「可能性の見本市」をキーワードに、日本酒の新しい価値を提案しようとする人にフォーカスする連載「SAKEの時代を生きる」。今回は、漫才というアプローチで日本酒を楽しく伝える、きき酒師の漫才師「にほんしゅ」を紹介します。

ツッコミ担当の北井一彰さんとボケ担当の"あさやん"こと浅浦史大さんは、コンビを組んで約10年。日本酒の専門家である唎酒師、人を楽しませる漫才師の能力を発揮して、日本全国で活動しています。

利酒師の漫才師の"にほんしゅ"。ツッコミ担当の北井一彰さんとボケ担当のあさやんこと浅浦史大さん

ボケ担当のあさやんさん(左)とツッコミ担当の北井一彰さん(右)

"きき酒師の漫才師"という唯一無二の立ち位置を築いてきたふたりのこれまでは、どのようなものだったのでしょうか。日本酒との出会いから将来の話まで、その思いを伺います。

コンビ名の由来は、居酒屋のオーダー!?

「ヤッホー!」と響く元気の良い声。にほんしゅのふたりは、トレードマークである青と白の半纏で取材に応じてくれました。

北井さんとあさやんさんの出会いは、大阪府内にある芸人養成スクール。卒業後、コンビを解消した北井さんと、もともとピン芸人だったあさやんさんは、友人に誘われていっしょにイベントを開催したことをきっかけにコンビを結成しました。

"にほんしゅ"というコンビ名は、日本酒が好きだったからではなく、実は偶然の産物。居酒屋で次に聞こえた言葉をコンビ名にしようと決め、店員の「日本酒、入りました!」のひと声で、"にほんしゅ"という名前になったのだとか。

北井さん(以下、北井)お酒は好きだったけど、日本酒の知識はゼロ。銘柄なんて、ひとつも知らなかったです。

あさやんさん(以下、あさやん):お酒というと、むしろ焼酎のイメージが強かったですね。

取材に応じてくれるにほんしゅのお二人。

当時、漫才のネタも日本酒とはまったく関係なかったのだそう。アルバイトをしながら7年間、オーディションに出場するなどの地道な芸能活動を重ねてきました。しかし、芸人として食べていくことの厳しさもあったのだとか。

そんなふたりに転機が訪れたのは、2013年10月です。

北井:"〇〇芸人"が流行って、前に出るための武器を探し始めていた時期でした。"にほんしゅ"という名前に縁を感じて、日本酒を勉強してみようと思ったんです。

夜行バスで東京へ向かった北井さんは、一般愛好者向けのセミナーへ参加。そこで講師をしていた千葉県の酒販店「リカープラザ大越酒店」の大越智華子さんとの出会いが、北井さんを日本酒の世界へ導いてくれました。

北井:セミナーの後、「"にほんしゅ"っていうコンビで漫才やってます」って挨拶したら、「そんな名前なのに、どうして日本酒のことを知らないの!」って怒られて(笑)。でもその後、「日本酒のことを学ぶ気があるのなら、うちで修行してみない?」と声をかけてもらったんです。

にほんしゅの北井さん

北井:事務所をやめるかどうか、この先の人生も含めて本気で考えました。このまま同じような競争を続けても今までのくり返し。大越さんに会って違う世界に触れたことで、自分たちにしかできないやり方があるんじゃないかと思うようになったんです。

北井さんが事務所を離れようと考えている一方で、あさやんさんはやめたくなかったのだそう。

あさやん:芸人の先輩や同期とのつながりがなくなってしまうのが嫌だったんです。でも、先輩に「みんな好きなんで、辞めたくないんです」って相談したら「アホか」って。「人間としてつながってるんやから、やめたって関係ないやん」って言われて納得しました。それで、覚悟を決めたんです。

芸人仲間の後押しをうけて、事務所をやめて千葉県へ。住み込みの酒屋修行が始まりました。

"にほんしゅ"としてリスタート

「リカープラザ大越酒店」は1階が酒屋、2階が事務所、3階がバー、そして地下1階が居酒屋という通称"お酒ビル"。ふたりは1階の酒屋で朝から晩まで働き、日本酒を学びました。しばらくして、地下の居酒屋で一般のお客さんを相手に、日本酒漫才を披露するようになったのだそう。

