日本酒にあうのは、和食や魚介類だけではありません。幅広いバリエーションに富んだ日本酒には、うま味成分が豊富な牛肉とも相性が抜群。低温調理でうま味をぎゅっと閉じ込めた肉料理と日本酒をあわせるフードペアリングの会が開催されました。

「富士錦酒造」の18代目、清社長(画像左)と、「伊勢宇本店」の4代目、宮澤さん

「富士錦酒造」の18代目・清社長(画像左)と、「伊勢宇本店」の4代目・宮澤さん

日本酒を提供するのは、元禄元年(1668)創業で、数々の鑑評会や日本酒コンテストにて受賞歴を持つ静岡県富士宮市の「富士錦酒造」18代目・清(せい)社長。

その富士錦酒造の日本酒のなかから料理に合う銘柄を選ぶのは、大正時代から東京・台東区で長きに渡り愛されている酒店「伊勢宇本店」の4代目・宮澤さんです。

会場は、JR浅草橋駅から徒歩5分の日本酒居酒屋「権」。参加者は満席の20人。みなさんちょっと緊張しているなか、富士錦酒蔵の清社長が乾杯の音頭をとってイベントが始まりました。

ペアリングは料理が先か、日本酒が先か

お酌をする「富士錦酒造」の18代目、清社長

「実は、日本中の日本酒に私の名前が入っているんですよ、ほら、"清"酒。それでは、かんぱーい!」

みなさん、笑顔で乾杯です。乾杯酒は、「富士錦 大吟醸」。華やかな吟醸香と軽やかな味わいに、思わず感嘆の声があちこちから上がりました。

イベント当日に用意された日本酒は、全部で7種類。今回は最初に提供する日本酒の銘柄を決め、その味わいから合わせる肉料理を考えていったそうです。

「料理が先か、日本酒が先か」

日本酒とのペアリングメニューを提供しているお店は増えていますが、どちらのアプローチでメニューを考えているのか聞いてみるのも楽しいですね。

料理を担当した安藤さんにメニューの組み立てについてお聞きすると、「甘みと酸味旨味などの強弱味のバランス」「さらっとした、トロッとした、といったテクスチャー」「最初に感じる味わいとお肉を噛み進めてからお酒を含んだときに感じる味の変化のプロセス」といったポイントを特に意識されたそうです。

日本酒の魅力を十分に引き立てた7つの肉料理

それでは、イベントで提供された料理とお酒をご紹介します。

「淡路産新玉ねぎの和牛すじそぼろ和え」×「富士錦 大吟醸」

「淡路産新玉ねぎの和牛すじそぼろ和え」×「富士錦 大吟醸」

牛すじそぼろはもちろん、新玉ねぎとフルーツトマトの和え物が、大吟醸のきれいな味わいにぴったりでした。

「アレッタと角切り赤身の洋風辛子味噌和え」×「富士錦 純米酒」

「アレッタと角切り赤身の洋風辛子味噌和え」×「富士錦 純米酒」

純米酒は「あいちのかおり」という静岡県産の米と、静岡酵母で造っているそうで、「ザ・静岡」というべきお酒。とても柔らかい風味です。

「お酒に甘みがあり、後味はきりっとしています。苦味が奥にあり、野菜の香りを感じました。そのため、アレッタという茎ブロッコリーとケールで同じ方向性を出したうえで、低温調理で3時間仕込んだ赤身肉を合わせました」(料理担当・安藤さん)

「とちおとめとフレッシュチーズの生ハム包み」×「富士錦 純米吟醸ヌーヴォー」

「とちおとめとフレッシュチーズの生ハム包み」×「富士錦 純米吟醸ヌーヴォー」

ヌーヴォーのお米は美山錦。醪を長期発酵させて造り、毎年12月に出荷されます。フレッシュさとマスカットのような香りをもちつつ、生酒ならではの濃厚さもありました。

「乳酸を感じたので、そちらに合わせて考えました。サワークリームをベースにクリームチーズを足し、三河みりんで甘さを出しています」(料理担当・安藤さん)

