2016年に前身の「わかさ富士」から事業継承を行い、新たなスタートを切った福井県の小浜酒造(おばましゅぞう)。

2021年2月から3月にかけて発売した新商品「大吟醸わかさ」と「純米大吟醸わかさ」は、米・水・酵母のすべてを"オール福井"にこだわった日本酒で、地元を大事にした酒造りをさらに一歩前進させました。

酒蔵の再始動から5年。小浜酒造が目指す酒蔵のあり方について、取締役の高岡明輝さんと蔵人の橋本翔さんにうかがいました。

"オール福井"で挑んだ大吟醸酒と純米大吟醸酒

小浜酒造の蔵外観

福井県の南西部、若狭湾に面した小浜市は、日本海の要衝として栄えた港町。古くは都に海産物などをおさめる「御食国(みけつくに)」の役割を担うなど、豊かな食文化が花開き、その歴史は今も脈々と受け継がれています。

小浜酒造は、元々この地で酒造りを行ってきた「わかさ富士」から事業継承し、2016年に創業したばかりの市内唯一の酒蔵です。「地酒の灯を消さない」というテーマを掲げて酒造りをしています。

代表銘柄は、前蔵から引き継いだ名称を冠した「わかさ」シリーズ。すっきりとした飲み口とおだやかな旨味が特徴で、地元を中心に食中酒として親しまれています。

2020年には、初めて吟醸造りに取り組んだ純米吟醸酒を発売。そして2021年には、大吟醸酒と純米大吟醸酒にも挑戦し、創業以来の念願を果たしました。

小浜酒造 取締役の高岡明輝さん

小浜酒造 取締役の高岡明輝さん

「大吟醸酒や純米大吟醸酒は、造り手として一度はやってみたかったお酒。地元の人たちにも『ようやく自分たちもここまでできるようになりました』と報告したいという思いもありました」(高岡さん)

経験豊富で優秀な新しい杜氏を迎えたこともきっかけとなって挑んだ大吟醸の酒造り。それまで、3シーズンの酒造りに携わってきた橋本さんにとっても、大吟醸酒の仕込みは新たな経験の連続だったと言います。

「まず、精米歩合38%という高精米が初めてでした。原料処理も秒単位で行い、麹の手入れも醪の温度管理も非常に気をつかう作業でした。昨年の純米吟醸酒の仕込みでは、純米酒などの他の商品との差はそれほど感じませんでしたが、大吟醸クラスでは発酵の様子がまったく違うもので、酒造りの奥深さをあらためて感じましたね」(橋本さん)

小浜酒造 蔵人の橋本○○さん

小浜酒造 蔵人の橋本翔さん

原料の面でこだわったのは、地元産のお米と福井県独自の清酒酵母「FK-801C」。それらを蔵の前を流れる南川の伏流水を使って仕込むことで、"オール福井"のお酒を目指しました。

味わいについては、高岡さんがざっくりとしたイメージを杜氏に伝えて、設計していったのだそう。

「県内でも"オール福井"を謳っているお酒はあまり多くないので、それを突き詰めればひとつの個性になります。また、"オール福井"であることを守り、毎年同じ原料で酒造りを続けることができれば、年ごとの味わいの変化も感じてもらえるのではという狙いもありました」(高岡さん)

杜氏の的確な判断と蔵人全員のチームワークで、目立ったトラブルもなく終えた初めての大吟醸・純米大吟醸の酒造り。

その出来栄えは「初めてにしてはきれいにできた」と杜氏も胸を張るほどで、フルーティーでさわやかな香りと柔らかな甘みが感じられる良いお酒に仕上がりました。

「蔵のクセを把握して動けるようになったことと、掃除や洗い物にもより意識的に取り組むようになったことが酒質の向上につながったのではと思います。大吟醸酒や純米大吟醸酒だけではなく、今シーズン造ったお酒はどれも、確実に次のステップに上がったと自信を持っています」(橋本さん)

顔の見える「地酒蔵」となるために

小浜酒造のP箱

5年前に酒造業の経験がない状態で「わかさ富士」の事業を受け継ぎ、無我夢中で走ってきた小浜酒造は、杜氏の交代や、コロナ禍でうまくPRができないなどの苦難を乗り越えながら、前向きに酒造りに取り組んできました。そして、それは「地酒蔵」としてのあり方を模索する5年間でもありました。

