埼玉県入間郡越生町で「越生梅林(おごせばいりん)」というお酒を醸す佐藤酒造店の佐藤麻里子さんは、埼玉県で初めての女性杜氏。26歳という若さで、蔵の酒造りを任されています。
当初、家業である酒造りに携わる気持ちは毛頭なかったという麻里子さん。学生時代、試しにやらせてもらった麹造りに魅せられて、蔵に入ることを決意します。弟がいっしょに跡を継ぐことになったこともあり、蔵元である父の忠男さんは、蔵の設備を一新するという大英断を下しました。蔵人の若返りにも取り組み、現在は20代の若い蔵人4人で美酒造りに邁進しています。
ガラリと変わった佐藤酒造店は、どんな酒造りを目指すのか。杜氏の麻里子さんに伺いました。
刻々と変化する、麹の表情に魅せられて
蔵元・佐藤忠男さんの長女である麻里子さんは、1991年3月生まれ。蔵の直売店でお酒の販売をするなど、実家の酒造りを手伝うなかで、お客さんから「おいしいね!」と言われ、うれしい思いをしてきたのだそう。しかし、4歳年下の弟・徳哉(かつや)さんがいたため、蔵に入るという選択はせず、システムエンジニアを目指して都内の大学に進学します。
冬休みのある日。蔵の手伝いをしていた麻里子さんが、杜氏に「麹造りをやりたい」と申し出たところ「それなら試しに」と麹を触らせてもらうことになったのです。
「麹室へ入るたびに、麹の表情がどんどん変わっていくんです。こんなにおもしろいものはない。すっかり魅せられてしまいました」
蒸米に振りかけた麹菌が2日間かけて増えていく光景を見て、とても感動した麻里子さん。「卒業したら、蔵に入って酒造りをしたい」と、父に告げました。
杜氏の下で修業を始めるとともに、大学4年の春から埼玉県酒造組合の「彩の国酒造り学校」で、2年間の研修を始めます。弟の徳哉さんも、大学卒業間近になって「蔵に入って、父の仕事を引き継ぎたい」と決心しました。
蔵の老朽化により、壁や屋根の修繕が必要になっていた佐藤酒造店でしたが、麻里子さんと徳哉さんの決意に、父である忠男社長も大きな決断をします。蔵を全面的に建て直し、美酒造りに欠かせない設備を一新することにしたのです。工事は2014年の春から始まり、翌年1月に完成しました。
2015年2月、新設備が整った蔵で造りを始めるにあたって、忠男社長はさらなる決断をします。
「蔵が生まれ変わったのだから、造りの体制も刷新しよう。今、流行っているようなお酒を造るには若い感性が必要。思い切って、若返りを図ろう」と、麻里子さんを杜氏に指名するとともに、20代の蔵人を採用。新生・佐藤酒造店をスタートさせました。
生まれ変わった佐藤酒造店は、どんなお酒を目指すのか
最新の洗米機に放冷機、異なる温度と湿度を設定できる二部屋式の麹室。サーマルタンクがずらりと並ぶ仕込み場も、酒母場も搾り場もすべて完全空調です。火入れの工程にも最新の機械が入り、美酒を造る環境が整いました。
そこで考えたのは「越生梅林」をどのように変えていくか。
「香りは強すぎず、適度に漂うぐらい。味わいはふくらみがあるものの、料理の邪魔をせず、むしろ寄り添うようなタイプ。最後のキレは良く、余韻が長くならずに、次の盃が欲しくなるようなお酒を目指します。女性に好かれる商品にしていきたいので、ラベルなども大きく変えていこうと決めました」
麻里子さんは、杜氏になって初めての造りを振り返ります。
「ひと造り目は無我夢中でしたね。それでも、搾ってみたらなんとか納得できるレベルのお酒になっていました」
前杜氏の下で学んだのが2期だけだったことから、不安やプレッシャーもあったようですが、酒造好適米の割合を増やしたり、麹造りを改善したり、仕込みの温度を以前よりも下げて吟醸造りを徹底したりしたことが良かったのかもしれません。
さらに「女性が手に取ってくれるお酒」を実現するために、新しいボトルに、新しいデザインを加えた純米吟醸酒を商品化。造りからラベルデザインまで自分が関わったことから「まりこの酒」と名付けて売り出しました。メディアで紹介されたこともあり、売れ行きは好調。直売店での人気商品に育っています。
20代で醸すお酒とこれからの挑戦
ふた造り目には、華やかでおしゃれなデザインにこだわった「越生梅林」の新シリーズや、新ブランドをリリースしました。また、2017年5月の全国新酒鑑評会で初めて出品した大吟醸酒は、いきなり入賞を果たしています。「初めての挑戦で入賞できるなんて、望外の喜びです。祖父が元気なうちに、必ず金賞を獲りたい」と、麻里子さん。
地酒を取り扱う販売店からとの取引も増えており、この冬は造りの量を増やす計画なのだとか。
「思った通りの納得できるお酒が徐々に造れるようになってきました。弟も含めて、蔵人がみんな同じ世代で、意見を言いやすいので、みんなの気持ちをひとつにして酒造りの腕を磨いていきたいです。麹造りは人任せにせず、今季もすべて自分でやります。夜中に何度も起きなければなりませんが、麹を触るのは楽しいので、大丈夫ですよ」
無限の伸びしろを秘めた佐藤麻里子さん。これからが楽しみですね。
(取材・文/空太郎)