日本で3番目という広大な県土に、50以上もの酒蔵がある福島県。
太平洋に面した浜通り、交通の要衝となっている中通り、山々に囲まれた会津地方と、気候や風土の異なる3つの地域に分かれているため、造られる日本酒にも豊かな個性があります。
福島県の日本酒と言えば、国内最大の日本酒コンクール「全国新酒鑑評会」にて、2022年まで、都道府県別の金賞獲得数が9回連続1位という記録を達成しました。残念ながら、2023年で記録が途絶えてしまいましたが、県全体の酒造技術が国内トップクラスであることは間違いありません。
そんな福島県の日本酒を、日本酒の有識者たちはどのように評価しているのでしょうか。
今回は、日本酒学講師や唎酒師の資格を持ち、ふくしま観光交流大使も務める氏家エイミーさん、SAKEジャーナリストの木村咲貴さん、SAKETIMES編集長の小池潤の3名が、いま注目している福島県の日本酒について、語り合いました。
福島県の日本酒は、地元の米にこだわる!
氏家エイミーさん(以下、エイミー):まずは私から紹介します。最初の一本は、会津若松市にある髙橋庄作酒造店の「会津娘 純米吟醸 羽黒西64」です。
木村咲貴さん(以下、木村):「会津娘」の他の商品を飲んだことがありますが、独特のほろ苦い後味が印象に残っています。ワインやお茶と同じように、ほど良い苦味は食事との相性が良いんですよね。苦味が上手に表現されている日本酒には、センスを感じます。
小池潤(以下、小池):苦味はネガティブな要素になってしまうこともありますが、これは良いアクセントになっていますね。「会津娘」の中でこの一本を選んだ理由は何でしょうか。
エイミー:「会津娘 純米吟醸 羽黒西64」は、『ひとつの田んぼからひとつの商品をつくる』をコンセプトに掲げる「穣」というシリーズの一本で、「羽黒西64」は特定の田んぼを示しています。杜氏の髙橋亘さんによると、「田んぼごとに異なる土壌や風の吹き方、陽の当たり方を個性として表現したい」という思いがあるそうで、その話を聞いた時に感動しました。さらに、髙橋庄作酒造店は、蔵人さんが米作りをしているんですよ。
木村:自分たちで米作りをしているのなら、お米の味わいをもっと全面に出してもいいはずなのに、ほど良いバランスで仕上げられていますね。
エイミー:米作りから酒造りまで、高いレベルの技術がこの一本に込められているような気がします。
小池:続いては、浪江町にある鈴木酒造店の「磐城壽 純米吟醸 クロスシリーズ 鈴木賢二 」。どうしてこちらを選んだのでしょうか。
エイミー:鈴木酒造店は東日本大震災で酒蔵が流出してしまい、その後は山形県の長井市で酒造りをしていたんです。2021年に、道の駅に併設する形で浪江町に酒蔵が復活し、地元での酒造りを再開しました。福島県の復興のシンボルとして欠かせない酒蔵です。ちなみに、蔵元の鈴木大介さんは「会津娘」の髙橋さんと東京農業大学の同級生なんですよ。
エイミー:「クロスシリーズ」は鈴木酒造店に縁のある専門家に、酒質の設計から醪の管理までをおまかせしています。「人と人、技と技がクロスすることで、掛け算のように大きなものを生み出していきたい」という思いが込められています。第1弾は、福島県ハイテクプラザにいらっしゃった鈴木賢二先生です。
小池:鈴木先生と言えば、福島県が成し遂げた、全国新酒鑑評会の金賞獲得数9回連続1位の立役者ですよね。
エイミー:はい、その鈴木先生です。今回のコラボでは、鈴木先生の提案で、鈴木酒造店がこれまでに使ったことがない麹菌を使っているそうですよ。
木村:確かに、私の知っている「磐城寿」と少し違う味わいですね。ほんのりとしたミルク感と甘酸っぱさが合わさって、イチゴミルクのような印象でした。
小池:洗練されている味わいだと思いました。福島県の吟醸酒には、安定感がありますね。
エイミー:風評被害にさらされている地元の農家さんを支援したいという思いで、地元産のコシヒカリを使っています。浪江町に新しい酒蔵ができてから、新しい商品をどんどん出していて、造り手としての意欲が旺盛なんだと思います。逆境に負けずにむしろ進化していく姿勢が感じられる一本です。
福島県の日本酒は、海外にも通用する!
