最先端テクノロジーの製品棟に、独自の日本酒文化研究施設、そして世界的ファッションデザイナーが手がけた制服。前回の記事で、一般的な"酒蔵のイメージ”からは想像できないオドロキに溢れた設備をご紹介した菊水酒造。連載の第2回は、そんな菊水酒造の酒造りについて紹介していきます。

個性の違うふたつの蔵で酒造り

菊水酒造の酒造りは、個性の違う「ふたつの酒蔵」で行われます。

ひとつは、規模が大きく、充実した設備を持つ「二王子蔵(にのうじぐら)」。大型仕込みの施設で、市販酒の大半はこの二王子蔵で製造されています。

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モダンな雰囲気の「二王子蔵」のエントランス

もうひとつは、先の記事で紹介した「日本酒文化研究所」ともつながっている「節五郎蔵(せつごろうぐら)」。こちらは二王子蔵とはうってかわって小さくてコンパクトな酒蔵。数人の蔵人による、手作業での酒造りが行われています。

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風情あふれる冬の「節五郎蔵」の外観

規模・設備・酒造りの方法、どれをとっても異なるふたつの蔵で酒造りをしている菊水酒造ですが、全国新酒鑑評会では両蔵で「金賞」を獲得するなど、いずれの蔵でも高いレベルの酒を醸しているのです。

どうして、大型仕込みと小仕込みのどちらでも質の高い商品を製造できるのか? 菊水酒造・製造グループのリーダーの伊藤淳さん、「節五郎蔵」の責任者でいらっしゃる田巻こずえさんに話を伺いました。

二王子蔵:“菊水の味”を届け続ける

製造グループリーダーであり「二王子蔵」の責任者でもある伊藤さん。入社から24年間一貫して製造を担当しており、現在は“蔵の司令塔”でいらっしゃいます。

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「二王子蔵では、『菊水の辛口』や『ふなぐち菊水一番しぼり』、『無冠帝』などほとんどのレギュラー酒を製造しています。蔵で製造する酒量は、清酒・酒粕焼酎・リキュールなども合わせて年間5,700キロリットル。1日平均で15キロリットル超ものお酒が造られているんです。二王子蔵は設備が充実しているので、効率的な酒造りができます。これによって、たくさんの商品を安定して供給し続けられるんです」

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「設備の拡充が進んだことで、酒質は格段に安定しました。お客様が求めているのは”造り手の味”ではなく”菊水の味”だと思っています。だから、品質を安定させるためにできることはどんどん取り入れていきたい。それがお客様のためになるからです」

でも、これほど合理化が進んでいると、”蔵人の役割”はどんなところで必要になるのでしょう。

「香りをかぐ、色を見る、味を確認するなど5感を使った判断は、どれほど合理化が進んでも、やっぱり人がするもの。造りの良し悪しを判断するには経験が必要なので、蔵人の技術は重要ですね」

そんな二王子蔵は、27BYの新酒鑑評会において、蔵の建設をしてから初めての金賞を獲得。大型仕込みの蔵ではありますが、小仕込みの蔵と変わらない繊細な酒造りを実現しています。

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実は、菊水酒造には杜氏がいません。他の蔵に先駆けて昭和44年に杜氏制が廃止されています。その狙いは酒造りの技術を社内に蓄積すること。伊藤さん曰く「菊水の蔵人は誰でも杜氏になれるレベル」なのだそう。すごい自信ですが、そう言い切るにはきちんと理由があります。

それが、もうひとつの酒蔵「節五郎蔵」なんです。

節五郎蔵:技術を磨き、伝統を継承する

仕込みの量は二王子蔵の1/80ほどという節五郎蔵では、”米を研ぐところから搾るところまで”を蔵人の手作業で行っています。

「節五郎蔵」のリーダーは、女性蔵人の田巻こずえさん。蔵での酒造りについて「造りを学び・残していく場」と語ってくれました。

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「節五郎蔵では、『無冠帝』などの市販のお酒や、トライアル商品、海外向けの商品など、少量で機動力のある酒造りをしています。もちろん出品酒の仕込みもしています。節五郎蔵の役割は“伝統的な酒造りの技術を後世に伝承すること”。また、ここでの酒造りを経験することが、蔵人のスキルアップにもつながっているので、人材育成の役割も担っています」

最低限の醸造設備をもって、手仕込みで酒を醸していく。二王子蔵とは対象的な節五郎蔵での酒造りですが、そのことが酒蔵全体のレベルアップにつながっています。

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「たとえば醪(もろみ)の温度管理には、昔ながらの『暖気樽(だきだる)』を使っています。効率的とは言えませんが、これによって醪の管理能力が身につくんです。その他、二王子蔵では機械管理できることも、節五郎蔵では手作業しなければならないことが多くあります。菊水酒造の蔵人は二王子蔵と節五郎蔵を数年後ごとにいったりきたりするので、どちらの技術も身につくんです。いくら合理化が進んだからといって、知識・技術がなくてはよい酒は造れません。やはり、酒造りを体に染み込ませるのは大切だと思います」

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女性蔵人である田巻さんは、体力面で男性に劣る分、柔軟な発想で作業工程の改善を図っているともいいます。

それぞれの蔵人が、それぞれの個性を活かすことで、菊水の酒造りは洗練されていきます。スタンダートな酒造りを理解しつつ、伝統・ルールに縛られず新しさに柔軟であること。そのことが菊水酒造の酒造りを骨太にしていると感じました。

すべてはお客様のために ―― ふたりのリーダーが語る菊水酒造の哲学

異なる蔵で酒造りをするおふたりですが、その想い・哲学は共通しています。それは「すべてはお客様のため」という意識です。

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「”お客様に喜んでいただける酒を造り、届け続ける”こと。我々がやろうとしているのはこれだけです。いつも変わらず美味しいお酒であれば、極論すると、誰が造ったって、どんな風に造ったっていいんです。『ふなぐち』や『辛口』など、ずっと菊水の味を楽しみにしてくださっているお客様に、変わらないおいしさを届けたい。そのために、異なる条件下でも安定した酒が造れる高い技術が求められます」と伊藤さん。

さらに、菊水の酒造りの“強み”を教えてくれました。

「一般的に酒蔵は『年間計画』をつくって、それに沿って商品製造をしています。しかし菊水では、製造計画がどんどん変わる。それこそ月に何度も変わることだってあります。これは“適切な量を、いい状態で、きちんと届ける”ため。そのために造りのスケジュールも柔軟に調整します。製造部門と営業が綿密にコミュニケーションを取れないとできないことですし、結構大変です。でも、そこは妥協せずにやりますね。やっぱりお客様には一番美味しい状態でお酒を味わっていただきたいですから」

田巻さんは「長く愛される商品を生み出すことがモチベーション」と語ります。

「むかし、お墓参りにいったときに『ふなぐち』の缶が供えてあったことを覚えています。時代を超えて、ずっと愛されている、そんな商品をわたしも造りたいんです。とくに奇抜なお酒や、女性だけに向けたお酒を造りたいとは思いません。いつでも飲めて、誰が飲んでも美味しいと感じていただけるような、そんな“菊水らしいお酒”を造るのがわたしの誇りです」

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菊水酒造の酒造りを支える、ふたりのリーダー。彼らの視線の先には常に「お客様」が見えていました。造りの技術を主張するのではなく、あくまで「商品の味」で勝負する。そのために必要なものはどんどん取り入れて、柔軟に変化していく。

菊水酒造の酒造りの実情。それは、「すべてはお客様のために」というずっと変わらない哲学、そのものなのです。

(取材・文/SAKETIMES編集部)

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