さまざまなメディアで「日本酒スタートアップ」という言葉を目にする機会が増えてきました。

日本酒業界に新たな風を吹き込む存在として注目が高まっていますが、そもそも創業数百年の企業が珍しくない日本酒業界において、こうした創業間もないスタートアップに対して懐疑的に思う方もいるかもしれません。

ワイングラスに入った日本酒

今回は、ベンチャーキャピタル(※)から資金調達をすることによって短期間での事業成長を目指すスタートアップの存在が、日本酒業界にどんな変化を起こすのか、日本酒スタートアップのひとつであるClearやWAKAZEに出資しているジャフコグループの担当者に話をうかがいました。

※編集部注:未上場の新興企業に出資して株式を取得し、将来的にその企業が株式を公開(上場)した際の株式売却による利益の獲得を目指す投資会社や投資ファンド

私たちの暮らしを変えるスタートアップ

そもそも「スタートアップ」という言葉が広く使われるようになったのは、この10年ほどのことでしょう。明確な定義はありませんが、一般的には、投資家やベンチャーキャピタルなどから投資を受けて短期間のうちに急成長し、社会や産業にイノベーション(革新)を起こそうとする企業のことを指します。

アメリカのシリコンバレーなどを拠点に創業した数々のスタートアップがイノベーションを起こし、私たちの生活を劇的に変えたことは、まさにその一端と言えるでしょう。

こうしてウェブの記事を読んでいるスマートフォンやタブレット。自分の興味や関心に基づいたコンテンツが配信されるニュースアプリや動画サイト。そして気になったものがすぐに購入できるECサイトや気軽に情報をシェアできるSNS。現代の便利な暮らしの中には、スタートアップの提供するプロダクトやサービスが数多くあります。

日本でも近年、スタートアップへの関心が集まっています。一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会のレポートによると、日本国内におけるスタートアップへの投資金額は年々上昇し、2020年度は2012年度の8倍強にあたる5,000億円超となっています。

「日本酒業界は、国内の出荷量が年々減少していることもあり、衰退産業と見られることもあります。だからこそスタートアップとしてイノベーションを起こし、市場を活性化することが必要です」

そう話すのは、株式会社Clearの代表取締役CEOである生駒龍史さん。現在は、高級日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」も手がけています。2021年5月に約13億円の資金調達を実施しました。

株式会社Clearの代表取締役CEO 生駒龍史さん

株式会社Clear 代表取締役CEO 生駒龍史さん

「スタートアップの定石は、成長市場に身を置くこと。新興企業の多くがITやテクノロジーを基盤としているのも、ごく自然なことです。一方、日本酒市場は国内では縮小傾向。惜しくも廃業される酒蔵もいますし、産業の未来に危機感を抱いている方も多い。しかし、海外輸出が年々拡大するなど、日本酒には大きな可能性があるんです。

私たちのビジネスモデルに新規性はないかもしれませんが、ラグジュアリーブランドを志向し、海外も含めて新たな市場を開拓している。そのスタンスを投資家やベンチャーキャピタルの方々に評価いただいたのは光栄なことですし、その期待に応えなければという責任も感じています」

それでは、ベンチャーキャピタルの方々は、日本酒スタートアップに対してどのような可能性を感じているのでしょうか。

海外市場、ラグジュアリー市場……新たな顧客の開拓に期待

Clearへの出資を決めた企業の中から、今回、話をお伺いするのは、ベンチャーキャピタルのひとつであるジャフコグループでキャピタリストを務める赤川嘉和さん。2021年に上場したスキルシェアサービス「ココナラ」、ブログサービス「note」など、数々の企業投資にも携わっています。

2021年5月のClearの第三者割当増資の際、ジャフコはリードインベスター(資金調達における最大の出資者)として、全体の資金調達を取りまとめました。

赤川さんは日本酒業界について、「専門外だった」と振り返りながらも、日本酒に関わる人たちの熱い想いに感化されたと言います。

ジャフコのキャピタリスト 赤川嘉和さん

ジャフコ 赤川嘉和さん

「ベンチャーキャピタルとして、日本酒業界には伸びしろがあると感じました。海外輸出が年々増加しているものの、ワイン市場のように産地や品種などによる格付けや価格設定が確立しておらず、未整備の部分もある。新たにラグジュアリー市場を開拓しようとしているClearには魅力を感じました。

そして何よりも、日本酒産業に携わる方々とお話ししていると、これほど熱い想いを持っているのかと驚かされます。日本各地で脈々と根づいている企業ならではの哲学がありますし、日本酒そのものの奥深さも感じる。海外進出には数々の壁があるかもしれませんが、突破するのは時間の問題だと感じたんです」

ジャフコではもう一社、日本酒スタートアップに投資しています。「日本酒を世界酒に」をビジョンに掲げるWAKAZEです。

2016年に創業し、山形県の酒蔵での委託醸造による自社商品の開発、そして三軒茶屋での小規模な自社醸造、さらに2019年からはパリ近郊での自社醸造と、新規参入の難しい日本酒業界において、着実に世界進出への足がかりを築いてきました。

ジャフコのアソシエイト 中之内智宏さん

ジャフコ 中之内智宏さん

2021年6月からWAKAZEに出資しているジャフコでアソシエイトを務める中之内智宏さんは、WAKAZEに寄せる期待について語ります。

「さまざまなデータから見ても、日本酒が量から質へとシフトしているのは明白です。『日本酒を飲む』という体験価値を、より豊かに提供できる酒蔵が選ばれるようになってきている。世界では和食が普及し、より日本酒を楽しめる機会は増えてきています。

