岐阜県瑞浪市(みずなみし)は、周辺の多治見市や土岐市などとあわせて東濃地方と呼ばれ、「美濃焼」で知られる土地柄。日本でも有数の陶器の一大生産地です。
そんな瑞浪市を流れる土岐川のほとりで酒造りを行う中島醸造株式会社の創業は、江戸時代中期の1702年(元祿15年)。初代・中島小左衛門用信が年貢米を活かして酒造りを始めたのが、その歴史の始まりです。
代表銘柄は「始禄(しろく)」と「小左衛門(こざえもん)」。2002年発売の初代の名前を冠した「小左衛門」は、ANAビジネスクラスの機内で提供され、「全国新酒鑑評会」や「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」などでも複数回の受賞を重ねています。
味わいの秘密は、ミネラル分を含んだ湧き水
中島醸造の酒造りのこだわりは、水の力を活かすこと。仕込み水は、酒蔵の近くにある屏風山(びょうぶざん)から流れてくる伏流水です。
その水源は、屏風山の稜線沿いにある「黒の田湿地(くろのたしっち)」。標高800m付近にある、広さ約2.5ヘクタールの東濃地方最大級の湿地で、白い花が美しいサギソウをはじめ、四季折々のさまざまな湿性植物を観察できる自然が豊かな場所です。
この屏風山から流れる豊かな水は、窯業に必要な動力として活用され、瑞浪市が美濃焼の産地となった一因でもあります。
「地面の比較的浅い位置から汲み出す井戸の水は中軟水で、ミネラル分が豊富です」
こう教えてくれたのは、蔵元の中島修生(なかしま のぶお)さんです。
「仕込み水を飲んでいただくとわかるのですが、ミネラル感がありながら、とても飲みやすいんですよ。甘みもあって柔らか、でも、しっかりとした中島醸造のお酒の味わいについて、この仕込み水のおかげか『独特の風味がある』と言われるんです。
他のエリアから水を運んで仕込みに使うことはできますが、日々の酒造りを続けていくには、どうしても無理が出てきてしまいます。さまざまなトライをした結果、やはり、この瑞浪の水を活かして酒を造るという結論に辿り着きました」
少人数ながら、蔵人の主体性を重視した現場
中島醸造では、元々は寒造りの時期に1,200石程度を醸していましたが、2019年の造りからは四季醸造を始め、年間を通して安定した酒造りを行っています。
現在は、総仕込み量は560~580石程度。コロナ禍の影響で仕込み量を調整している状況ですが、売れ行きは徐々に回復しているとのこと。
製造部長で杜氏を務める渡邉良平さん、そして酛屋(もとや:酒母造りを担当する蔵人)として杜氏を支える下條朋也さんに、中島醸造の酒造りについてうかがいました。
─ 中島醸造の酒造りの特徴を教えてください。
渡邉さん「中島醸造は、仕込み水を活かした食中酒が軸となります。今は週にタンク2本ずつ、自分たちの目が行き届く量をていねいに醸しながら、定番品の酒質を向上させ、新しい酒にもチャレンジしています。
一般的な酒蔵では、杜氏が酒質を設計し、スタッフはその指示をもとに働くスタイルだと思いますが、うちは造り手の個性を尊重していて、意見を言いやすいオープンな職場環境です。正社員5名の蔵人が、お互いに学び合いながら酒造りを楽しんでいる感じですね。
たとえば、酛屋の下條のほうが、僕よりもリキュールを造る腕は数段上ですし、新しいものを生み出す考え方なども参考となるので、勉強させてもらっています」
─ 渡邉さんが杜氏として意識していることはありますか?
渡邉さん「酒造りは子育てと一緒で、自分が育てて世に出し、お客様の手元に届いておいしく飲んでいただけるところまで、すべてを見るからこそ責任が持てると思っています。
分業制も大事ですが、そればかりになると一連の流れを理解して酒造りを覚える機会が減ってしまいます。次世代を担う若手が主体的に酒造りをできるよう、経験を積む機会をつくったり、作業を若手に任せたり、環境を整えるのが自分の役割ですね」
─ 酛屋として働かれている下條さんは、このオープンな職場についてどのように感じていらっしゃいますか?