そもそも小浜酒造の前身となる「わかさ富士」は、1830年に創業した「吉岡蔵」と1862年創業の「逸見蔵」という2つの酒蔵が合併して誕生した酒蔵。江戸時代後期から約190年間にわたり、小浜の地酒として人々のそばで時を刻んできた歴史があります。

たとえば、小浜市は地区ごとのお祭りが盛んで、時期になると住民総出で準備や練習に励む習わしが今も残っています。その際に「わかさ」は御神酒(おみき)として提供されるのはもちろんのこと、祭りや慰労会などでも欠かせないものとして扱われてきました。

「地元の方々にとって、当たり前に身近にあるお酒が『わかさ』だと思います」と橋本さん。

実は、橋本さんは愛知県出身の移住者です。小浜市内の大学に通ううちに、小浜の魅力にひかれたのだとか。その後、一度は小浜を離れましたが、2016年に地域おこし協力隊として小浜に戻ってきました。地域おこし協力隊では、3年間に渡って小浜市の農業支援に携わっていました。

ちょうどそのころに「わかさ富士」の廃業のニュースを知ります。「地元のお祭りには、地元のお米で造ったお酒をいつまでも使ってほしい」と思い、創業の間もない小浜酒造の門を叩きました。

橋本さんは、今では酒造りだけではなく、クラウドファンディングの企画を立ち上げたり、イベントに出店したりと営業や広報の面でも心強い存在に。強い小浜愛で「わかさ」を後押ししています。

小浜酒造の仕込みタンク

「土地の話、酒造りの話、どちらが欠けてもお酒は売れません。両方について話せることを強みに、これからは地元の人にも『わかさ』をきちんと意識してもらえるよう広めていけたらと思います」(橋本さん)

「お客さんの顔が見えるからこそ、酒造りにも身が入る」と語る橋本さん。小浜の地酒「わかさ」は、そんな若者の熱意に支えられています。

新しい蔵だからこそできるチャレンジを

小浜酒造「大吟醸わかさ」(写真左)と「純米大吟醸わかさ」

小浜酒造「大吟醸わかさ」と「純米大吟醸わかさ」

「大吟醸わかさ」と「純米大吟醸わかさ」を発売し、創業以来のひとつの目標を成し遂げた小浜酒造は、これからどんな未来を描くのでしょうか。

「実はもっと刺激が欲しいんです(笑)。たとえば、海外から研修生として蔵人を迎え入れたりもしたいですね。うちで学んだ酒造りが、いずれ海外で活かされることになったら素晴らしいじゃないですか」(高岡さん)

一方、造りの面では、大吟醸酒や純米大吟醸酒の生産量を増やし、次年度以降もレギュラー商品として続けていきたいとのこと。契約農家に栽培をお願いする水田の面積を広げ、「地元をより強く意識した酒造りを進めていきたい」と力を込めます。

同時にさらなる酒質向上を目指し、今季の反省を次の造りに活かすべく、蔵の整備にも力を入れています。

「杜氏から教わったのは『適当にやる』こと。何事も適切に過不足なくするという意味です。少しずつ良くしていくなかで、不要なものはそぎ落とし、酒造りをブラッシュアップしていきたいです」(橋本さん)

実際に、一昨年より昨年、昨年より今年と、お酒のおいしさが毎年更新されていくのを実感し、モチベーションがどんどん高まっているのだそう。ただ漫然と繰り返すだけではなく、常に新しいことに挑戦し、より良い可能性を追求していく姿勢は、若い酒蔵らしいベンチャー精神の表れにも感じられます。

小浜酒造の試飲スペース

試飲スペース(準備中)からは、酒造りの様子が見える

今後は酒蔵の一角を改装し、蔵人たちの仕事風景を見ながらテイスティングできる試飲スペースのオープンも予定。5年後、10年後、そして100年先の未来まで小浜の地酒としてあるために、歩み続けています。

日本酒業界で創業100年を超える酒蔵は珍しくありません。一方で新規参入の難しさから、新しい酒蔵は生まれにくい状況にあります。そのため、創業したばかりの酒蔵がどんなステップを踏んで成長していけばいいか、参考にできる事例は少なく、手探りで進んでいかなければなりません。

しかし、小浜酒造は、そんな未知の道のりを自分たちのペースで一歩ずつ進んでいる真っ最中。そこには蔵人全員で方向性を確認し、飲み手も巻き込んでいっしょに歴史をつくっていくようなワクワクがありました。

小浜酒造が、これからどのような酒蔵になっていくのか、その動向にご注目ください。

(取材・文:渡部あきこ/編集:SAKETIMES)

sponsored by 株式会社小浜酒造

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