「可能性の見本市」をキーワードに、日本酒の新しい価値を提案しようとする人にフォーカスする連載「SAKEの時代を生きる」。今回は、ハワイ州ホノルル市カカアコの地にオープンした「Islander Sake Brewery(アイランダー・サケ・ブルワリー)」の創業者・高橋千秋さんをご紹介します。

2019年秋に応援購入サービス「Makuake」にて実施された、33年ぶりにハワイに酒蔵を復活させるプロジェクトでは、目標の5倍を超える支援金額が集まり、翌年にハワイから届いたお酒は、日本酒ファンの間で話題になりました。

日本国内で研究者や醸造コンサルタントとして活動していた高橋千秋さんに、ハワイでの酒蔵建設にかける思いや酒造りの哲学などについて、お話をうかがいました。

医薬品の研究員から、お酒の研究員へ

東京女子医科大学の研究室に在籍しているときに、ストレスによって生じるとされる摂食障害(拒食症や過食症)に関する研究をしていたという高橋千秋さん。卒業後すぐに結婚し、子育てをしながら研究を続けることを目指しますが、お子さんが心臓病を患っていたため、子育てに集中することを決意します。

そんな高橋さんに転機が訪れたのは、お子さんが中学生になったときのこと。「勉強しなさい」という高橋さんの言葉に「お母さんが勉強したらいいじゃない」と反論されたのです。

「『お母さんは大学院で博士課程をとりながら研究者として働いていたから、本当はずっと勉強がしたかったの。だから、勉強しろって言うならそうするね』と言って、その日から受験勉強を始めたんです」

受験生へと転身した高橋さんは、猛勉強の末、35歳で日本医科大学の大学院に入学。学生時代に取り組んでいた拒食症・過食症に関する医薬品の研究に再び取り組みます。ところが、何年かけても成果が出ないことに高橋さん自身がストレスを感じてしまい、リラックスのためにお酒を嗜むようになりました。

Islander Sake Brewery 高橋千秋さん

「ワインスクールに通ってワインの勉強をするうちに、どんどんお酒の世界にハマっていきました。そのなかで、『仲間といっしょにお酒を楽しむことは、薬の効果を超えるのではないか』と思えてきたんです。お酒でストレス解消ができたおかげで研究もうまくいき、博士課程を無事に修了できました」

お酒の世界をより探究したくなった高橋さんは、2011年に山梨大学へ就職し、ワインの研究を始めます。しかし、都内から毎日通うことに家族から反対があり、就職先を探し直すなかで、酒類総合研究所の東京事務所の求人募集に巡り合いました。

同研究所の主な研究対象は日本酒。高橋さんもワインと日本酒の両方を研究するようになり、官能評価セミナーや清酒技術の講習を担当しました。

Islander Sake Brewery 高橋千秋さん

酒類総合研究所での経験は「すべてがわたしの血肉になっている」と語る高橋さん。ハワイでの酒造りには、医学の研究で得た分子生物学の知識と、酒類総合研究所で得た日本酒の知識が融合されていると話します。

「植物や微生物も含めて、動物のストレスに対する反応は人間と同じなんです。研究で積み重ねた知識を活かして、米という植物や酵母などの微生物のコントロールによる味の変化を試行錯誤しながら、日々、酒造りをしています」

ハワイに根付いていたSAKEの文化

そんな高橋さんの大好きな場所が、ハワイです。

20歳のころ、初めて訪れたワイキキビーチで風に吹かれ、プルメリアの香りを嗅いだ瞬間に「50歳になったら絶対にハワイに住もう」と決意。以来、30年の間に100回以上、ハワイを訪れました。

ハワイの街並み

50歳でハワイへ移住したら、パイナップルワインのワイナリーを建設するつもりだったという高橋さん。ハワイのパイナップル産業は、高橋さんが20歳の頃には一大産業だったはずですが、約30年が経過した現在は産業が衰退し生産量が大幅に減少。移住計画を具体化するころには、ワインを造るだけの大量のパイナップルを確保することが難しくなっていました。

ちょうど同じ時期に、酒類総合研究所で日本酒の研究を始めていた高橋さんは、日本酒にパイナップルを加えるとパイナップルワインよりもおいしくなることを発見。そこで「ハワイにSAKEの酒蔵を建設する」というアイデアをひらめきます。

「移民の歴史を調べるうちに、ハワイと日本の歴史的な関係を知りました。かつて、ハワイには約10社もの酒蔵があったそうです。日本から移住したさとうきび畑の労働者たちにとっては、故郷を思って飲むお酒だったのでしょう。ハワイへの移住が盛んだった明治時代のはじめは、日本から輸入される日本酒は高額で、安く飲めるお酒といえばカリフォルニア産のワインでした。だからこそ、『自分たちでSAKEを造ろう』という機運につながったのだと思います」

それだけあった酒蔵も、第二次世界大戦やアメリカの禁酒法などを原因に次々と廃業。1989年には、戦後、ホノルルで唯一操業を続けていた酒蔵「ホノルル酒造」が閉業しました。

