今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。主人公の世界観に浸ったり、作者の意図を読み解きながらの晩酌は一興です。
今回は池波正太郎『鬼平犯科帳』から一品を。料理の味わいもさることながら、何度も読み返しては引き込まれる主人公の人間像についても触れてみたいと思います。

鬼平犯科帳「鬼火」から「蒟蒻の白和え」

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店の中に入ると、大きな木札が正面に掛けてあり、こう書いてある。
『酒は五合まで 肴は有合わせ一品のみ』
(中略)
その一品は蒟蒻であった。
短冊に切った蒟蒻を空炒りにし、油揚げの千切りを加え、豆腐をすりつぶしたもので和えたものが小鉢に盛られ、運ばれてきた。
白胡麻の香りもする。
一箸、口をつけた平蔵が目をあげたとき、奥の板場との境に垂れ下がっている紺ののれんのところにいた女房と、目と目が合った。
平蔵が、さも「うまい」というように、にっこりとうなずいて見せると、女房の目がかすかに笑ったようだが・・・・
(鬼平犯科帳「鬼火」より)

主人公・長谷川平蔵(以下、鬼平)が、酒好きの従兄から良い店があると聞かされ、興味本位で立ち寄ってみたという場面です。
この小鉢。料理名はありませんが、いわゆる「蒟蒻の白和え」でしょう。

時は春めく3月。しかし蒟蒻芋が製粉保存されていた江戸時代にあっては、この料理がすなわちその季節を語るものでもありませんし、蒟蒻の白和えと物語の因果関係は他を読んでも見当たりません。しかし、「有合わせ」としながらも程々手の込んだ料理を登場させるところに、旨いもの好きの鬼平の好奇心を表現したい作者のこだわりを感じ取れます。

また、味わいには触れていないのがおもしろいところ。あえて説明しないことで、温かいのか冷たいのか、味付けは甘いのか辛いのかと、読み手に想像という楽しみと食べてみたいという興味も与えてくれます。

さらに『さも「うまい」というように、にっこりとうなずいて見せる』鬼平の思いやりある対応に、心が温まります。同編に限らずほとんどの作品各編では、鬼平は盗賊から鬼と恐れられるほど仕事に厳しい男として描かれていますが、盗賊掃討の現場を離れると、部下や庶民に対して温かい心の持ち主。そんな鬼平が好きというファンも多いと思います。

それにしても、「うまい」と賛辞や感謝を伝える行為、大切にしたいものです。たとえば、店や家族間の食事でも惰性で過ごせばついぞ忘れてしまいがち。鬼平は時々そんなことも教えてくれます。

料理を再現して鬼平気分

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劇中の料理をこしらえてみました。原作通りに短冊に切った蒟蒻を空炒りにし、油揚げの千切りを加え、豆腐を裏ごししたもので和えました。原作の通りだと自分には味が足りないと思い、蒟蒻を炒り付けたものに酒・醤油で薄く下味をつけました。池波先生は味わいについて触れることをしませんでしたが、のちに酒との相性なども語るため、少し説明を。

炒りつけ弾力を増した蒟蒻にまったりとした豆腐が出会い、何とも愉快な舌触りと歯ごたえ。豆腐はよく水を切り裏ごししたおかげで風味と食感がより濃厚に感じられます。さらに油揚げが加わることでコクが増し、飽きの来ない味わいとなりました。食材それぞれの持ち味から料理は淡白で素朴なイメージですが、意外な程に食べ応えがある一品です。

素朴な料理には素直に味を主張する「刈穂 醇系辛口80」を

同作では、鬼平の従兄がこの店について「良い酒を出してくれましてな。いままでに、のんだこともないような、さらりとしていて、舌ざわりのなんともいえぬ・・・」と言っています。料理を再現に合わせ、酒もそれに近いものはないかと考えました。
さらりとしているというのは、おおむね辛口を意味している可能性が高い。また、当時の酒は今ほど精米技術が進んでいなかったのではという推測から、あえてあまりお米を磨いていないものを探してみました。

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秋田酒こまちを精米歩合80%で仕込んだ純米酒を見つけました。辛口を自称していますし、今回の演出にはうってつけ。全量酒槽でていねいに搾ったと説明書きにもあり、昔の酒造りに近いイメージもあります。

精米歩合80%ですが雑味がなく柔らかな口当たり。これは意外でした。あまりお米を磨いていないものは味に複雑性が増すと信じ込んでいた私は、うまくいけば豆腐などの曖昧な味覚と響きあうのではないかと期待していたからです。ちなみに精米歩合80%でも雑味が少ないのは秋田酒こまちの特徴とのこと。

そして、しっかりとしたうまみが酸味とともにぐぐっと広がる腰の強さもあり、まったりとした豆腐の風味と溶け合います。また、程良いキレが食事のテンポを快活にし、酒と肴との関係をより楽しいものにしてくれました。
まずは常温で、次に熱燗を試してみましたが、コクが柔らかに感じられる常温が好みでした。冷やしても良さそうです。
劇中の「良い酒」をイメージしてのテイスティング。鬼平がいたらうまいと言ってくれたでしょうか。

(文/KOTA(コタ))

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