2018年4月10日、菊正宗酒造が130年ぶりにリリースした新ブランド「百黙」の新ラインアップが発表されました。この日は、百黙がお披露目になってからちょうど2年の記念日でもあります。新しい商品がどんなものなのか、さらにその先にはどんな展開が待っているのか......会場は期待感に満ちていました。

登場したのは、これまでの「百黙 純米大吟醸」と、今回新たに加わった2種類のアイテム。「百黙 純米吟醸」と「百黙 Alt.3(オルトスリー)」です。

これまでの「百黙 純米大吟醸」に加え、ライトグレーのラベルの「百黙 純米吟醸」、漆黒の「百黙 Alt.3(オルトスリー)」

「百黙 純米吟醸」は、純米大吟醸と同様、特A地区として知られる兵庫県吉川町の山田錦を精米歩合59%まで磨いています。百黙らしい上質な味わいはそのままに、米の旨味と軽快な酸の絶妙なバランスや、ドライで軽やかな余韻が特徴です。

「百黙 Alt.3」には、"オルタナティブな第三の選択"という意味が込められているのだそう。兵庫県吉川町の山田錦を使った、特徴の異なる複数の原酒がブレンドされています。「マスター・オブ・ブレンダー」の称号をもつ社員が、ひとつのタンクでは表現できない、ブレンドならではの豊かな味わいを実現。華やかな香り、ふくらみのある苦味、そしてフレッシュさが渾然一体となった、まったく新しい味わいの一品です。

リリース当初から、百黙の販売地域は兵庫県限定でした。記者会見では、今後もその流れを継続しつつ、2018年9月にフランス・パリの三ツ星レストラン「ルドワイヤン」にて、新商品のお披露目会を開催することが発表されました。その後、シンガポールやアメリカでも、同様のイベントを開催するそうです。

"兵庫県を代表する銘酒"となりつつある百黙が、世界へ羽ばたこうとしています。2年前に大きな話題となった百黙ですが、販売地域が限られているため、まだ口にしたことのない方々も多いかもしれません。今回は、菊正宗酒造の地元・兵庫県で百黙を取り扱う酒販店を訪れ、百黙がどのように地元で受け入れられているのか、話を伺いました。

百黙は、"日本酒の聖地"の顔にふさわしい

はじめに訪れたのは、兵庫県加古川市で業務用卸売業を展開する松竹酒舗が運営する「酒創 鹿児蔵」。2006年のオープン以来、地元随一の品ぞろえを誇る酒販店で、全国各地の酒蔵から仕入れた地酒が並んでいます。

2006年に開設した酒ギャラリー鹿児蔵

代表取締役社長の大辻嘉衛さんは、近年の市場における厳しい価格競争を懸念し、お酒の価値をきちんと伝える"ライブラリー"が必要だと考え、鹿児蔵をオープンしたのだそう。菊正宗との取引は、鹿児蔵が創業した当初から続いています。大辻さんは「百黙は地元の方にも広く受け入れられている」と話してくれました。

鹿児蔵の代表取締役社長の大辻嘉衛さん

「本格辛口の菊正宗は、料理を引き立ててくれる点などが評価され、料亭や割烹などのお客様にも継続的にご愛顧いただいています。"酒のある食文化"を研究し、真摯に酒造りをしてきた菊正宗の思いに、私自身もとても共感していますね」

そして、"辛口といえばキクマサ"というイメージを覆すような、百黙が発表されたときのことを、大辻さんは「こんな酒を待っていた」と振り返ります。

「日本酒をブームで終わらせることなく、真のファンを開拓するためには、大手酒蔵の変化が必要です。まず、このデザインがかっこいいですよね。このラベルに、菊正宗の思いが込められていると思います。地元の特A地区の山田錦を使った酒を、兵庫県内だけで売るという決意に、ただならぬ覚悟を感じました」

大手酒蔵のチャレンジを好意的に受けとめ、お客さんへ積極的に勧めてきたという大辻さん。純米大吟醸というスペックもあってか、高級和食店からの注文や"ハレの日需要"によるリピートも多いといいます。"地元の酒"として、おみやげに買っていく人も多いのだとか。

鹿児蔵の店内の目立つ位置に並べられている百黙

今回、新ラインアップが加わったことで、さらに多くのお客さんに提案できるようになるのではないかと、大辻さんは笑顔を見せます。

「選択肢が増えたことで、自家用のニーズも増えていくはず。特に『Alt.3』は、ブレンドという新しい発想で、日本酒の可能性を広げてくれると思います。和食が世界文化遺産に登録され、海外からの観光客が増えるなかで、国際都市・神戸の『灘五郷』が世界に誇る"日本酒の聖地"として注目されてほしいですね。その顔となり得る『百黙』を、もっと多くの方々へ伝えていきたいです」

