「可能性の見本市」をキーワードに、日本酒の新しい価値を提案しようとする人にフォーカスする連載「SAKEの時代を生きる」。今回は、SAKEジャーナリストとして活躍する木村咲貴さんをご紹介します。

アメリカでの留学・就業経験をもとに、とりわけ日本酒の海外醸造や流通を専門に編集者・ライターとして活動している木村さんは、SAKETIMESでも、稲とアガベ醸造所・岡住修兵さんIslander Sake Brewery・高橋千秋さんなどの取材を担当。

2022年4月には、お酒とメディアのオンラインサロン「Starter(スターター)」を立ち上げ、日本酒の知識とメディアの発信力を兼ね備えた人材の育成に取り組んでいます。

木村さんに、自身のキャリアを振り返りながら、日本酒の情報流通の現状やその活動の原動力ついてうかがいました。

「飲み手」視点で日本酒の情報を発信

2011年に早稲田大学 文化構想学部 文芸・ジャーナリズム論系を卒業後、教育企業や編集プロダクションを経て、2014年にフリーランスの編集者・ライターとして独立した木村さん。現在は、紙やウェブを問わず、さまざまな媒体で日本酒の魅力や可能性を発信しています。

会員制の日本酒専門店「鎮守の森」の元店主・竹口敏樹さん監修の『もっと好きになる 日本酒選びの教科書』(ナツメ社)も、木村さんが編集を担当した書籍のひとつです。

SAKEジャーナリスト・木村咲貴さん

SAKEジャーナリスト・木村咲貴さん

編集プロダクション時代、フリーマガジンなどの媒体でエンタメやグルメ系の記事を手がけていたころは、日本酒はあくまで個人的な趣味だったといいます。

「まだお酒を飲みはじめて間もないころ、両親に地元の和食屋さんへ連れていってもらったんです。そこではじめて飲んだ日本酒がとてもおいしくて。編プロでは毎日のように深夜まで働いていましたが、たまの休みにひとりで新潟や福井、富山などへ出かけて飲み歩いたり、酒蔵を訪ねたりしていました」

独立後、『おとなの週末』や『Hot-Dog Press』などのグルメ分野の仕事をしていた木村さんは、編プロ時代に「SSI認定唎酒師」を取得していたことで、少しずつ日本酒を専門分野とするようになります。

編集者・ライターとしてのスタンスが明確になったのは、ある酒販店の店主との交流がきっかけでした。

大学時代からユネスコの世界遺産にも登録されている熊野古道に惹かれ、毎年のように現地を訪れていた木村さんは、和歌山県新宮市、熊野速玉大社のほど近くにある「地酒みゆきや」で、日本酒の奥深さを知ることとなります。

店主の的場照幸さんは「お酒のドクター」の名前を掲げ、カウンセリング(問診)をもとに好みを分析。試飲をしながら、飲み手の好みに合うお酒を提案するという接客スタイルです。木村さんはそこではじめて「知りたかったことを教えてもらえた」と振り返ります。

地酒みゆきやの外観画像

地酒みゆきやの外観

「日本酒についての記事やコンテンツは、基本的に酒蔵が発信する内容が主なものとなってしまいがち。日本酒について調べようと書籍を読んでも、カタログ的な構成になっていて、体系的に学ぶことができず、逆にわかりにくいと感じていました。

でも、的場さんはあくまで顧客視点で、その人にとっておいしい日本酒を提案してくれます。『おいしくない』と最初に感じる日本酒でも、どうしたらおいしく飲めるようになるか、その方法を教えてくれるんです。的場さんと出会って、さらに日本酒が好きになりました。

当時はまだ、日本酒業界とつながりはありませんでしたが、もし的場さんの言葉をより多くの方に届けられたら、私と同じようにもっと日本酒を好きになる方が増えるのではないか。的場さんの言葉こそ、今の日本酒業界に必要なものなんじゃないか。そう思って、情報発信をお手伝いしたいと申し出ました」

木村さんが作成した地酒みゆきやのパンフレット

木村さんが作成した地酒みゆきやのパンフレット

地酒みゆきやでは、商品を購入したお客様向けにお手製の冊子を配布していました。木村さんは、封筒がパンパンになるほど詰まった大量の冊子の束をもとに、地酒みゆきやのオリジナルパンフレットを制作。日本酒の選び方や飲み方をマンガでわかりやすく解説する一冊に仕上げました。

この出会いを機に木村さんは、造り手だけでなく「飲み手」の視点を重視し、酒販店や飲食店を巡って積極的に関係を構築。編集者・ライターの立場から、日本酒を広める活動をしている人をサポートしようと、仕事に取り組むようになります。

アメリカ留学で実感した、日本酒のリアル

より専門的なジャーナリズム研究を求め、大学時代からアメリカへの留学を志望していたという木村さん。

編集者・ライターとして多忙な毎日を送る中で、カリフォルニア大学ロサンゼルス校エクステンションプログラムでジャーナリズム・サーティフィケイト(履修証明)を取得できることを知り、「このチャンスを逃しては、いつまで経っても留学できない」と一念発起し、2017年6月に渡米します。