まさに、口の中でフレッシュな果物の風味が一体となりました。

「富士錦 純米吟醸雄町」×「ライム」

「富士錦 純米吟醸雄町」×「ライム」

雄町サミットでも賞を取った純米吟醸のお酒です。そのまま飲んでみると、雄町のパワーを抑えつつもすっきりした味わい。ライムを追加することで、酸味と苦味が追加されました。

「この組み合わせは蔵元からの提案ではなく、テイスティング時の発見から採用しました。ほのかな青系柑橘のような酸味を感じたので、ライムを絞るとより肉とのバランスが整い、最後まで伸びやかになるのかなと考えました」(料理担当・安藤さん)

「和牛とうがらしの低温調理 新緑のアスパラソース」「低温調理鴨の瞬間ロースト いちごソース」×「富士錦 純米生原酒」

「和牛とうがらしの低温調理 新緑のアスパラソース」「低温調理鴨の瞬間ロースト いちごソース」×「富士錦 純米生原酒」

純米生原酒のお米は玉栄。日本酒度ゼロで酸味と甘さが両立しています。そこに合わせるの2種の肉料理。

「お酒は、甘みやふくらみ感と旨味をしっかり持ちながら、後味のキレが肉の脂や濃い旨味とよく合います。べたつきすぎず、脂を切るイメージです。甘みと旨みで肉と酒で寄り添うので、牛肉の添えのソースには、アスパラガス独特のアスパラギン酸の旨味と春野菜のほろ苦さを合わせています。

鴨肉には、イチゴを使うことで酸味を足してバランスを取りました。鴨に甘酸っぱいフルーツソースを合わせることはよくある手法です。純米生原酒は、噛むごとに変わっていく鴨肉の香りや味わいの変化についてきてくれる力のある日本酒でした」(料理担当・安藤さん)

「白味噌のシチュー 富士錦甘酒を使って」×「富士錦 特別純米雄町」のぬる燗

「白味噌のシチュー 富士錦甘酒を使って」×「富士錦 特別純米雄町」のぬる燗

あわせるのは、通称「ヤンキー雄町」。黒いラベルにも表れているように、ハーレーのエンジンをイメージしているそうです。「純米吟醸 雄町」に比べると重く感じますが、しっかりとした旨味を感じます。

「まずお酒だけを飲んだとき、トロッとしたテクスチャーと発酵感といいますか、麹や米の強い甘味を感じました。牛肉や鴨といった赤身肉の強めな旨味はお酒と喧嘩しそうだなと感じたので、繊細であっさりとした鶏むね肉に合わせようと決めました。

鶏肉に、低温調理でゆっくりと火を入れていくと、保水性が高く、想像以上にジューシーに仕上がるのが特徴です。優しい味わいを壊さずに、お酒のテクスチャーや甘さに合わせるために白味噌や甘酒といった優しい麹の甘さを足して補うように作っています。

ぬる燗にしたのは、お酒の甘さやとろみを引き上げるためと、シチューのとろみと温度に合わせるためです。キノコはソテーしてから加えています。お酒の最初に感じた発酵感ある香りが、キノコの土のようなニュアンスに合うと思います」(料理担当・安藤さん)

「富士錦 純米酒 サクラノカガヤキ」

〆の一杯に選ばれた「富士錦 純米酒 サクラノカガヤキ」は、静岡県が新たに開発した、河津桜の花びらから採取した「KA2541酵母」を使ったお酒です。精米は70%。アルコール度数は12度と低く、甘酸っぱさもあり、とても飲みやすく仕上がっていました。

これにてペアリングは終了です。

日本酒の裾野を広げるためにできることはまだまだある

同じ蔵のお酒でも、それぞれ味わいが大きく変わるところ。様々な肉料理との組み合わせの可能性を発見できました。酒造りのプロ、酒を売るプロ、料理のプロ、とジャンルを超えたメンバーのコラボレーションならではのペアリングだったと思います。