下條さん「自分たちで考えたことが実現できる、チャレンジさせてもらえる環境に感謝しています。酒蔵とは縁遠い仕事をしていたのですが、ある時に中島醸造のお酒に出会ったことが、ここで働くことになったご縁なんです。
そのお酒が『小左衛門 出羽燦々 初しぼり』。沖縄出身で泡盛ばかり飲んでいた僕は、それまで日本酒をおいしいと思うことがなかったのですが、このお酒の味わいは衝撃的でした。『アルバイトでもいいから、この日本酒を醸す酒蔵で働きたい!』と思った人生を変えた1本です」
─ 渡邉さんの醸したお酒に導かれるように、中島醸造に入社したのですね。実際、働いてみていかがですか。
下條さん「酒造り自体は体力勝負ですし大変ですが、今は四季醸造も始まり、酒蔵の作業導線や設備も良くなって、とても働きやすい環境だと思います。また、リキュールについてはいろいろと任せていただけるので、新しいことにチャレンジしながら、定番の日本酒造りにもしっかり向き合っていけるとも感じています。
中島醸造らしい味わいも大事にしながら、自分たちのアイデアや個性を織り込んでいける。常にアップデートしていく環境に身を置いて、お客様にお酒が届くのを想像しながらの酒造りは本当に楽しいですね」
─ おふたりのオススメのお酒を教えてください。
渡邉さん「僕のオススメは『小左衛門 純米酒 山田錦六割五分(赤ラベル)』。10年前に初めて『自分が思うように、好きに造っていいよ』と言われたお酒です。協会7号酵母を使い、酛もしっかり目で、味わいも濃い目。熟成することを前提に醸しました。それから毎年少しずつ設計を変えて進化させながら、2019年に大きく方向性を変え、フレッシュローテーションに切り替えました。
僕自身も納得の出来でお客様からもご好評をいただいています。今後は、この酒をさらに進化させて『熟成香を付けない熟成』という次のレベルに進みたいと思っています」
下條さん「僕も渡邉さんと同じく赤ラベルと、先に話した『小左衛門 出羽燦々 初しぼり』。それ以外でオススメなのが『小左衛門 杜氏酒 暁(あかつき)』です。これはコロナ禍が早く明けることを祈って2020年6月にリリースしたお酒で、夜明けをイメージして造られました。麹米に雄町、掛米に山田錦、協会8号酵母を使った味わい深い酒です」
3年ぶりの蔵開きイベントは大盛況
中島醸造では、毎年ゴールデンウイークの時期に「春の宴」という酒蔵開きイベントを行っています。2020年・2021年はコロナ禍の影響でオンラインでの開催でしたが、2022年4月に、実に3年ぶりにリアルイベントとして再開しました。
「おかえりなさい!!春の宴2022」と名付けられたこのイベントは、来場者の人数制限や事前予約制などコロナ禍に対応した運営で行われました。ですが、3日間・2部制・各回60名の限定チケットはすぐに完売。中島醸造のファンが、この「春の宴」を待ちわびていたことがうかがえます。
会場は、現在は貯蔵庫として使われている江戸時代に建てられた建物です。席を確保したら、事前予約したおつまみやお酒を、チケットと引き換えで受け取ります。
会場内は、おつまみとのペアリングや、追加のお酒を飲み比べたりするなど、参加者の楽しみ方も様々。
持ち帰り酒のコーナーには、定番品に加え普段は流通していない少量仕込みのお酒も並んでいて、どれを選ぶか迷ってしまうほどの品ぞろえです。
お酒飲み比べセットは、中島醸造厳選の6種類の日本酒を楽しめる構成。このセットの選択を「イベント前日まで悩みに悩んだ」という中島さんに、イチオシを教えていただきました。
「僕のイチオシは『小左衛門 純米吟醸 ひだほまれ』。これまでの小左衛門にはないすっきりとした味わいなんです。しっかりした味わいが特徴の当蔵の酒は、お肉や味噌などの味の濃い料理に合わせやすいですが、この純米吟醸は岐阜生まれの酒米『ひだほまれ』の特性をうまく引き出していて、白身魚や二枚貝などとも相性がよく、スイスイ飲めてしまいますよ」
こちらのおつまみは、瑞浪市の名店「日本料理 きん魚」が、何度もペアリングを重ねて準備したこの日だけの限定セットです。見た目も華やかで、何から食べようかと迷ってしまうほど。参加者からも喜びの歓声が上がっていました。
6種類のお酒飲み比べセットには、味わいの特徴とオススメの食材が記載された説明書きが付いていて、参加者各々がペアリングを楽しめる仕掛けになっています。さっそく、おつまみとともに、中島さんおすすめの『小左衛門 純米吟醸 ひだほまれ』をいただきました。
淡い香りのなかに心地よい酸味を感じ、後味はすっきりと軽やか。確かに他の「小左衛門」シリーズよりも、スイスイといただけます。おつまみの中から、薄味の出汁で炊かれたあさりを合わせてみましたが、こちらとの相性もピッタリです。
「6種類だけではお酒が足りない!」という方には、1杯100円のキャッシュオン方式で追加のお酒を楽しめるようになっています。
「始禄 TERRA」は、先ほどの「小左衛門 純米吟醸 ひだほまれ」を原酒のまま1年間寝かせたもの。原酒ならではの力強さ、ひだほまれのすっきり感がありながら、丸みが出てより味が乗っています。2つを飲み比べることで、よりその違いを楽しめました。
瑞浪の地で育まれた仕込み水を使い、地元に愛される美酒を醸す中島醸造。3年ぶりの蔵開きイベントからは、味わいを守りながら、造り手の個性を活かしたチャレンジを続けていく姿勢が強く感じられました。
(取材・文:spool/編集:SAKETIMES)