3月16日に奈良市で実施された「奈良市の食×観光PR事業 奇跡の日本酒プロジェクト」
春日大社今西清兵衛商店に引き続き、最後に訪れたのは正暦寺。
その隠された歴史と日本酒の秘話について学びます。
日本酒好きならぜひ一度訪れたくなる歴史の話がそこにありました。

sake_g_narasaketour03_1お寺の入り口には「日本清酒発祥之地」という碑が立っています。右奥に見えるのは菩提酛を造る施設です。

日本酒発祥の地と称される正暦寺

近鉄奈良駅・JR奈良駅からタクシーで30分ほどの山中にある小さなお寺です。ここになぜ「日本清酒発祥之地」という石碑があるのか。その答えははるか平安時代にさかのぼります。
西暦990年、かの有名な貴族、藤原道長の権勢が全盛期となる少し前。紫式部や清少納言が活躍していた日本が発展して安定していた時代に、国立のお寺として生まれました。

そこでは神様のお供えとして酒造りの技術ももちろんありましたが、ここだけにあったわけではありません。ではなぜこのお寺の酒造りは盛んになったのでしょうか。

sake_g_narasaketour03_2この方が菩提酛の復活にも尽力された、正暦寺大原住職

正暦寺で酒造りが盛んになったわけ

前述したように、正暦寺は国立のお寺でした。有名な興福寺に負けず劣らず大規模な寺であったといいます。

sake_g_narasaketour03_3かつての伽藍の説明をする大原住職。真ん中やや右の、薄いピンクで示されている部分のみが現存していますが、その周辺には五重の塔をはじめとする多くの建造物があったといいます。

さて、正暦寺の歴史を時系列でまとめると、以下のようになります。

・平安時代
990年に建立。興福寺の要人の住居などもあり、興福寺に次ぐ存在として栄え、菩提酛による酒造りが始まった。
・室町時代
もともとは国の庇護のもと隆盛を誇っていたが、政治の変化によってその基盤が揺らいだ。結果として、酒造りの技術を磨き、経済基盤を確立せざるを得なかった。事実、酒造りが軌道に乗ったのは1441年ごろという記録があります。
・安土桃山時代〜江戸時代
正暦寺の権勢を恐れた時の政権(豊臣政権、のち徳川政権)によって領地が削減される。この以後、急速に
力を失っていった。
・大正時代
速醸酛の開発により、菩提酛は姿を消した(とされた)。


残念ながら、奈良のお酒の隆盛はここで終わったかのように見えました。

菩提酛については、天然の乳酸水(そやし水)を用いて雑菌対策を行う画期的な方法でした。こうした技術の確立をもって「日本清酒発祥之地」と称するわけです。

大原住職曰く、菩提酛による酒造りのはじまりは「中国(宋・元)」に留学した僧侶が、いわゆる紹興酒を持ち帰ったものではないかといわれています。温度管理が難しい当時、30度くらいの気温でも製造ができたそうです。つまり、他の地域ではできなかった夏に造ることができたといわれています。

奈良の酒蔵の力で復活した「菩提酛」

時は流れ1996年「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」が立ち上がります。奈良のお酒をもっと世の人たちに知ってほしい、菩提酛という素晴らしいものがかつてあったことを知ってほしい、という蔵元の方々の願いを受け、正暦寺大原住職の協力のもと、プロジェクトはスタートしました。そして1999年、復活させた菩提酛を使った商品が世に出ることとなりました。

その時は、住職自ら蔵(酛造りのために用意した施設)に泊まり込み、定期的に温度や品質を図り、奈良県が分析できるよう細心の注意を払ったそうです。

sake_g_narasaketour03_4写真右から、蔵元に菩提酛復活プロジェクトの経緯を伺うあおい有紀さん、菩提酛復活の発起人の一人でもある倉本酒造・倉本代表取締役、八木酒造・八木専務、今西清兵衛本家・中野さん。そして今回参加はできませんでしたが、西田酒造でも菩提酛造りの日本酒を製造されています。

奈良の酒の魅力

https://youtu.be/V5rY0i6rULo

酒造りで忙しい時にもかかわらず酒蔵の方も正暦寺に駆けつけて、奈良のお酒、特に菩提酛で作ったお酒について語ってくれました。倉本代表取締役曰く、「最初はみんなで同じ味になるように努力した。最初の時は非常に味の濃い、複雑な香りのお酒になった。ある意味びっくりしたけれど、かつての酒を知ることができて本当にそれがおもしろかった。でも、だんだん年数を重ねていくうちに、それぞれがこの菩提酛の歴史を活かしてお酒を造っていけばいいのでは、ということになった。それぞれの特徴を出すことで、お客様が楽しめる幅が広がっていけば、と思っている。いまでは切れ味のある菩提酛の酒もあれば、うまみの強いものもある」

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奈良のお酒の魅力といっても一概に語れないのですが、この豊かな歴史の中に育まれた、ということ自体が類を見ない魅力でしょう。日々切磋琢磨しつつ、菩提酛という歴史を越え復活したこの技術をいつまでも守ろうとする酒蔵の方々と、歴史を語り伝える大原住職の魅力に圧倒された「奈良時間」でした。

(文/片桐新之介)

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