そんな中で、これまでのように『日本で造られた日本酒を世界に届ける』だけではなく、『現地の方のために現地で造るSAKE』がもっとあっていいはず。WAKAZEがフランスで日本酒を造ることで、日本酒を味わったことのない人にとって最初の一杯となるような機会を提供してくれるのではないかと考えています」

ベンチャーキャピタリストとして、目まぐるしい市場環境の変化を注視し続けるジャフコのおふたりですが、日本酒業界では中長期的な視点を重視していると語ります。

「今で言えばNFTやブロックチェーンなど、この数年で一気にシェアを取ることが重要な業界もありますが、Clearの場合、いかに長期的な視点を持って、その先にある大きな目標に向かって歩くことが重要だと考えています。その過程でやるべきことをやり遂げることで成長していけると信じています」(赤川さん)

SAKE HUNDRED

「どうしても"儲けやすい"方向へ飛びつきたくなることもあるかもしれませんが、短期的な視点になってしまい、本来届けるべき顧客に届けられないのは本末転倒です。WAKAZEにはじっくり時間をかけて市場を耕し、すぐにはひっくり返せないような確固たる基盤を築いて欲しい。結果はその後からついてくると思います」(中之内さん)

WAKAZE の集合写真

出資を受ける生駒さんは、ベンチャーキャピタルが中長期的な視点を持ちながら、ビジネスパートナーとして寄り添ってくれることに、心強さを感じると言います。

「僕らはどうしても視野が狭く短期的になりがちなのですが、赤川さんは経営陣以上に中長期的な視点で見てくれていると感じます。目の前の数字が伸び悩んだときにも、『中長期的にブランドを構築していくべきだから、あまり気にしすぎずに』と、熱いメッセージを送ってもらいました。

資金調達を発表した際、中には『投資家に飲まれてしまった』とネガティブに捉える方もいらっしゃいましたが、Clearの目指す『日本酒の未来をつくる』というビジョンを実現するために、投資家の立場から支えてくれる存在。いつも快く相談に乗ってくださって、本当にありがたいですね」

日本酒市場にスタートアップという起爆剤を

世界的に見れば、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資やソーシャルインパクト投資、SDGsの達成などが重視されるようになり、企業に経済的利潤だけでなく社会的な意義や社会課題の解決を求める動きが強まってきています。そういう意味では、「その土地に根ざし、地域社会とともに発展してきた日本酒業界が存在感を示すことも可能なのではないか」と、赤川さんと中之内さんは語ります。

「伝統的に親しまれてきた文化を継続的に育み、より良いものにしていくという観点から見れば、日本酒業界には魅力があります。投資家にもそういった企業を支援しようという機運が高まれば、投資対象として充分に可能性があると思います」(赤川さん)

「世界的にはもはやESGを満たすことが、投資対象の前提条件となってきています。日本酒はソフトウェアのように爆発的に成長する産業ではありませんが、海外の新しい市場を開拓する、ラグジュアリー市場を創出する、あるいは地域を中心とした事業構想を描ける企業には魅力を感じます。

ただ、ひとりのプレイヤーで市場をつくるのは難しい。そこにもっと多くのプレイヤーが出現し、切磋琢磨し合えば、投資家の関心もさらに高まるのではないでしょうか」(中之内さん)

生駒さんは、日本酒業界にスタートアップが参入することは、日本酒市場を活性化する起爆剤になりうると話します。

「歴史ある業界ですから、私たちのような存在をあたたかく見守ってくれる寛容さもありますが、新しいことに対する警戒心がないわけではありません。まだデジタル化やDX化されていない部分もありますし、酒販店との競合を避けECを行わない酒蔵も多い。その中で新たなプレイヤーが参入することは、業界全体を底上げすることにもつながります」

八海醸造とBrooklyn Kuraの商品が並んでいる様子

「WAKAZEのように率先して欧米を開拓しようとするスタートアップがいることは、僕らにとっても刺激となっています。ワインがこれほど多くの方に飲まれているのは、世界各国で造られ、各地に『地元のワイン』があるのも理由のひとつ。

『八海山』で知られる八海醸造がアメリカの『Brooklyn Kura』と業務資本提携し、『獺祭』の旭酒造がニューヨーク近郊で蔵を建設しているのも象徴的ですが、そうやって世界中で日本酒が造られるようになって、より多くの方に日本酒を飲んでもらえるようになれば、おのずと日本で造られた酒への関心も高まるはず。『MADE IN JAPAN』を打ち出す業界は数あれど、日本酒こそ、その優位性を一番発揮できるのではないかと思うんです」

日本酒の未来のために

SAKETIMESが以前取材した「エシカル・スピリッツ」や「Whitedrop」も投資家やベンチャーキャピタルからの出資を受ける日本酒スタートアップのひとつですが、それ以外にも、クラウドファンディングや自治体などからの融資によって資金を調達するケースもあります。

「Whitedrop」の商品画像

ClearやWAKAZEといった日本酒スタートアップのニュースでは、他の業界と同様に資金調達の金額が注目されがちですが、投資を受けることそれ自体が、日本酒の可能性が、投資家やベンチャーキャピタルにも認められているということ。金額は、その期待の大きさと言い換えられるかもしれません。

大規模な資金調達を実現したClearやWAKAZEが新しい市場を切り拓くことで、また新たなプレイヤーが日本酒業界に参入しやすくなり、それによって適切な資金・技術・人材の流入が起こるのではないかと考えます。

これからもSAKETIMESでは、さまざまな日本酒スタートアップに注目していきたいと考えています。

(取材・文:大矢幸世/編集:SAKETIMES)

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