メーカーの仕事と言えば、多くの人が「モノをつくって売ること」と想像するのではないでしょうか。もちろんそれがメインではありますが、他にも大事な業務があります。それは、よりよい商品を生み出すための「研究」です。
機械や食品などのメーカーに研究職があることは想像しやすいですが、「酒造メーカーが研究をしている」というイメージは、あまり持たれていないのではないでしょうか。そんな中、菊正宗酒造は「酒質の安定・向上」のため、とりわけ研究に力を入れている酒造メーカーのひとつです。
菊正宗酒造の魅力に迫る特別連載の第7回では、菊正宗酒造の研究施設「総合研究所」の活動をご紹介します。一体どのような研究をしていて、どのような成果が出ているのか、所長の山田翼(たすく)さんにお話をうかがってきました。
使命感を持って取り組んでいる、生酛造りの研究
総合研究所の主要な業務は「基礎研究」と「商品開発」の2つだと、山田さんは説明します。「基礎研究」とは、どんな研究をしているのでしょうか。
「基礎研究では『酒造りの謎を解く研究』が大きなテーマのひとつになっています。明治の末に速醸酛が発明され戦後には酒造りの主流になりましたが、弊社は一貫して生酛の酒造りにこだわってきました。生酛造りは、一般的な酒造りよりも自然の微生物の力を借りている要素が大きく、まだまだ解明されていないメカニズムが多くあります。その謎を究明するために、当研究所ではさまざまなアプローチを行なっています。正直に言って、お金にはなりません(笑)。けれども、私たちには日本酒業界で“生酛造り”を牽引しているメーカーとしての自負があります。生酛についての研究は、使命感を持って取り組んでいますね」
基礎研究としては他に「酒造微生物の研究」などにも取り組んでいるとのこと。ここでは、菊正宗のお酒を造る酵母や乳酸菌の特徴を調べます。お酒造りに使われる酵母や乳酸菌は、1種類ではありません。異なる性質を持った複数の酵母・乳酸菌を使用しています。そのひとつひとつの差異を見ていくと、思わぬ発見に繋がるそうです。
「実験を重ねていると、あるジャンルにおいて、他の種類よりも機能性(健康の保持・増進に役立つ性質)を持つ個体が見つかることもあります。たとえば、弊社の酒蔵から発見された乳酸菌『LK-117』。これには、季節の変化に敏感な方や乾燥が気になる方の健康を内側からサポートする力があると、弊社の研究から推定されています。そこから、『LK-117』を効率よく摂取するためのサプリメント『米のしずく』が生まれました」
基礎研究から生まれる商品もある一方で、始めから「商品開発」を目的として研究に着手するケースもあります。
「2015年に新商品としてリリースした『純米酒 香醸』には、弊社が独自に開発した新酵母『キクマサHA14酵母』を使用しています。これは“吟醸酒よりも手頃な価格で、吟醸酒のように香り高い酒”を造るために開発された酵母なんです。HA14酵母で酒を醸すと、低精米でも華やかでフルーティーな香りを引き出すことができます」
キクマサHA14酵母を使った「純米酒 香醸」と他のお酒の香気成分(カプロン酸エチル)の含有値の比較図
酒造りでいい香りを出すには「コストをかけて米を磨く」のが一般的な考え方です。しかし、米を磨けば磨くほどコストがかさみ、商品の値段も上げざるを得なくなります。菊正宗は研究の力でこれを解決し、今の顧客のニーズに合った商品を生み出すことに成功しました。
感覚から理論へ。安定醸造のために技を磨いた菊正宗
総合研究所が組織として確立されたのは1992年のこと。しかし、菊正宗では100年ほど前からたゆまず研究に力を入れ続けてきました。
総合研究所の外観
「古くは明治初期、当主が酒質の調査のために、高価なドイツ製の顕微鏡を購入したという記録が残っています。醸造家が顕微鏡を買ったのは、国内でもこれが初めての事例だったのだとか。明治の末期からは、大学で醸造学を修めた技師を雇うようになりました。杜氏の感覚頼みだった酒造りを、酒造業界の中でも先駆けて、研究に基づいた安定醸造へとシフトさせていったのです。こうした流れから、弊社には研究の労力を惜しまない風土が築き上げられていきました」
様々な実験道具が所狭しと並ぶ研究室
機械化が進んでいなかった当時、「酒質の安定」はすべての酒蔵にとっての命題でした。そのため、菊正宗の所在する灘五郷エリアでは、昔から酒造りに携わる技師や杜氏が集まって、情報交換をする場を設けていたそうです。その協力関係は「灘酒研究会」という形で今なお残っています。
「灘酒研究会では、定期的に各メーカーの技術者が集まってディスカッションを行なったり、共同で企画を立ち上げたりしています。最近では灘酒造メーカーの統一ブランド『灘の生一本』をリリースするなど、会社の垣根を越えた取り組みも増えてきました。研究領域で言えば、学会の場でも他の酒造メーカーさんとよく顔を合わせることがありますね。協力し合える部分は協力し合って、業界全体の発展に貢献していこうという意識は、どのメーカーの研究者の方も共通して持っていると思います」
10年ものの企業努力の結晶。研究成果がデイリー商品の品質向上に
専門的な研究というと、私たちの生活とは縁遠いもののように感じられるかもしれません。しかし、もしあなたが日常的に日本酒(とりわけ菊正宗のお酒)を飲んでいるならば、知らないうちに研究の恩恵を受けている可能性が高いと言えます。
「弊社では2006年から、
菊正宗の研究は、新商品の開発ばかりではなく、デイリー商品の品質向上にもしっかりと活かされています。
「デイリー商品に役立った研究の事例は、ほかにもあります。生酛の基礎研究の中で、でき上がる日本酒にペプチド(アミノ酸が複数つながったもの)を多く残せる『コクミα酵母』を発見しました。そして『コクミα酵母』を利用することで、“超辛口でもしっかりと旨味のあるお酒”が造れるようになったんです。この技術は、現在の『菊正宗 辛口パック』に応用されています」
『コクミα酵母』は研究のスタートから発見、そして商品へ応用できるまで、13年もの歳月を費やしたのだとか。短期的な実益を生み出すことに縛られず、本腰を入れて酒の本質を向き合うような研究ができるのは、業界内でも“技術のキクマサ”と言わしめてきた菊正宗の真髄なのでしょう。
研究所の機材は、一見酒蔵のものとは想像できないようなものばかり
「菊正宗には、古くから脈々と受け継がれてきた“技への誇り”があるからこそ、今も思う存分研究に情熱を注げる環境が整っています。先人たちの積み重ねに感謝しつつ、自社や業界はもちろん、ひいては人類全体に利益をもたらせるような研究成果を出せるように、これからも日々研究に勤しんでいきたいと思っています」
確かな研究力を新商品に応用するだけではなく、多くの人が手に取りやすいデイリーの商品にまで生かしている、菊正宗酒造総合研究所。彼らはよりよい酒を、より手頃な価格で楽しんでもらうため、最先端の技術の結晶をお茶の間にまで届けているのです。その姿勢には、創業より受け継がれてきた“顧客のため”の酒造りの精神が、脈々と根付いているように感じられました。
(取材・文/西山武志)
sponsored by 菊正宗酒造株式会社
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