2016年、日本酒の海外輸出金額が7年連続で過去最高を記録し、大きな話題になりました。

日本酒の輸出先第1位であるアメリカへの輸出量は、現在5,108kl(およそ2.8万石)。しかし実は、それをはるかに上回る、16,256kl(およそ9万石)以上がアメリカ国内で醸造されているんです。

その現地醸造に取り組む企業のひとつが、カリフォルニア州フォルサム市にある米国月桂冠。日本の清酒シェアでトップ3の一角を占める月桂冠が設立した現地企業で、30年近くも前からこの地で清酒を醸してきました。

日本酒の海外輸出が現在ほど伸びていなかった当時、どうして月桂冠は莫大な設備投資が必要になる現地醸造に踏み切ったのでしょうか?

米国月桂冠を上部から眺めた外観

美しい日本庭園を有する米国月桂冠本社

"メーカーが工場機能を海外に設ける"というと、関税や輸送費をはじめとするコストの削減が主な目的と思われるかもしれません。しかし月桂冠が現地醸造を始めた背景には、まったく違った理由がありました。

豊かな水源と歴史のある町「フォルサム」

米国月桂冠が位置するフォルサム市は、サンフランシスコから北東へ約190km向かったところにある、人口7.7万人の町。"ゴールドラッシュが始まった地"としても知られ、当時の面影を残した旧市街は観光地になっています。

フォルサム旧市街

市内のアメリカンリバーやフォルサムレイクにはシエラネバダ山脈の雪解け水が流れ、カヌーやウォータースキー、バーベキューを楽しむ家族連れでにぎわっているそう。2016年には、カリフォルニア州の「家族生活に適した街」第1位(調査会社ウォレットハブ)にも選ばれています。

夏は気温が40℃になることもあるものの、カラっと乾燥しているため不快感はありません。豊かな自然や心地良い風とともに、のんびりと過ごすことができる町です。

アメリカンリバー

世界最高品質を、安定供給し続けるために

米国月桂冠は、1989(平成元)年に設立されました。設立当時の、日本から海外への日本酒輸出量は6,783kl(約3.7万石)。現在のおよそ3分の1程度でした。

まだ日本酒の海外市場が小さかった時代になぜ、資金や人員を大きく割かなければならない現地醸造を選択したのでしょうか。米国月桂冠の浪瀬政宏社長に話をうかがいました。

「当時、品質を保ったままアメリカの市場に日本酒を輸出することは困難でした。ストライキが起きて港での荷下ろしに時間がかかってしまったり、輸送中の商品管理に不安があったり。クール便で港に商品を届けても、5日間荷下ろしできず、船の中に入れられたままだったこともありました。そこで、高い品質の商品を安定して市場に届けるためには、現地醸造が必要だと判断したのです」

もちろん、関税や輸送費などのコストを削減する意図もあったでしょう。しかし、単なる工場機能の移転ではなく、「世界最高品質の酒を、手に取りやすい価格で消費者に安定供給したい」という月桂冠のこだわりが背景にありました。

現地採用の社員が生産作業を行っている

生産準備中の米国月桂冠の様子

とはいえ、設立当初は思うような酒造りができず、かなり苦労をされたのだとか。一年を通して暑い日が続くフォルサムでも酒造りができるように四季醸造システムを導入し、醸造経験の豊富な日本の技術者を連れて行きましたが、なかなか期待通りの味わいにはなりませんでした。

「水、米、気候...何もかもが初めての土地で、ゼロから酒造りを始めるのは大変でした。フォルサムの環境に合うような新しい醸造技術を日本から持ち込むなど、何度も試行錯誤を繰り返し、やっと思った通りの味わいを造れるようになりました」

「今後、米国月桂冠が取り組んでいく挑戦のひとつは、アメリカ人の感じる"おいしさ"を理解すること」と、浪瀬社長は言います。分析によって数値化できる部分もありますが、最終的な"おいしさ"は数値では測れません。日本人である自分たちでは判断が難しいことも多いのだとか。

「それでも、さらにおいしい酒を造れるように社員一丸となって試作品を造り続けています。今まで確立してきた方法から脱却するためには勇気が必要。苦労して築き上げてきた、『こう造ったらおいしい』という間違いのないやり方ですから。しかし、あえてそれを脱してさらなる高品質を目指さなければ、進化できません」

米国月桂冠副社長浪瀬様へのインタビュー写真

アメリカにおける清酒の売り上げは年々上昇していますが、認知度はまだまだというのが実情です。2013年に世界一のワイン消費国となったアメリカでは、ワインの月間消費量が国民一人あたりで750mlのボトル1~2本にもなるそう。対して清酒は、720mlを数年に1本飲むかどうか。