ホノルル酒造

ホノルル酒造

そのような歴史もあり、ハワイでのSAKEの認知度はほぼ100%とのこと。

また、常夏のハワイでの酒造りの工夫は、現在の日本酒産業に欠かせない数々の醸造技術を生み出しました。

「ホノルル酒造の杜氏であった故・二瓶孝夫さんによって、『泡なし酵母』や『スパークリングサケ』の技術が誕生しました。当時、日本の酒蔵の方々がわざわざハワイまで勉強にやってきたそうですから、影響力は強かったのではないかと思われます。

環境が完璧でないことを逆手にとって生み出された新しい技術が、世の中を変えました。私も、彼と同じようにハワイでお酒を造ることで、その可能性を証明したいと思ったのです」

2017年、高橋さんはハワイに株式会社ユナイテッドサケカンパニーを設立。日本で大学講師や醸造コンサルタントを務めながら酒蔵建設に向けて準備を進め、20歳のころ夢見たとおりに、50歳でビザを取得しました。

いくつもの試練が立ちはだかった酒蔵の建設

しかし、ハワイでの酒蔵建設は予想以上にハードルが高く、高橋さんの前に次々と試練が立ちはだかります。

日本人がハワイでビジネスを始めるときの定番は、廃業した現地のビジネスを買収すること。高橋さんのように、ビジネスをゼロから始めることは異例であるうえに、ハワイ特有の法令や商習慣の違いもあり、計画は遅々として進みませんでした。

「ハワイには『ゾーニング』といって、アルコールを造っていいエリアとそうでないエリアが決められています。しかし、不動産会社から紹介された物件が酒造りが禁じられているエリアにあることが、契約後に発覚したのです。

酒蔵を建設したいと依頼したのだから、それをわかって紹介してくれていると思いますよね。ところが、『ただ空き物件を紹介しただけだよ』と言われて、結局支払ったお金は返ってこなかったんです」

建設中のIslander Sake Brewery

建設中のIslander Sake Brewery

ほかにも、日本に帰国している間に現地で依頼していた仕事がまったく進んでいなかったり、依頼人へのメールや電話が繋がらなくなったり、ようやく連邦の酒造免許が下りたかと思えば、ホノルル市の酒造免許がなかなか下りなかったり。自身の貯金だけで資金繰りをしていましたが、いよいよ貯金の底が見えてきたころ、その手助けとなったのが、Makuakeでのプロジェクトでした。

「金銭的なサポートももちろん必要でしたが、ハワイでの酒造りに懸ける思いを自分のことを知らない人に伝えられると考えたのも、Makuakeに挑戦した理由のひとつです」

しかし、「サポートを集める自信はまったくなかった」と振り返ります。周囲の知人には伝えず、募集スタートのボタンを押した後は、パソコンをすぐに閉じてしまいました。数時間後に恐る恐るページを開いてみると、なんと、すでに目標金額の100万円を達成。最終的に目標を大きく超える、562万5,500円ものサポートが集まりました。

Makuake「33年ぶりにハワイに酒蔵を復活させるプロジェクト」

「驚くと同時に、ハワイで酒造りをすることのパワーを感じました。昨年の秋に、支援してくださった方々へリターンのお酒を送ったんですが、『感動で涙が出ました!』という感想をいただいたんです。

昨年はコロナ禍で行きたいところに行けず、会いたい人にも会えない不自由な生活をしていました。そんななか、自分のお酒が日本のみなさんのもとにハワイの風を届けた。お酒がおいしかったからというより、その出来事が涙を流させたのではないでしょうか」

お酒とハワイの両方が持つ、ストレスを和らげる力。高橋さんはMakuakeのプロジェクトを通じて、その可能性を改めて確信したと語ります。

地元の人に愛される酒造り

2020年3月25日、ハワイ州は新型コロナウイルス感染症の拡大を受けてロックダウンを発表。Islander Sake Breweryがオープンした9日後のことでした。

Islander Sake Breweryの外観

Islander Sake Brewery

町中のレストランが営業停止となり、醸造所に併設されているタップルームもオープンできなくなります。コロナ禍に酒造りをスタートした高橋さんですが、そんな境遇さえ、前向きに受け止めています。

「ふだん、ウエディングの仕事をしている人たちが、ボランティアで酒造りを手伝いに来てくれるようになったんです。彼らはコロナのせいで仕事がないけれど、『時間だけはたくさんあるから』と、毎日3〜4人の人たちが来てくれています」

酒造りの経験はまったくなかったというボランティアの人々も、現在は自分たちで考えて行動できるほどに成長。「そろそろ上がりの時間ですが、米の浸漬具合を確認してもらえますか?」などと高橋さんに声をかけ、不在時には搾りや瓶詰めまでしてくれるようになったのだそう。

「未経験者にそんなことをさせるなんてと思われてしまうかもしれませんが、特別な仕事を体験してもらうからこそ、SAKEの奥深さを感じることができる。ここで酒造りを体験した彼らが、『SAKEってこんなにおもしろいんだよ』と伝える伝道師になって、ハワイ中にSAKEの魅力が伝われば、素晴らしいですね」