北井:日本酒のネタがまったくない状況だったので、日中の仕事が終わってから夜にネタをつくる毎日でした。

居酒屋のスペースは30席ほど。もちろん舞台があるわけもなく、通路に立って漫才をしていたそうです。

あさやん:ぼくがボケて、相方がツッコもうかというタイミングで、パートのおばちゃんが生ビールを持って「ごめんねー!」って、通り過ぎていく。にほんしゅの間をビールが通っていく。ちゃんぽん(笑)。

北井:これまでは劇場があって、舞台袖から登場できて、センターマイクが声をひろってくれた。その時のお客さんは16, 17歳がメイン。まったく景色が変わるわけですよ。居酒屋の通路で地声出して、いろいろな年代のお客さんを楽しませなきゃいけない。セブンティーンからセブンティまで(笑)。

酒屋修行の間に、北井さんは唎酒師の資格を取得。当初、資格をとるつもりはなかったというあさやんさんも、日本酒に詳しくなっていく相方を見て自分もとることに決めたのだとか。

あさやん:相方だけが詳しいのが、なんだか悔しくなってきて。「負けたくない」っていう感情が出てきたんです。

にほんしゅのあさやん

家電やガンダムなど、コンビのどちらかが特定の分野に詳しく、まったくわからない相方がツッコミを入れていくというパターンの〇〇芸人が多いなか、にほんしゅはふたりとも資格を取得し、日本酒の専門知識をもっているところが特徴です。この形こそが理想なのだと北井さんは言います。

北井:従来のような、〇〇芸人の枠にはまるような"日本酒芸人"ではダメだと思っていて。僕らは"日本酒芸人"ではなく、"きき酒師の漫才師"。それが、僕たちの生き方そのものです。"二足のわらじを履く"という言葉がありますが、左右色違いのわらじを履いている感覚です。片方は唎酒師のわらじを、もう一方は漫才師のわらじを。それが僕らにとって歩きやすいっていう。

あさやん:ちょっと何言ってるかわかんないです(笑)。

北井:"きき酒師の漫才師"というひとつの職業をつくっているつもりなんです。だからこそ、ふたりとも詳しいことに意味があるんです。

"きき酒師の漫才師"としてのベースを築いた修行時代は、コンビの方向性を模索しながら、新しい"にほんしゅ"をつくりあげていった時期。ハードだったそうですが、当時のエピソードに助けられることも多いのだと、楽しそうに語ってくれました。

難しい日本酒をポップに伝えていく

半年間の酒屋修行が終わり、"きき酒師の漫才師"としての活動が本格的にスタート。日本酒イベントの司会やステージで漫才など、活躍の場が広がっていきました。

あさやん:ありがたいことに、いろいろな人から声をかけてもらえるようになったんです。たとえば、何年か前に会った蔵元さんが覚えてくれていて、蔵開きに呼んでくれたりとか。

北井:おかげさまで、昨年くらいから日本酒の活動だけで食べていけるようになりました。まだ不安定ですけどね。冷静に考えたら、うさんくさがられても当たり前やと思うんですけど(笑)。

司会や漫才のほか、今年の夏からは、漫才ときき酒をいっしょに楽しめるふたりならではの主催ライブ「Sake Laugh」を定期的に開催するのだそう。

北井:日本酒学講師の資格をとって、日本酒ナビゲーターの認定講座も開始しています。僕らの役割は、日本酒の難しい部分をわかりやすくポップに伝えること。楽しそうな入り口になりたいんです。

Kazuaki Kitaiさん(@kazuaki_kitai)がシェアした投稿 -

しかし、日本酒の伝え手はまだまだ不足していると北井さんは続けます。

北井:同じ方向を向いている仲間が、どんどん出てきてほしいと思っているんです。たとえば、タレントが出張日本酒バーの女将をやるとか、芸人が日本酒のネタでショートコントをつくるとか。日本酒業界には、まだいろいろなところに活躍の場があります。あとは、本気で好きかどうか。僕らはちょっとだけ先輩として、そういう活動をする人たちの力になりたいと思っています。