清酒を飲んだことのないアメリカ人にそのおいしさを知ってもらいたい、という浪瀬社長の強い思いをひしひしと感じました。

純アメリカ産の地酒を目指して

アメリカでの醸造にあたり、原料はどうやって入手しているのでしょうか?また、仕上がった酒はどんな味わいになるのでしょうか?米国月桂冠で醸造責任者を務める河瀬陽亮さんに、現地醸造の実態について詳しくうかがいました。

米国月桂冠醸造責任者の河瀬さん

「現地醸造の場所を検討するにあたって、もっとも大きな決め手となったのは『水』。土地を選定するにあたり、30箇所以上から水を採取し試験醸造を行いました。フォルサムには、シエラネバダ山脈の雪解け水が豊富にあり、この水が酒造りに適していることがわかったのです。日本の月桂冠がある京都・伏見の水よりもさらに軟水でした。発酵が緩やかになるため辛口になりにくく、やわらかな味わいの酒に仕上がるんですよ。純米酒だけを醸造している米国月桂冠に適した水質でした。

米はフォルサムからほど近い穀倉地帯・サクラメントバレーでつくられているカルローズ米を使用しています。山田錦の祖父にあたる渡船と長粒米を掛け合わせてできた中粒米で、酒造りに適したバランスの良い米ですね」

カルロース米

安定品質・安定供給を実現するためには現地の原料を使うことが必須だったと語る河瀬さん。輸入原料に頼ると、港でのストライキや輸送の遅延によって、予定通りに入手できないケースが多いのだそうです。また、清酒を地元に根付かせるために、酒造りの工程はほとんどの部分を現地採用の社員が担当しているとのこと。

米国月桂冠は清酒を地域に根付かせることを目指して、原料にこだわるだけでなく、現地の人を積極的に採用したり、地元住民や旅行者向けに酒蔵見学やテイスティングツアーを行なったりと地域活動にも力を入れてきました。

こうした取り組みもあって、米国月桂冠の醸造量は設立当初の900kl(約4,900石)から、2015年には6,160kl(約3.4万石)まで増加。これは、日本国内の酒蔵と比較してみてもトップ15社に入るほどの醸造量だそう。地域に受け入れられてきたからこそ、地元企業として成長することができたのでしょう。

最高品質へのこだわりと吟醸酒への挑戦

米国月桂冠では現在、6種類の酒を醸造しています。そのなかでも、流通の6割を占めるのが「Traditional(トラディショナル)」という銘柄の純米酒。燗に適した酒で、軟水由来のやわらかさをもっています。

現地醸造している6種の酒

また、地元の日本食レストランで人気なのが「HAIKU(俳句)」。精米歩合60%の特別純米酒です。

日本国内の基準に合わせれば、純米吟醸酒を名乗れるスペックですが、日本の月桂冠から"純米吟醸酒を名乗る許可"が得られていないそう。品質にこだわり、妥協を許さない月桂冠の思想がここにも表れていますね。

現地醸造の清酒「Haiku(俳句)」

それでも、月桂冠で貿易部長を務める野田幸雅さんは「『HAIKU』は純米吟醸酒を名乗っても良いレベルになってきました。アメリカで純米吟醸酒を打ち出すことを検討する段階にきたのかもしれません」と、米国月桂冠の新しい歩みを進める準備が整ったことを示唆していました。

前進し続ける月桂冠の大局観

米国月桂冠が設立された30年前は、日本酒の海外輸出がまだ低調で、清酒業界の今後が懸念されていた時代。そんなときに、資金面、事業の成長面でリスクのある海外法人を持つことは、大きな決断だったと思います。

月桂冠はこれまで、科学技術の導入や四季醸造システムの確立、海外展開など、大きなリスクを背負いながらも好機を逃さずに飛躍を続け、日本酒の歴史を発展させてきました。

今回取材した米国月桂冠も同じでしょう。海外で最高品質の商品を安定供給するためには現地醸造が不可欠と考え、海外法人の設立に踏み切った月桂冠。「HAIKU」が純米吟醸酒を名乗らないのも、長期的な視点をもっているからこそ。まずはベーシックな純米酒に注力し、30年もの時間をかけて地元の認知を得てきました。380年という歴史を持つからこそ、時間をかけて誠実に消費者と向かい合うことができるのも月桂冠の強みなのでしょう。そしてようやく次のフェーズへ挑戦をしていくその姿に、日本とアメリカで積み上げた、380年と30年の厚みから生まれた大局観を感じました。日本酒の未来を、月桂冠は切り拓いているのです。

(取材・文/古川理恵)

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