木村:私は、福島県の日本酒の多様性を意識して選びました。まずは、会津若松市にある辰泉酒造の「純米 辰泉 山廃仕込」です。初めて飲んだ「辰泉」は、都内の酒販店のオリジナル商品だったのですが、それがおもしろい味わいで。さまざまな味わいが口の中で波のように行ったり来たりするんです。衝撃的でした。
小池:この「純米 辰泉 山廃仕込」も個性的ですね。さまざまな具材が溶け込んだスープを飲んでいるような味わいです。
木村:特に酸味が独特なんですよ。すだちやかぼすなど、青々しい柑橘を搾ったような。それでいて旨味もたっぷりと感じます。
エイミー:辰泉酒造は会津地方の中でも、深い旨味を出す酒蔵だと思います。ここまで正統派の山廃仕込みをしている酒蔵は、福島県では少ないかもしれません。
木村:代表の新城壯一さんから、「うちの生酒は1ヶ月後に飲んでも美味しい」と教えてもらったことがあるのですが、試してみると確かにそのとおりでした。ほったらかしにしていても美味しい日本酒には、安心感がありますよね。
小池:ほど良い熟成感があって、温めても美味しそうです。初めて飲みましたが、とても気に入りました。続いては、郡山市にある仁井田本家の「しぜんしゅ にごり」。こちらを選んだ理由は何でしょうか。
木村:個人的に「アメリカに進出してほしい!」と熱望している一本です。アメリカでは「にごり酒」の人気が高く、現地の酒蔵は必ずラインナップに入れています。どぶろくのように粒感が残っているものは好まれにくいのですが、「しぜんしゅ にごり」はミルクシェイクのようなとろりとした食感なので、人気になると思います。
エイミー:するすると飲めてしまいます。後から、甘味のある余韻がふわっと追いかけてきますね。
木村:レモンのような爽やかな上立ち香も心地良いんですよ。
エイミー:仁井田本家は、商品のビジュアルがおしゃれで、日本酒初心者も手に取りやすいのではないかと思います。地元では、お酒を飲まない人や子どもたちにも酒蔵を身近に感じてほしいという思いで、蔵開きイベントを毎月開催しているんですよ。
小池:酒蔵の敷地にある山から切り出した木材で木桶を作ったり、酵母無添加の酒造りに挑戦したりと、伝統的な製法を大事にしていますよね。
木村:美味しさだけでなく、酒蔵としての姿勢も含めて、ファンになる人が多いのだと思います。
福島県の日本酒は、定番商品もハイレベル!
