新潟のお酒といえば「淡麗辛口」。醸造アルコールを添加した、通称"アル添"のすっきり飲みやすいお酒が広く流通しています。日本酒初心者はもちろん、飲み慣れた人からも人気が高く、地酒ブームの筆頭ともいえるエリアです。

そんな淡麗辛口がスタンダードな新潟において、「全量純米」、つまり米と麹だけで造る純米酒にこだわった蔵が注目を集めています。それが加茂市にある「雪椿酒造(ゆきつばきしゅぞう)」です。"淡麗旨口"を掲げ、淡麗辛口が好まれる新潟で勝負をする雪椿酒造とは、果たしてどんな蔵なのでしょうか? 粉雪が舞う晩冬の新潟を訪ねました。

江戸時代から続く手造りの伝統

JR信越本線新潟駅から電車に揺られることおよそ40分、雪椿酒造の最寄りである加茂駅に到着します。新潟県のほぼ中央に位置し、由緒ある神社や寺院も多いことから「北越の小京都」と呼ばれる加茂市。この日は美しく雪化粧された街並みを楽しむことができました。

加茂駅東口を出るとすぐに駅前商店街が現れ、そこから8つもの商店街が連なる「ながいきストリート」につながります。商店街を歩いていて気づくのは、そこかしこに見られるかわいらしい赤い花の飾り。モチーフとなっているのは、新潟県の県木にも指定されている「ユキツバキ」です。日本海側に分布する珍しい品種で、特に加茂市は県内でもユキツバキの自然群生地としても知られています。もちろん、雪椿酒造とも深い関係があるのですが、それは後ほど。

駅前から商店街の中を歩くこと約10分、雪椿酒造の建物が見えてきました。蔵の代表銘柄「越乃雪椿」の大きな垂れ幕が目印です。

ここで、雪椿酒造のこれまでの歩みをご紹介しましょう。昭和62(1987)年9月、前身である丸若酒造が世界鷹小山家グループ傘下に入り、同年11月に雪椿酒造が発足しました。丸若酒造は江戸時代文化3(1806)年創業の老舗の酒蔵。雪椿酒造もその伝統を受け継ぎ、酒造りと真摯に向き合ってきました。

機械化を極力抑え、蔵人たちの手づくりにこだわった酒は「全国新酒鑑評会」、「関東信越国税局酒類鑑評会」など、専門家の厳しい目が光る鑑評会で金賞や優秀賞を数多く受賞しています。平成27年には初めて、新潟県内外の蔵が自社醸造の酒を持ち寄りその品質を競う「越後流酒造技術選手権大会」で、首席である新潟県知事賞に輝きました。

雪椿酒造が全量純米に切り替えたのが平成23年、時を同じくして酒造りの核となる杜氏も変わっています。その後の酒の出来によっては蔵の評価を落としかねない変革でしたが、結果的に技術力の高さが対外的にも認められることとなったのです。

「手の届く酒造りをしたい」全量純米に舵を切った理由

「新潟の酒=淡麗辛口」といわれている中で、全量純米に切り替えるのは勇気のいる決断だったに違いありません。どのような思いから純米蔵として歩んでいくことを決めたのか、小山譲治社長にお話を伺いました。

「雪椿酒造では、もともと純米吟醸酒や純米酒など、酒造りの純米比率が80%を占めていました。全国一の酒蔵数を誇る"酒どころ"新潟で、うちの良さを打ち出すために全量純米に舵を切ることにしたんです。

純米酒の特徴は、米の旨みがダイレクトに感じられること。ゆえに蔵の個性が出やすいお酒です。アル添のお酒と違って後から調整ができないため、ともすればクセが強く出て飲みにくいお酒になってしまう可能性もあります。

それらをうまくコントロールするため、雪椿酒造では昔から『手の届く酒造り』というのを大切にしています。機械化をして効率を重視するよりも蔵人たちの感覚を大事にする酒造りのことで、手で触れて感じる・見て感じる・香りを感じる酒造りを常に大切にしています。洗米から始まる原料処理、麹造り、醪造り、貯蔵に至るまで、発酵バランスの管理に特に気をつけ、昔ながらの手造り製法にこだわっているのです。これは、うちのように小さな蔵だからこそできることですね」と小山社長は話します。

蔵が目指すのは「何杯でも飲める純米酒」

個性の出やすい純米酒を、淡麗辛口が好まれる新潟で造る。相反するような状況において、雪椿酒造はどのような酒造りを目指しているのでしょうか。

「雪椿酒造が目指すのは極端な個性ではなくて、何杯でも飲めるような純米酒。うちが純米蔵に切り替えた当時、周囲からは『なんで新潟なのに純米酒なの?』とあまり肯定的に捉えられていませんでした。そして、いろいろな専門家や同業者の方には共通して『飲みやすい純米酒じゃないと絶対に売れない』と言われたんです。そのときに雪椿酒造が目指すお酒が決まりました。淡麗辛口が主流の新潟で純米酒を造るなら、飲みやすくなければ勝負できない。杯が何杯でも進むような、澄んだ味を目指すことにしたのです」

参考になったのは、既に新潟の純米蔵として確固たる地位を築いている「上善如水」の白瀧酒造や、「錦鯉」の今代司酒造。雪椿酒造は、それに次ぐ県内3番目の全量純米蔵ということになります。小山社長はふたつの蔵のお酒も「サラッとして飲みやすい純米酒」と称えており、個性より飲みやすさを追求するひとつの指標になったといいます。