今回、お酒を選んだ「伊勢宇本店」の宮澤さんは、イベントを振り返ってこのようにまとめてくれました。

「今回は、一緒にやってくれたメンバーや関係者それぞれの力が、本当に有難かったです。日本酒の裾野を広げていくために、一番の窓口である酒屋が場を作り、蔵元さんの直の声で楽しく学び、日本酒のポテンシャルを最大限に引き出せる料理を、普段イメージ出来ない組み合わせで、その道のプロがじっくり考え提供する。今まで自分一人でやることが多かったお酒の会が、その道のプロたちと一緒にやることで、まだまだ可能性を秘めているなと感じました。

ただ、このようなイベントに参加される方は、『すでに日本酒が好き』という方々の割合が大きいので、日本酒の裾野をさらに広げるためにも、次のステップへ繋がるものに育てられたらと思います」

「天然醸造酒」という名で純米酒を造り続けてきた富士錦酒造

「富士錦酒造」の18代目、清社長

富士錦酒造の清信一社長にも、イベントの合間にお話をうかがいました。

横浜市生まれの清社長。奥様の実家が酒蔵で、それまでシステムエンジニアとして働いていましたが、33歳のときに急虚蔵を継ぐことになりました。ですが、それまでまったく日本酒に触れてこなかった清さん。「酒のことを学ばなければ」と、東京農業大学短期大学部に通い始めます。

醸造科の先生に「半年間の期間で4年分を学びたい」とお願いし、4年制の講義も受講しつつ、半年間で集中して酒造りについて学びます。卒業後、広島の酒類総合研究所で造りの現場を経験してから、蔵に戻ります。

蔵の杜氏や蔵人から見れば、清さんは、いわば突然やってきた存在。彼らに心を開いてもらうために、清さんはわからないことがあったらすぐに聞き、気になることがあれば現場を見に行く。これをひたすら実直に続けて、ようやく認められたと思ったそうです。

また、システムエンジニアの経験を活かして、技術導入も進めました。富士錦酒造では、なんと22年前から、麹室にロボットを導入しています。夜中に麹の温度を計り、必要なタイミングで天地返しを自動で行うというもの。その名も「つきはぜくん」、世界に一台のオーダーメイドロボットです。

富士錦酒造の蔵外観

富士錦酒蔵の特徴が、もうひとつ。昭和42年(1967年)からはじめた純米酒造りです。

米の生産過剰による米余りに着目した先代社長が、「三増酒ではなく、戦前の米だけで醸造する日本酒を復活させるのはどうか」と思いつき、米だけの酒を造り始めたそうです。当時は純米酒という名前もなく「天然醸造酒」として全国で先駆けて発売しました。

ですが、その多くが返品されるという事態に。一級酒、二級酒という基準で選ばれていた時代に、「甘くなく辛い酒だ」「味が多すぎる酒だ」と、純米酒が受け入れられる素地はまだなかったようです。時代が平成になり、「純米酒」という言葉が広まるまでなかなか受け入れられず、大変苦労されたそうです。

今回のイベントについて、清社長にも振り返っていただきました。

「肉料理と日本酒のペアリングという企画に初めて参加しましたが大変面白く、自分自身も大変勉強になりました。『日本酒=和食』という固定概念をよい意味で裏切られたという気持ちです。まだまだ未知のものがあると気づき、もっと勉強しなくては......と思いました。

今後、海外の人に日本酒を提案をする機会が増えると思いますが、肉料理にもこんなにも合う酒があるんだということを、自信をもっておすすめすることができます」

今後も日本酒と様々な料理のコラボイベントが登場すると思います。なぜこの組み合わせなのか、この順番なのかを考えながら味わうと、より楽しみが増すのではないでしょうか。

(文/鈴木 将之)

◎取材協力

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