一年中いつでも、食べたい野菜が手に入る世の中。ですが、日本人が昔から大切にしてきた「旬」が薄れてしまうのは寂しい気がします。
たとえば葱。一年中収穫され手に入りやすいのであまり意識はしていませんが、最も美味しいとされる時期は冬とされています。それが証拠に、八百屋には美味しそうな冬の葱がまだ並んでいます。これを放っておく手はありません。
敬愛する池波正太郎先生の作品からアイディアを拝借し、旬の名残を肴に酒を楽しんでみたいと思います。
素朴な旨さ「根深」に心惹かれて
料理の記述が多彩な池波作品の中では、葱のことをしばしば根深(ねぶか)と呼んでいます。根深とは、土を盛り上げて白根を長く深く育てることから付いた白葱の別名で、関東では馴染んだ呼び名のようです。
根深について思い浮かぶのは『剣客商売』。主人公の老剣客、秋山小兵衛の息子の大二郎がこれを食べています。
「根深汁で飯を食べはじめた彼の両眼は童児のごとく無邪気なものであって、ふとやかな鼻はたのしげに汁のにおいを嗅ぎ、厚い唇(くち)はたきあがったばかりの麦飯をうけいれることに専念しきっているかのよう」(『剣客商売』1巻/「女武芸者」より)
食べる情景はなんとも素朴な人間味にあふれ、今の時代にあっては新鮮に感じられます。
隠居し食通の日々を暮らす父に似ず、大二郎は贅沢や名誉に興味のない剣術一筋の朴訥(ぼくとつ)な性格。これに葱の素朴な旨さがリンクし、大二郎のキャラクターは「凄腕なのに性格は柔和」であると私は推測します。人の性格が食べ物でわかるとは、このことですね。
どうやら池波先生ご本人も葱がお好きなようで、
「鶏皮を少し入れた葱の味噌汁はこの椀で酒も飯もすませてしまうことができるほど、私の好物なのだ」(『味と映画の歳時記』より)
と言っています。大二郎の人間味ある描写もこれで頷けます。
先生もそれを食べるときは大二郎のような表情になっていたのでしょうか。私も同じような「根深汁」を作ってご相伴にあずかりました。
深谷ねぎの「根深汁」は素材の旨味を生かす食中酒で
美味しそうな「深谷ねぎ」が手に入りました。知り合いの料理人に調理法を事前に相談し、こうしたらきっと美味しい、というものにしました。
味噌汁は鶏皮の風味が効いて、普段食べる葱の味噌汁よりもコクのある美味しさです。
甘味ある葱との相性も上々。和洋中のさまざまな食材があふれかえる現代では、このシンプルで飽きのこない味は新鮮に感じられます。「これなら毎日でも」と言いたいですが、池波先生がこう嘆いています。
「本当に良い葱と味噌を使って根深汁をつくることは大分に金がかかるようになってしまった。時代は大きく変わったのである」(『味と映画の歳時記』より)
これが書かれたのは昭和のころ。平成の世となっても、それは変わっていないように思います。それだけに昔からある日本の味わいを大切にしたいものですね。
ともかく美味しい。味噌の香りが食欲を誘い白いご飯が欲しくなります。ですが、ここはまずお酒です。
「月の輪 純米」(月の輪酒造店/岩手)
素材の旨味や脂の風味と溶け合うような汎用性を期待して純米を選択。まず、ぬる燗で試してみました。
口当たりは穏やかですが、思いのほか酸味が強め。その分シャープなキレがあり、根深汁の風味とは一瞬で混じり合いあっという間に引いていくその仕事ぶりは相当にリズミカル。
味噌汁との相性は良いものの、葱自体の旨味とは酒の酸味が微妙に半目し合う印象もありましたが、食中酒としては及第点。熱燗でも実力を発揮。他に煮魚や漬物などの副菜がたくさんあってもこの酒ならいい仕事をしそう。
「焼き葱」の香ばしさでもう一献
先生の著書にはこんな記述も。
「品質のよい葱のふとい白根のところをぶつ切りにし、胡麻油を塗って焜炉の網で焙り、柚子味噌や塩で食べるのもよい」(『味と映画の歳時記』より)
おや、これまた粋な食べ方ですね。名前はついてないようなので仮に「焼き葱」と呼ぶことにしましょうか。そして、もちろんいただきます。
酒は東北からもう1本。きっと「月の輪」も焼き葱と合うと思いますが、せっかくですからタイプの違う酒を試します。
「一ノ蔵 特別純米 辛口」(一ノ蔵酒造/宮城) 画像の手前が焼き葱と柚子味噌です。
スムーズな飲み口から伝わる優しい米の旨みが、柚子味噌の風味と穏やかに合います。
さらに、酒の長所である旨みとコクのバランスの良さが、いっそう引き出されているように思います。温度を常温に近づけるとさらに相性の良さを発揮します。葱を柚子味噌で食べるというのは初めてでしたが、この酒肴、病みつきになりそう。
今回の二品は、旬の旨味そのものを味わうという日本料理の真髄を思わせる酒肴。それだけに酒もしみじみと旨さを語り出す、そんな晩酌となりました。
(文/KOTA(コタ))
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