Islander Sake Breweryで造られたSAKEは、主に醸造所に併設したショップで販売しています。ホノルルでは、最近までレストランの営業が停止されていて、酒蔵のオープンからしばらくはレストランにお酒を卸すことができませんでした」

「アメリカでは、SAKEといえば日本食レストランで飲むものというイメージが強いですが、家で飲んだり、ホームパーティに持って行ったりする人が増えないと、消費は増えていかないと考えていました。家飲みにお酒をどのように薦めるか考えなければいけないなと思っていた矢先に、新型コロナウィルス感染症のパンデミックが始まり、期せずして家に持ち帰る人が増えました。

『今日、これからお寿司をテイクアウトするから、それに合うお酒をちょうだい!』と言って買いに来てくれたお客さんが、私の造ったお酒と料理をいっしょに並べた写真をSNSにアップしているのを見ると、『これが私のやりたかったことだ』とうれしくなります」

コロナ禍ならではの営業スタイルをポジティブに受け止めている高橋さん。その姿勢は、かつてハワイで酒造りをしていた故・二瓶さんに対して述べた「与えられた環境が完璧でないことによって進んでいくものがある」という言葉を思い出させます。

「酒造ビジネスを始めようと決意したとき、『誰に売るのか』というターゲティングがなかなかできなかったんです。日本人観光客なのか、アメリカ本土からの観光客なのか、それとも地元の人々なのか。今、地元の人々に支えられながら、神様が『あなたは地元を見なさい』と導いてくれたんだと思っています」

ハワイだからこそ造れる「地酒」を目指して

コロナ禍により外部からの観光客が減ったなかで、地元の人々に向けたお酒を造るIslander Sake Brewery。高橋さんは、現在の状況を「お客さんがお客さんを呼んでくる。おいしかったからギフトにしたいと、1人に売ると3人が帰ってくるような形で広がっている」と説明します。

広告宣伝はまったく行っていないにもかかわらず、地元のメディアに注目され、売上は昨年3月のオープンから右肩上がり。クリスマスから年末にかけてのギフトシーズンは瓶詰めが間に合わず、お客さんに醸造所の外に並んで待ってもらうほどの盛況ぶりです。

Islander Sake Brewery

ハワイの新しい「地酒」として地元の人々に愛される高橋さんのSAKE。現在は大吟醸酒、吟醸酒、ハワイのフルーツを入れたお酒を造っていますが、すべて火入れは行わず、しぼりたての生酒として販売しています。

「熟成させるスペースやコストも理由のひとつですが、そもそもハワイのような温暖な地域で無理にマイナス貯蔵をしてもエコじゃないですよね。むしろ、ハワイの暑い気候の中では、のど越しが大事になるので、しぼりたてのフレッシュ感をセールスポイントにしています。重たくてどっしりした日本酒はこたつに入って鍋といっしょに飲むシーンが似合うでしょうし、ハワイには海を眺めながらするすると飲めるさわやかなSAKEが合っていると思います」

当初は日本から酒造好適米を仕入れていたという高橋さん。一度、カリフォルニア産の米を試しに使ったところ、その品質の高さに驚いて採用し、現在は日本産の米と合わせ、酒米「渡舟」をルーツに持つカルローズ米やカリフォルニアで育った山田錦を使っています。麹と酵母は日本から輸入していますが、山梨大学時代に野性酵母の研究をしていた高橋さんは、「いつかハワイで酵母を採取してみたい」とこれからの野望を語ります。

「軟水で仕込んでいるので、日本で造られた日本酒と比べると口当たりがソフト。そして、ハワイのリラックスムードのせいなのか、やさしい味わいになっています。ボランティアの人たちがタンクをのぞいて、醪(もろみ)に『元気?』『がんばって!』と声をかけているのも、もしかしたら影響しているのかもしれませんね」

年間を通して20℃を超える温暖な気候のハワイですが、温度管理については大変だとは思わないそうです。日本にいたころ、研究所で夏に醸造講習を行っていたため、暖かい気候の中での酒造りには慣れているとのこと。

ハワイの街並み

ハワイの気候や雰囲気が反映されている酒質について、高橋さんは「これこそが地酒」と胸を張ります。

「これからは『ハワイの風でお酒を醸す』をテーマに、温度コントロールをほとんどせずに造ってみたいと思っています。研究者としての科学的な知識を活かして、温度が上がったときにいかに発酵を抑えて、味わいのバランスをとっていくか。それが、自分がハワイで造るお酒のオリジナリティになっていくはずです」

Islander Sake Brewery 高橋千秋さん

コロナ禍での醸造所オープンを含め、数々の逆境に直面しながらもポジティブに前進する高橋さん。ハワイの「新しい地酒」を醸すIslander Sake Breweryから、かつてこの島々にあった酒蔵が生み出した革新的な技術が生まれる未来は、そう遠くないのかもしれません。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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