雪椿酒造が全量純米に踏み切った当時は、新潟県内の清酒出荷状況を見てもほとんどが普通酒や本醸造酒。純米吟醸酒や純米酒は非常に少なかったそうです。ところが現在は純米吟醸の伸長が著しく、出荷量は逆転してきているのだそう。

「純米蔵になってからお客様の反応も上々で、おかげさまで売上も伸びています。思い切って全量純米に踏み切って良かったという自信になりました。特に首都圏からの注目度が高いと感じています。県外への出荷量も全体の85%を占めていて、今後も拡大していけたらと考えているところです。

今後も、県内県外問わず、純米酒に特化した蔵は増えてくるかもしれません。その中でも、透明感がある旨口の酒、いわば“淡麗旨口”の味わいが楽しめる、雪椿酒造らしいお酒を造っていきたいと思います」と、これからの雪椿酒造について語ってくれました。

熟成後も変わらない味わい、花から採れた酵母……彩り豊かな雪椿酒造のお酒

米どころ・新潟の蔵である雪椿酒造は、もちろん原料の米にもこだわります。山田錦以外は、新潟の酒造好適米「越淡麗」と「五百万石」、食用米の「コシヒカリ」や「こしいぶき」など、新潟産の米を積極的に採用しています。

そんな中で、新潟らしいスッキリとした味わいに仕上がるお米「越淡麗」の個性がよく出ていると小山社長が太鼓判を押すのが、「純米大吟醸 越乃雪椿 ほのほ」。越淡麗を35%まで磨くことで生まれたふくよかな味わいと喉越しの良さ、後口には上品な吟醸香が楽しめます。

「これは昨年醸造し、一年熟成させたもの。通常、純米酒は一年寝かせると味が濃くなったり、クセが強くなったりするものですが、『ほのほ』はさらりとしているんです。驚きましたね。これがやはり山田錦にはない、越淡麗の個性なんだと思います」

さらに珍しいのが「雪椿酵母仕込み」の純米吟醸。このお酒には文字通り、県木であり加茂市の花にもなっているユキツバキの花から採った酵母が使われています。

「雪椿酒造の裏手にある加茂山公園に自然群生しているユキツバキの花を、市の観光課の許可を得て採取。東京農業大学に依頼をして、その花から清酒醸造に適した酵母菌を探して分離していただきました。発酵が強く、独特の香りがあるお酒です」と、実際に採取に訪れた加茂山公園へも案内してくれました。

完全オリジナルである雪椿酵母で仕込んだ「越乃雪椿 雪椿酵母仕込み」。試飲させていただくと、なるほど他のお酒と一味違う、独特の爽やかな香りが広がります。筆者はハーブのような香りとも感じました。

他には蔵一番の売れ筋という「月の玉響(つきのたまゆら)」、季節感のある「春あがり 越乃雪椿 無濾過」、酒販店で構成される「ゆきつばき会」加盟店でのみ購入可能な春の生酒「ゆきつばき」など、こだわりの純米酒がずらり。これら5種類のお酒は、3月11日、12日に開催される「新潟淡麗 にいがた酒の陣2017」で試飲提供・販売予定とのこと。

「せっかく新潟にいらっしゃるのでしたら、ぜひ新潟の米で造ったお酒を楽しんでいただきたい。 “淡麗旨口”ってこういうことか、と感じていただきたいですね」と小山社長は、にいがた酒の陣2017への意気込みを語ってくれました。

酒造りに真剣勝負を挑むスタッフがいる、それが蔵の強み

純米蔵になってから、蔵人たちの意識も変わったように思う、と小山社長は語ります。ちょっとでも手を抜けばすぐ味が変わってしまう繊細な純米酒を仕込むにあたり、以前にも増して酒造りに真剣に取り組んでいるように感じられるそうです。

「純米に切り替えたタイミングで杜氏も現在の飯塚杜氏に変わりました。以前の杜氏も非常に腕が良かったのですが、飯塚は天性の酒造りのセンスを持っているなと感じます。周囲からも『彼はセンスがあるね』と言っていただける。彼を筆頭に、いい酒造りをするスタッフが揃っているというのがうちの強みだなと思いますね。

酒造りは一人でできるわけではありません。米を洗う人、米を蒸す人、麹の種を振る人、手入れする人……蔵人9人がそれぞれの役割に責任を持って臨み『こういう酒を造ろう!』という最終目標にむけて一丸となって取り組みます。ごまかしの効かない純米蔵だからこそ、みんなが酒造りに対して真剣勝負を挑んでいるのだと思います」と、蔵人たちについて誇らしげに話してくれました。

雪国・新潟の厳しい冬に耐え、雪解けとともに咲くユキツバキの花は、「新潟の酒=淡麗辛口」というイメージを超えて前へ進む、雪椿酒造の姿と重なります。そんな蔵を率いるのが、小山社長も絶賛する飯塚杜氏。雪椿酒造の変革に欠かせない人物である彼は、果たしてどんな思いで酒造りに挑んでいるのでしょうか? 次回は酒造りの現場の様子、そして飯塚杜氏へのインタビューをお届けします。

(取材・文/芳賀直美)

sponsored by 雪椿酒造株式会社

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