1724年創業、山形県鶴岡市にある奥羽自慢株式会社は、年間製造が170石と小さいながらも296年の歴史を持つ蔵元です。現在は「奥羽自慢」と「吾有事(わがうじ)」、2つの銘柄を醸しています。
296年の歴史のなかで、佐藤仁左衛門酒造場から現在の奥羽自慢株式会社へと体制を変えながら、現在まで酒造りを継承してきました。そこにはどのような想いがあったのでしょうか。新銘柄「吾有事」誕生の話をもとに探っていきます。
歴史を受け継いだ新生・奥羽自慢
奥羽自慢株式会社は、もともと佐藤仁左衛門酒造場という社名で「奥羽自慢」を醸していましたが、8年ほど前に佐藤仁左衛門さんが体調を崩し、これまで通りの酒造りが困難となりました。製造免許を維持するためには3年以内に6,000リットルを造らなければいけないこともあり、佐藤さんは蔵を畳もうかと考えていたそうです。
そんな中、同じく山形県にある楯の川酒造株式会社の佐藤淳平社長が、「歴史を積み重ねてきた蔵が、またひとつなくなるのは惜しい」と出資をすることを決めます。こうして佐藤仁左衛門酒造場は奥羽自慢株式会社と名前を変え、再出発することになりました。
当時は最先端の設備ではなかったものの、目指した酒質に適した環境だったため、新体制でも「奥羽自慢」の銘柄は変えず、熟成させてもおいしいお酒というコンセプトでこれまでのファンの支持を得ることに成功します。
しかし、時代の変化とともにフレッシュで飲みやすい日本酒を好む人も増えていることもあり、新たなチャレンジが必要なことも感じていました。
そんななか、3年ほど前に大きな変革を行います。当時26歳だった阿部龍弥さんを製造責任者として、全量純米の新銘柄「吾有事」を立ち上げ、原料にこだわる造りへと大きく舵をきったのです。
徹底した原料処理と若いセンスで造り出す「吾有事」
楯の川酒造と同様に、原料にこだわる奥羽自慢。安定した質の米を仕入れるために、酒米は必ず契約農家さんから仕入れ、顔の見える付き合いを心がけています。山形県の酒造好適米の「出羽燦々」と「美山錦」は、慣行栽培米から特別栽培米へとできるだけ農薬を使わない栽培方法へと変えました。
日本酒の酒造りには「一麹、二酛、三造り」という言葉があります。これは一つ一つ大切に造っていこうという、酒造工程の大切さを表した格言です。
ですが、現在では新たに原点となる原料、つまり米の処理をしっかりとすることで酒質が向上する「零原料処理」という考え方も出てきています。奥羽自慢の統括も行う楯の川酒造の佐藤淳平社長は「零原料処理」の重要性を掲げ、奥羽自慢でもこの考え方を大切にしています。
原料処理を見直すなかで、最初に変えたのは洗米の行程でした。製造責任者の阿部さんは酒米を洗い終わった後の糠の取れ具合に懸念をいだいたそうで、もっとちゃんと糠を取ることはできないだろうかと考えました。
そこで注目したのは、洗米した米の汚れを洗い流すシャワーです。
洗米機から洗われたお米と一緒に糠で濁った水も流れ出てくるので、シャワーで糠をさらに落としても、洗った米にまた糠が付着してしまうという欠点がありました。そこで洗米機から出てくる酒米を一度網で受け、すぐさま洗米機から移動させ、別のシャワーで洗米する方法へと変えた結果、洗った酒米に糠が付くということがなくなりました。
さらに、シャワーの向きを斜めに変えると、ざるが水圧で自動的にゆっくり回転するようになり、満遍なく糠が取れるようにもなりました。
改良を重ね完成した洗米機のほか、麹米を造る行程のなかにも、仕込み量が少ないことをプラスにとらえて工夫を加えます。
通常、かたまりになった麹米を機械で一粒一粒にばらす蔵が多いなか、奥羽自慢ではメッシュを使い、手作業でていねいに一粒一粒にバラします。楯の川酒造でも、精米歩合18%のお酒は、同じくメッシュを使って麹米をばらすやり方を採用しています。
阿部さんは手作業のメリットについて、こう話します。
「機械と手作業の違いは、手作業の方が手触りが違い、仕上がりが柔らかいのが特徴です。機械だと、麹米に風が当たりすぎたり、機械の熱で麹米が湿ってしまうことが気になっていました。
手作業でていねいに作業ができることが、小さい蔵ならではのよいところです。こういったこだわりは消費者には見えませんが、見えないところにこそこだわって、蔵の味に繋げていきたいなと思っています。もし今後仕込み量が増えても、量に合わせたスケジュールを立てて、今のやり方を続けていきたいですね」
「時間を忘れるくらい楽しいときにあるお酒でありたい」
新銘柄「吾有事(わがうじ)」の名前の由来は、曹洞宗の開祖・道元禅師の「自分という存在と時間が一体となる」という言葉から。
この「吾有事」という商品名には、2つの意味が込められていると阿部さんは話します。ひとつは、「酒造りという時間の中で時間を忘れるくらい没頭して造ったお酒」だということ。もうひとつは、「自分の想いの解釈」です。
「お酒の場でどうしても最初はなかなか喋れなかったけれど、お酒が入っていくうちに楽しくなってきて、いつの間にか楽しくしゃべっていたという経験がありませんか?これも自分の時間を忘れて楽しいんでいる瞬間だと思うんです。そんな気付いたら時間が過ぎているなんていう輪の中心に『吾有事』があって欲しいなという想いと、そういうお酒を造っていきたいなという想いを強く持っています」
楯の川酒造でアルバイトとして働いていて、酒造りに関わるなかで、探究心が生まれたと語る阿部さん。
「奥羽自慢は少人数のため大変なこともありますが、探究心からくるワクワクを大切にしながら、そのワクワクが飲み手にも伝わって欲しい」と、酒造りへの想いを語ってくれました。
現在、新たな設備を導入するなど、さまざまな取り組みをしている奥羽自慢。
「奥羽自慢は小さい蔵ながら、設備や造りを少しずつ変化させています。味が変わるのが良いとは思いませんが、さらに良くしていくためには変化も必要です。日本酒のトレンドが洗練へと向かっているなかで、変化していくことは今後大事になってくると思います。
たとえば、定番商品は安定した味わいで造り、季節商品や生酒はいろいろと変化していけば、自分たちの技術向上にもなります。飲み手の方にも楽しんでもらえると思っています。
今はおいしい日本酒があるなかで『吾有事』を手に取ってくださるのはすごくありがたいです。できるだけ飲み手の方と顔を合わせて伝えられる場に行き、多くの人と会って話して『吾有事』の良さを伝えていきたいと考えています」
時間を忘れるぐらい没頭できる酒を目指す、小さい蔵の若い造り手の存在。「吾有事」と阿部さんのこれからに、注目していきましょう。
(取材・文/磯崎 浩暢)