3カ月間の語学プログラムを経て、9カ月間のジャーナリズム・プログラムを履修。そこでは取材記事制作や映像制作、メディア分析など実践を交え、ジャーナリズムを体系的に学べたといいます。さまざまな角度からジャーナリズムを研究する中でも、主題としたのはやはり「日本酒」でした。

SAKEジャーナリスト・木村咲貴さん

「アメリカでも日本酒を飲みたいなと思って、いろいろと調べたところ、アメリカ国内にもいくつかのSAKEの醸造所があることを知りました。それで、実際に飲んでみようと日系のスーパーマーケットなどを探すものの、なかなか見つからず、あってもメジャーな酒造メーカーの現地法人が造ったお酒がほとんど。日本から輸入されたお酒を探して数倍高い値段で手に入れても、保存状態が悪いのか、ひねた味がして……。

日本では『海外で日本酒が流行りつつある』とは聞いていたけど、ひょっとして、実はそんなに流行ってないんじゃないか。しかも、もし日本酒に興味を持っても、こんな状態の日本酒しか飲めないのでは、日本酒を好きになってもらうなんて不可能なんじゃないか、と思ったんです」

大学で日本酒に関するレポートを執筆するかたわら、有志でSAKE専門メディア『SakeTips!』をリリース。サンフランシスコで酒造りを行う「Sequoia Sake(セコイア・サケ)」を取材し、経営者であるジェイク・マイリックさん、亀井紀子さん夫妻のインタビュー記事などを執筆しました。

ジェイクさんと紀子さん

「Sequoia Sake」のジェイクさんと紀子さん

中でもジェイクさんと紀子さんとの出会いが、木村さんのアメリカでの活動の方向性を定めることとなりました。

「アメリカでジャーナリズムを学びたかったのは、クリエイターにきちんと還元されるようなメディアの仕組みを考えたいというのが、理由のひとつ。でも、アメリカでの日本酒の現状を目の当たりにして、もっと直接的に日本酒業界に関わる仕事がしたいと思うようになりました。

それで、ロサンゼルスよりも日本酒を広げられる土壌のあるサンフランシスコで働きたいと思っていたところ、紀子さんから『ウチ、一部屋空いていますよ』と取材のときに伺って。すぐに『住みます!』とお願いして、下宿させてもらうことになったんです」

SAKEジャーナリストとして海外の醸造所を取材

木村さんはサーティフィケイト修了を契機に「SAKEジャーナリスト」を名乗り、サンフランシスコにある日系の出版社に勤めながら、個人活動としてアメリカの日本酒流通事情や海外のSAKE醸造所をテーマに取材執筆するようになります。

サンフランシスコにある日本酒専門店の写真

アメリカ初の日本酒専門店「True Sake」

また、2018年10月に開催された「SAKE DAY」を取材したのをきっかけに、イベント主催者で「True Sake」代表のボー・ティムケンさんと知己を得て転職。アメリカ初の日本酒専門店「True Sake」のスタッフとして働くことになりました。

木村さんはTrue Sakeでの接客を通して、アメリカの方々がどんな酒を求め、どんなことを知りたいのかを身を持って実感することになったといいます。

「日本にいたころは、日本酒の味わいをフルーツやナッツ、カカオなど別の食べ物に置き換えて表現するのに抵抗があったんです。『日本酒は米と水でできているんだから、例えようがないじゃない』って。でも『スッキリしていますよ』とか『これは、○○県で造られた酒で』みたいな説明では、アメリカのお客様に買っていただけないんですよね。

テイスティングで周りのスタッフの意見も参考にさせてもらいながら、『キャラメルのニュアンスで、ボールドな味わい』とか『柑橘系でシルキーな味わい』とか、自分なりに語彙を増やしていくと、やっと買ってもらえるようになりました。

日本人だから日本酒のことはよく知っていると思っていましたが、むしろアメリカの方々の視点から学んだことがたくさんあって。あらためて日本酒を見つめ直して、解釈してみると、日本酒をもっと楽しめて、好きになれるような気がしたんです」

日本酒の情報格差を埋めるために

2019年6月にジャーナリストビザを取得し、アメリカでの活動を加速させていた木村さんですが、くしくもコロナ禍で一時帰国を余儀なくされ、志半ばでアメリカを離れることとなりました。

帰国後は、SAKEジャーナリストとして引き続き取材・執筆活動を続けるほか、「SAKETIMES International」のディレクターとして、英語圏向け記事の企画編集に携わっています。

「SAKETIMES International」のトップページ

2021年4月にリニューアルしたSAKETIMES Internationalは、世界中にある酒蔵・醸造所のデータを集めた「酒蔵情報(Breweries)」と、日本酒の基礎的な専門用語を英語で解説した「日本酒用語(Glossary)」のカテゴリを新設。アメリカでの経験を反映し、日本と英語圏での"日本酒の情報格差"を埋めるようなコンテンツを企画しました。

