昨年秋に日本列島を襲い、各地に大きな被害をもたらした台風19号。栃木県佐野市に蔵を構える第一酒造も、付近を流れる秋山川の決壊により深刻な浸水被害を受けました。

当初、今シーズンの酒造りは絶望的と思われましたが、多くの方々の支援があり、例年よりも2ヵ月遅れとなる12月から酒造りを再開しています。

その原動力となったのは、日本名門酒会が毎年開催している「立春朝搾り」。立春(毎年2月4日ごろ)の早朝に搾ったばかりの新酒を、その日のうちに消費者のもとへ届けるというプロジェクトです。第一酒造は第1回から参加しています。

再スタートをきった第一酒造にとって、立春朝搾りにはどんな意味があるのでしょうか。代表取締役社長の島田嘉紀さんに話を伺います。

栃木県最古の酒蔵、第一酒造

関東平野の北端、栃木県佐野市に蔵を構える第一酒造の創業は、延宝元年(1673年)。約350年もの歴史を誇る、県内最古の酒蔵として知られています。

第一酒造

佐野のお酒は当時、渡良瀬川から利根川へと流れる河川流通によって「地廻りもの」として江戸へ運ばれ、大変な人気を博したそう。現在では約8割が県内で消費される地域密着の酒蔵です。

日本名水百選にも選ばれた水で醸す代表銘柄「開華」は、上品な旨味と爽やかな飲み口が特徴。1998年より全商品を特定名称酒に切り替え、さらに美味しい酒造りを追求してきました。

全国新酒鑑評会では県内最多の金賞受賞数を誇り、栃木県を代表する酒蔵として愛されています。

台風による甚大な被害と、差し伸べられた手

被害を受けた第一酒造の様子

「ここまで水が来たんですよ」

敷地内の門に残った線状の跡を指差し、島田さんが教えてくれました。

蔵の約400メートル東を流れる秋山川の決壊により、第一酒造に泥水が押し寄せたのは2019年10月12日の深夜。朝になると水は引いていましたが、蔵に残っていたのは大量の土砂でした。

第一酒造 代表取締役社長・島田嘉紀さん

第一酒造 代表取締役社長・島田嘉紀さん

「『呆然』とは、まさにあの時のことを言うのだと思います。ただただ、立ち尽くすことしかできなかった。土砂をすべて除去するには、年内いっぱいまでかかると思いましたね。翌週から本格的に酒造りを始めるタイミングでしたが、被災直後は『この冬の造りはあきらめなければならない』と覚悟しました」

その被害は、想像以上に甚大なものでした。

まず、貯蔵用の冷蔵庫の室外機9台が水没。酒蔵の心臓部ともいえる、麹室にも水が入り込みました。サーマルタンクや、火入れを自動化するパストライザーも故障し、仕込みのために保管していた酒米も浸水したといいます。

特に大きな被害は、冷蔵庫が使えなくなったために、仕込んでいた醪を廃棄しなければならなかったこと。天皇陛下が皇位継承に際して行う「大嘗祭」に向けて仕込んでいた記念酒だったのだそう。出荷分すべてが予約で埋まっていたこともあり、大きな痛手となりました。

被害を受けた第一酒造の様子

想像を絶するほどの被害。しかし、「心があたたかくなるできごともあったんです」と、島田さんは話を続けます。

「蔵の中にも泥が押し寄せましたが、機材が置いてあるので重機は入れません。泥や瓦礫を撤去するために、どうしても人の手が必要だったんです。頭を悩ませていましたが、ありがたいことに、被災翌日からたくさんの人が蔵に駆けつけてくれました」

その数、延べ600人。取引先の酒販店や飲食店に加え、地元の高校生までが復旧作業に参加してくれました。『蔵には行けないけれど、飲んで応援するよ』とメッセージをくれた方もいたそう。

第一酒造の浸水の様子

その様子を見て、島田さんは胸を熱くしたといいます。

「参加者には高校生もいましたが、お酒が飲めないので、うちと深い関わりがあるわけではないはず。それでも、実際に蔵で作業を手伝ってくれている。本当に、本当にうれしかった。『こんなにたくさんの人が期待してくれている』と強く感じるとともに、それが心の支えになりました」

「造りができないなんて、へこたれている場合ではない」。そう心を奮い立たせ、一丸となって臨んだ復旧作業により、12月上旬にはおおまかな修理が完了。例年より2ヶ月遅れではあるものの、年内に仕込みを始めることができました。