「ついに大手が本気を出した」

次に訪ねたのは、神戸市の三ノ宮、生田神社のほど近くで2006年に創業した銘酒専門店「吟 SHIZUKU」。当店を運営する日の丸グロサリーの取締役社長・今井健介さんは、もともとワインを専門としていましたが、ある日突然、日本酒の魅力に気づいたのだといいます。

「たまたま日本酒を飲む機会があって......『むちゃくちゃ美味しいやん!』と。各地の小さな酒蔵が個性豊かな酒造りをしていると知って、何を思ったか、実家の会社を辞めて、新しく日本酒事業を立ち上げたんです。酒造りに対して真面目で、個性のある酒蔵とお付き合いしたいと思い、酒蔵にひとつひとつ足を運びました」

創業当初から、地元・兵庫県の酒を積極的に打ち出していたという今井さん。神戸市内の酒屋では他の地域に比べて、地元の酒よりも全国の有名銘柄を扱う酒販店が多かったからなのだとか。兵庫県にも素敵な酒蔵がたくさんあることを、多くの人に知ってほしいと思ったのだそう。

しかし、当時は中小規模の酒蔵のみを取り扱っていたため、大手酒蔵の商品を店頭に置く必要はないと考えていました。その姿勢が変化したのは、まさに2016年の百黙誕生がきっかけでした。

「百黙がリリースされる話を聞いたときは、ただ単純に『キクマサ』以外のブランドを造っただけかなと思っていたんです。しかし、試飲してみたら『これはヤバいな......』と。大手が本気で造ったらこうなるのかと、驚きました。ただ、生酛造りの酒をあれだけの規模で安定的に生産し、かつリーズナブルな価格で提供できることを考えると、酒造りの技術は間違いなくトップクラスなんですよ。取引してる他の蔵元さんたちも、うちに来るとよく百黙を買っていくんです。『大手がこれやったらアカンやろ......勝てへんやん(笑)』って」

今井さんは百黙の新ラインアップにも期待を寄せています。

「『もっと米を磨く』という方向ではなく、『純米大吟醸を踏襲しつつも、よりキレのある純米吟醸で』という新ラインアップは、僕としてはまさに願っていたものでした。それに『Alt.3』は味わいもさることながら、"細かい情報を明かさない"という姿勢にもパンチが効いていますよね。スペックで判断するのではなく、まずは自分の舌で確かめる。それって、ワインでは当たり前のことですから。『キクマサっぽいな』『どんなブレンドしてるんだろう』と話しながら飲むのも楽しいですね」

また、百黙が呼び水になったかのように、他の大手酒蔵も新しい取り組みを始めてきたと、今井さんは話します。百黙は、日本酒業界が盛り上がっていく一役を担っているのかもしれません。

日本の兵庫に、百黙あり

従来、居酒屋や和食店との取引が中心だった菊正宗。しかし、百黙の発表以来、フレンチなどの洋食店や中華料理店をはじめとする、これまでにないまったく新しいお客さんが増え、現在では県内約400店舗の飲食店で取り扱いがあるのだとか。

今後は「百黙 純米大吟醸」が開拓してきた新規ファン層に対して、「純米吟醸」「Alt.3」という新たな選択肢を提供することで、百黙をより多くの人に訴求することができる魅力的なブランドに育てていきます。

日本酒「百黙」をもつ菊正宗の代表の写真

菊正宗の代表取締役社長・嘉納治郎右衞門さんは、百黙への意気込みを、次のように話します。

「海外の日本酒市場は、大きな可能性を秘めています。日本では『精米歩合』がほぼ唯一の評価基準とされている側面がありますが、世界と戦っていくうえで、テロワールやエージングなどの新たな付加価値を生み出していく必要があります。

百黙は、兵庫県に住む方々には"おらが酒"と誇りをもてるような酒として、県外や海外の方々には"兵庫に百黙あり"と認知を広げて、『百黙を飲みに、兵庫へ行きたい』と思ってもらう酒になることで、地域振興の一助になりたいと考えています。今後、百黙の販売チャンネルが増えたとしても、何らかの形で『兵庫限定品』を残していくつもりです」

「一刻も早く、全国で飲めるようになってほしい」という思いもありますが、菊正宗が抱く、地元への思いにも胸が打たれます。しばらくは、兵庫へ立ち寄った折に百黙を体験しながら、菊正宗の次なる展開に思いを馳せるとしましょう。日本が誇る酒どころ「灘五郷」の名が、この「百黙」によって世界へ轟くのも、そう遠くない未来かもしれません。

(取材・文/大矢幸世)

sponsored by 菊正宗酒造株式会社

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