「アメリカのお客様から、日本酒の基礎知識を学べるようなメディアを尋ねられても、正直おすすめできるようなものがないと感じていました。日本にどんな酒蔵があるのかあまり知られていないと思えば、やたら『特別純米』や『特別本醸造』を特別視するような方もいらっしゃったりする。

アメリカで日本酒が流行し始めた約40年前のまま情報が止まってしまっているところもあれば、最新情報を部分的に知っている人もいるなど、情報の伝わり方がアンバランスでギャップがあると感じたんです。

一方で、日本では『日本酒の海外輸出が年々伸長している』とポジティブなニュースばかりで、アメリカにおける日本酒のサプライチェーンの問題が知られていません。日本とアメリカ、あるいは酒蔵と売り手、飲み手のちょうど間に立つSAKEジャーナリストとして、フラットなものの見方や考え方を提示することで、日本酒の未来のため貢献できるのではないかと考えています」

お酒とメディアのオンラインサロン「Starter」

2022年4月、木村さんは新たに、お酒とメディアのオンラインサロン「Starter」を立ち上げました。SAKEジャーナリストとして活動する中で、日本酒の知識とメディアの発信力を兼ね備えた人材が少ないことに焦りを感じるようになったのが、その理由です。

「さまざまな仕事を依頼いただけるのはありがたいのですが、私が望むのは、日本酒が世界中で飲まれるようになって、100年後もずっと愛されていくこと。私ひとりでできることは限られています。今ではSNSを通じてさまざまな人が発信できるようになりましたが、日本酒の魅力や可能性を広げていくためには、『日本酒』と『メディア』の両方の知識とスキルもった人が必要なんです」

「Starter」の名前の由来は、「発酵が始まる場」から。酒母のことを英語で「yeast starter」、もろみのことを「fermentation starter」と呼ぶことから名付けられました。

オンラインサロンの運営には、木村さんのほか、唎酒師などの資格を持つタレントの児玉アメリア彩さんが参画。編集者・ライターのクリーミー大久保さんや日本酒メディア「SAKE Street」の二戸浩平さん、「SAKETIMES」編集長の小池潤らが講師を務めます。

「日本酒の魅力を伝えようとする人達同士がコミュニケーションすることで、場が発酵し、メンバーの活躍の場を広げたり、新たなメディアを作ったりなど、新しい動きが生まれることを目指しています」と、木村さん。

オンラインサロンの参加メンバーは、酒蔵に勤務する方や広報担当者の方、酒販店・飲食店勤務の方や日本酒をテーマにインフルエンサー活動をしている方など、バラエティに富みながら、広く日本酒に関心のある方々が集まっています。

日本酒と出会う機会をつくる「伝え手」の役割

木村さんの活動の原動力は、木村さん自身が日本酒と出会い、その人生が大きく動いたように、誰もが自分の「好きなもの」と出会い、「好き」を自由に語れる世界をつくりたい。そんな想いからだそうです。

SAKEジャーナリスト・木村咲貴さん

「メディアには、離ればなれになっているものをつないで文脈をつくることで、『出会うべき情報に出会える力』があると信じています。

私自身、日本酒と出会って人生が変わったように、世界中には日本酒と出会うべき人がたくさんいるのに、まだ日本酒と出会えていない状況にある。そんな人々をひとり残らず、日本酒と出会えるようにしたいなと思いますし、自分の好きなものを、それぞれが自信を持って『好き』と言えるような世界にしたいんです。日本酒は得てしてスペックや"あるべき姿"が語られがちですが、日本人の私たち自身が日本酒の可能性を狭めることはないと思います。

これから世界中で日本酒を飲む人が増え、現地の醸造所が作られるようになれば、より多様な酒が生まれることになるでしょう。そんなときに『このお酒が良いね』『その酒も面白いね』と、互いに好きな酒を語りあって、ひとりでも多くの方に日本酒が愛されるようになればいいなと考えています」

SAKEジャーナリスト・木村咲貴さん

スマホケースには大好きなお酒「剣菱」のシールが貼られている

誰もが発信できる世の中で、自分の求める適切な情報を集め、本当に必要なものを見極めるのは、ますます難しいこととなってきていると言えるでしょう。

日本酒業界に目を向ければ、酒蔵や酒販店、飲食店が、その哲学や信念を自ら発信し、愛好家が自分の飲んだ酒について語ることで、一見してその熱量は高まっているように思えます。けれども一方で、まだ日本酒と出会っていない方、そのおいしさを知らない方にとっては、「どこから手をつけたらいいかわからない」「なんだか難しそう」と、ハードルが高くなっているかもしれません。

そんな中で、「造り手」と「飲み手」の橋渡しをする「伝え手」として、SAKEジャーナリスト・木村咲貴さんの活躍の場は、ますます広がっていくことでしょう。

(取材・文:大矢幸世/編集:SAKETIMES)

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