小池:僕は、日々の生活に寄り添ってくれる定番商品から選んでみました。福島県の日本酒と言えば、全国新酒鑑評会のイメージが強いですが、鑑評会を通して培われた技術はレギュラー商品にも生かされていると思っています。まずは、二本松市にある大七酒造の「大七 純米生酛」。木村さんも、最初は大七酒造の日本酒を候補に挙げていたと聞きました。
木村:そうなんです。以前、海外の酒販店で働いていた時に、洗練されたワインのような深みを求める人には「箕輪門」をおすすめしていました。大七酒造の日本酒は、深みのある味わいが好きな人に評価されている印象があります。
小池:僕が学生時代に働いていた日本酒専門の居酒屋でも、「大七 純米生酛」は人気のある一本でした。そこで出会って以来、僕の中では「福島県の日本酒といえば『大七』」というイメージがあります。常温でも冷やしても美味しいのですが、燗にした時に増幅されるやさしい旨味が抜群で、燗酒の魅力を教えてくれた商品でもあるんです。
エイミー:本当に落ち着く味わいですよね。
木村:ほくほくとした香りの中に、スパイスやハーブのようなエスニックな風味も感じます。後味はドライですね。
小池:そう、キレが良いんです。大七酒造は生酛造りへのこだわりだけでなく、扁平精米をいち早く導入するなど、日本酒業界のパイオニアとしての存在感もあります。
小池:次の一本は、喜多方市にある大和川酒造店の「弥右衛門 辛口純米」です。以前、取材で酒蔵にお伺いしたのですが、ほっこりとする落ち着いた味わいが気に入ったので、それから何度も購入しています。「大七 純米生酛」と同じように、常温でも温めても美味しいんですよ。
木村:しっかりとした旨味があるのに軽やかで、すいすいと飲めてしまいますね。
小池:大和川酒造店は、現在の会長が再生可能エネルギーの会社を立ち上げていて、酒蔵で使う電力のほとんどをその会社から購入しています。つまり、“エネルギーの自給自足”に取り組んでいる酒蔵なんです。
小池:取材した時に印象的だったのは、「目標にしている企業はありますか」という質問に、専務(当時)の佐藤雅一さんがアウトドアブランドの「patagonia(パタゴニア)」を挙げたんです。ただものづくりをするのではなく、事業を通して社会に対するメッセージを発信しようとする姿勢に惹かれて、それからファンになりました。
エイミーさん:髙橋庄作酒造店と同じように、米作りにも取り組んでいますよね。
小池:そうなんです。福島県の酒蔵は、自分たちで米作りをしたり、地元の米を大事にしたりと、米に対するこだわりが強い傾向があるかもしれません。
福島県の日本酒は、さらに進化する
小池:他に注目している、福島県の日本酒はありますか。
木村:日本酒ではありませんが、南相馬市にある醸造所「haccoba」「ぷくぷく醸造」のクラフトサケに注目しています。福島県の魅力を、自分たちのやり方で伝えようとする若い人が増えていることに、希望を感じます。
エイミー:私は、“鈴木チルドレン”と呼ばれている、鈴木先生の指導を受けた若い世代の蔵元や杜氏に期待しています。残念ながら、全国新酒鑑評会の金賞獲得数の連続1位は途絶えてしまいましたが、記録というプレッシャーから解放されたと考えることもできます。鑑評会の評価も大事にしながら、自分たちの個性を表現する酒造りを追求してほしいです。
木村:海外では、画一性よりも多様性のほうが評価されます。そういう観点では、エイミーさんが期待している流れは、私も歓迎します。海外でも、福島県の日本酒のファンが増えていくと思います。
小池:きょうの座談会を通して、福島県の日本酒の多様性を感じました。鑑評会で金賞を獲得するような洗練された美味しさもあれば、日々の生活に寄り添ってくれる美味しさや、強いオリジナリティを感じる美味しさもある。高いレベルの技術をもとにしたさまざまな美味しさが集まっているのが、福島県の日本酒の魅力だと思いました。
三者三様の視点で、おすすめの福島県の日本酒を紹介してもらった今回の座談会。ただ美味しいというだけでなく、米作りへのこだわりや、地域を大事にした個性の表現など、大きなポテンシャルを感じることができました。これからも進化し続ける福島県の日本酒に、期待しましょう。
福島県の日本酒の魅力をもっと知りたいという方は、福島県のオフィシャルサイト「ふくしまの酒」をご覧ください。
(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)
協力していただいた日本酒の有識者
◎氏家エイミーさん
シンガーソングライター・ナレーター。「日本酒女子会」代表。唎酒師や日本酒学講師の資格を活かし、日本酒の魅力を音楽で伝える「歌酒(かしゅ)」としても活動中。あったかふくしま観光交流大使や会津若松市観光大使も務める。
◎木村咲貴さん
SAKEジャーナリスト・編集者・ライター。カリフォルニア大学ロサンゼルス校にて、Journalism Certificateを修得した後、アメリカ初のSAKE専門店「True Sake」に勤務。海外向け日本酒メディアのディレクターを務めるほか、書籍・雑誌・WEBメディアの執筆や編集に携わる。現在、新潟大学博士前期課程日本酒学コースに在学中。
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