立春朝搾りがもたらしたもの

旧暦で"春の訪れの日"とされる立春の早朝に搾った新酒を、その日のうちに消費者へ届ける立春朝搾り。「お酒で春の始まりを祝おう」という趣旨のもと、日本名門酒会が1998年から開催しているプロジェクトです。

その詳細は、まさに名前のとおり。

当日の早朝に搾ったばかりの生原酒を瓶詰めし、蔵人と酒販店がいっしょに手作業でラベル貼りを行います。その後、地元の神社でお祓いを受け、酒販店が持ち帰ってお客さんのもとに届けるという、特徴的な販売方法です。

立春朝搾りの「開華」

春を感じさせる、フルーティーでフレッシュなお酒は縁起物としても好評。今や、日本酒の一大イベントとして定着しました。

2020年の参加酒蔵は44蔵。第一酒造は第1回から参加している、唯一の酒蔵です。

そもそも、第一酒造が立春朝搾りへの参加を決めたのは、日本酒名門酒会を立ち上げた株式会社岡永との会議がきっかけなんだとか。立春朝搾りの構想を聞き、その場で杜氏に電話して参加を決めたといいます。

第一酒造 代表取締役社長・島田嘉紀さん

「前例がない企画だったので、最初は戸惑いました。『朝に搾った酒をその日にお客さんに届けるって、どういうこと?』と(笑)。

それでも、とても期待されているプロジェクトだと感じました。搾りや瓶詰めの時間を早めればできるかもしれないと、杜氏と意見が一致したので、その場で参加を決めたんです」

実際にやってみると、目の回る忙しさの反面、新たな気づきもあったといいます。それは、ふだんは人前に出ないスタッフのモチベーションを上げる効果があったこと。

第一酒造 代表取締役社長・島田嘉紀さん

「私や杜氏は、外部と接する機会の多いポジションです。しかし、瓶詰めやラベル貼りに携わるスタッフは、酒販店や飲み手とどうしても距離ができてしまいます。

しかし、立春朝搾りの場合は、酒販店のスタッフも早朝から蔵に入り、私たちと同じ作業をこなします。お互いが協力しなければならないので、"交流の場"としても機能しているんです。『自分たちのお酒がお客さんに届くまでには"人"がいる』と肌で感じ、さらに熱意をもって造りに取り組んでくれていますよ」

記念すべき初回の評判は上々。以来、毎年欠かさず購入してくれる"立春ファン"も増えたそう。都内の試飲会に参加すると、「立春朝搾りの蔵だよね」と声をかけてもらうこともあるのだとか。

立春朝搾り「開華」の醪

今年の立春朝搾りの醪

第一酒造への"入り口"として機能している立春朝搾り。台風の被害を受けて、「今年の立春朝搾りは無理かもしれない」と諦めかけた島田さんですが、多くの人たちの手で造りを再開させることができました。「恩返しのつもりで美味しいお酒を届けたい」と、さらに気を引き締めて造りに臨んでいるそう。

今年の出来を聞いてみると、「例年通りの爽やかな甘さと上品な香りが広がる、バランスのとれた味わいになりそう」とのこと。災害から復活した、第一酒造の元気な姿を感じられる1本となりそうです。

今年の立春朝搾りは2月4日発売!

第一酒造に心を寄せてくれた方たちに対して、島田さんは次のように話します。

「みなさんのおかげで、こんなにも早く造りを再開させることができました。予想外の被害でしたが、それを大きく上回るご支援をいただき、本当に感謝しています。これからも、みなさんの期待に応えられるよう、美味しいお酒を造っていきます」

第一酒造 代表取締役社長・島田嘉紀さん

「開華」を含む、全国37都道府県44蔵が参加する立春朝搾りの発売日は2月4日(火)。日本酒名門酒会に加盟している酒販店にて、1月27日(月)まで予約を受け付けています。しぼりたてのフレッシュな味わいを、ぜひ体験してみてください。

◎プロジェクト概要

  • プロジェクト名:立春朝搾り
  • 発売日:2月4日(火)
  • 予約締切日:1月27日(月)
  • ※予約可能な酒販店はこちら
    ※予約締切日を待たずに完売となる場合がございます。ご了承ください。

(取材・文/渡部あきこ)

sponsored by 株式会社岡永

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