あさやん:先日、同年代の蔵元さん2人と4人で飲ませていただいたときに、「ふたりのファンやし、いっしょに飲めてうれしい」って蔵元さんに言ったら、「何言ってんの、あさやん。もう仲間でしょ」って言ってくれたんです。そのとき、ほんなら気持ち変えなあかんわと思って、気が引き締まりました。ただのファンじゃなくて、もっと日本酒業界を背負っていかないといけないって。そんな気持ちでいっしょに動いてくれる仲間が増えるといいなと思います。

最近では、海外の人に日本酒を説明できるように、国際唎酒師の資格もとったというにほんしゅのふたり。日本酒漫才が、海外で披露される日が来るのも楽しみですね。

夢はキャンピングカーでの日本一周

ふたりが感じる日本酒の魅力は? とたずねると、共通するのは"人"でした。

北井:お酒を造っている人に会うたびに、日本酒にハマっていきました。どんな仕事でも「自分が役に立ちたい」じゃなくて、「どうしてもこれがしたい」という、すがるような気持ちでやっている人って多いんです。運命や使命感みたいなものを感じて酒造りの世界に入る人が多いので、おもしろいですね。

あさやん:日本酒は、誰と飲むかで美味しさが変わるっていうところが一番おもしろいと思います。みんながケタケタ笑いながら飲んでいる酒が一番好き。先日、先輩の家で飲んだときが本当に楽しくて。半笑いのまま寝ていたらしいんですが、先輩に『安楽死のように寝てたで』って言われて。なんかええな、幸せだなと思って(笑)。

北井:日本酒は人と人をつなぐパワーが桁違いですよね。日本酒のコネクト力はすごい。

あさやん:芸人のなかでも、僕たちの影響で日本酒にハマる人が増えてくれて、それがうれしくって。「こないだこれ飲んで、美味しかったですよ」って言われると、自然に「ありがとうございます!」って言っちゃうんです。

笑顔で夢を語るにほんしゅのお二人

日本酒をまったく知らなかったところから、さまざまな人に導かれて一歩踏み込み、見える世界が変わってきたふたり。日本酒業界に恩返しをしたい気持ちでいっぱいという様子です。これからもやっていきたいことがたくさんあると言います。

あさやん:すぐの目標だと、英語を学びに海外留学したい。学びながら人と会って話をしたりして、自分の知らなかった世界を見たいですね。どこの国の人と波長が合うのかも知りたい(笑)。

北井:海外の人に分かりやすく日本酒を広めることはしていきたいです。東京オリンピックを契機に、そのあともずっと続けたいですね。あとはやっぱりもっと日本全国をまわりたい!

あさやん:そうそう。キャンピングカーみたいなのでまわりたい。移動しながら漫才やりたい。移動図書館みたいな感じで、移動しながらお酒の提供もしていくとか。

北井:キャンピングカー計画な! 酒蔵を起点に日本中をまわって、エリアの魅力を紹介する映像を発信していきたい。あとは書籍。蔵元さんのふだん見せない一面を引き出すとか、僕らだからこそ伝えられることがあるはずです。そうやってキャリアをしっかりつくっていくことで、後輩への道ができていくことが理想ですね。

日本酒業界の関係者や多くの日本酒ファンに親しまれる人気者のふたりですが、「まだ、旅の途中なんですよ」と何度もくり返します。日本酒の新しい伝え方を模索し、より多くの人が日本酒に興味をもてるように前進しています。

日本酒も漫才も、人の笑顔を引き出してくれるもの。マネジメントもプロモーションも自分たちでこなしていかなければならない苦労はありながら、自分たちが一番に楽しみながら、やりたいことに挑戦しているふたりの姿はとても幸せそうにみえました。

[取材に協力していただいた店]

  • 蔵家 SAKELABO
    町田駅から徒歩2分。2017年にオープンした角打ちスタイルの店。蔵から届く季節の限定酒など、45mlの少量から楽しめます。オーナーである浅沼さんとあさやんさんが、同じ"あさやん"つながりで仲良くなったのをきっかけに、イベントでもお世話になっているのだそう。

(取材・文/橋村望)

連載「SAKEの時代を生きる」記事一覧

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます