化して、蔵人が一丸となって美酒造りに取り組めるようにするなどの改革を続けた結果、酒質は大幅に向上。今回の受賞につながりました。

目指すは「白州の水を体現した、潤いのある透明感豊かな酒」

SAKE COMPETITION 2017でダイナーズ奨励賞を受賞した時の写真

「白州の水を体現した、潤いのある透明感豊かな酒」というゴールに向けて邁進する亮庫さん。杜氏になってからわずか3年での快挙に「自分が成長していることを実感でき、とても励みになりました。ただ、まだまだ発展途上だと思っています。設備をさらに改善するとともに造りの腕をますます磨いて、来年も若手杜氏のナンバーワンを目指します」ときっぱり言い切っていました。七賢のお酒はさらに美味しくなるに違いありません。

(取材・文/空太郎)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます