日本酒の造り方は、米を蒸して麹を造り、酒母と醪を立てて発酵を待ち、搾ってできあがりです。
原料を酵母の力によってアルコール発酵させて造るお酒は醸造酒と呼ばれ、日本酒もワインも同じ醸造酒。日本酒と同じ米を原料としていても、蒸留を行う焼酎は蒸留酒という分類です。
沸点の違いを利用して水とアルコールに分離する蒸留酒は、アルコール度数が高く、米焼酎は40度ぐらいのものが一般的です。一方、日本酒といえば、アルコール度数はおよそ15度程度。酒母で鍛えられた強健な清酒酵母の力で、醪や原酒のアルコール度数は20度を超えることも度々あります。
蒸留せずとも、これだけの高いアルコール度数を生み出す日本酒ですから、蒸留すれば、さらにアルコール度数を高めることができるのではないかという疑問が湧いてきました。もしかしたら、それはもう米焼酎と言えるのでは?
日本酒と米焼酎にはどんな違いがあるのか、実験を通して検証してみたいと思います。
糖を除いた蒸留液の味は?
日本酒の仕事をしていると、「日本酒は蒸留したら米焼酎になるんでしょ?」と聞かれることがありますが、「なるんじゃないでしょうか」と曖昧に答えることしかできません。なぜならやったことがないからです。そもそも焼酎の造り方をきちんと説明できる日本酒の職人は、そう多くありません。
しかし、日本酒を蒸留してもおいしくないのは酒造りをしている人ならよく知っているはず。アルコールを分析する時の蒸留液を舐めてみると、思ったよりもおいしくないのです。
アルコールを分析する時は、浮ひょうや振動式密度計という機械を使います。振動式密度計とは、液体の比重を利用してアルコール度数を推定する機械。水100%(アルコール0.00%) の比重を基準とし、アルコール度数が高まるとともに比重は小さくなる性質を利用して、アルコール度数を計ります。
ただし、日本酒には糖が含まれています。同じアルコール度数15度のサンプルがあったとしても、糖が含まれているものと含まれないものでは比重が異なります。この差が日本酒度の違いです。
そのため、糖を除いたアルコール溶液の比重を求める必要があります。メスフラスコを使用して15℃にした日本酒を正確に100ml量りとり、フラスコに移します。メスフラスコに残った日本酒も取りたいため、水を15ml程度入れてかき回し、それもフラスコに。これを2回繰り返し、蒸留機にセットします。
熱せられた酒は、アルコールと水分が気化し、ガラス管を通って冷却管に導かれます。冷却管では、水道水の冷たさを利用して、気化したアルコールと水分が液体に戻り、冷却管の出口の下に設置されたメスフラスコに溜まっていきます。蒸留液を70%以上回収できたら、水を加えて正確に100mlとし、浮ひょうや振動式密度計で比重を測定してアルコール度数に換算するわけです。
この蒸留液はなんともおいしくない。水っぽさも感じます。日本酒と同じアルコール度数にもかかわらずこの味わいということは、日本酒の味わいは、糖や有機酸、アミノ酸などでバランスをとっていることがよくわかります。
日本酒の初留を飲んでみると?
では、日本酒をそのまま蒸留したらどんな味になるんでしょうか。
日本酒を丸底フラスコにそのままとり、蒸留して、少し出てきたものだけを唎いてみます。
激烈なアルコール感とえぐみ!日本酒とは到底かけ離れた味で、消毒用アルコールをそのまま飲んでいるようです。やや甘焦げたような香りがあり、米っぽさや吟醸香はあまりありません。
アルコール度数を振動式密度計で計測してみると、度数は47%。焼酎でいうところの、醪を蒸留する際に蒸留器から最初に出てくる初留部分、いわゆる「ハナタレ」のことで、アルコール度数は高いです。
酸は蒸気に含まれないのか、酸度を測ってみると、ほぼ0。調べてみると、乳酸の沸点は122℃、酢酸の沸点は118.1℃、クエン酸は310℃でした。エタノールの沸点は、78.37℃で、水の沸点は100℃ですから、乳酸などはほとんど回収されないようです。
試しにクエン酸だけを精製水に溶かしてみます。そのまま飲むとすっごく酸っぱい。ですが、これを蒸留してみて回収されたものを飲んでみると、酸っぱくないんですね。
醪や酒粕を蒸留してみると?
続いて、清酒醪を蒸留します。醪からも、アルコールと水が回収できるはずです。
回収されたものを唎いてみると、今度はものすごい粕くさい!粕とジアセチルっぽさが含まれた強烈なアルコールです。含みは米焼酎そのもので、乳臭が強めです。しかし、後口はこちらの方がおいしいですね。蒸留酒は糖が含まれない分、醪由来の香りが重要になるようです。
沸点を調べてみると、ジアセチルは88℃ 、酢酸エチルは77.1℃など、アルコールと同じくらいの温度で回収されそうな成分がいくつかありました。このあたりがアルコールと一緒に抽出されているのかもしれません。
ちなみに、吟醸香としておなじみのカプロン酸エチルの沸点は168℃、酢酸イソアミルは141℃。蒸留では回収されにくいようです。ただ、揮発はしているようで、醪や日本酒のような香りは残ります。
醪を蒸留したものから粕くささを感じたので、次に酒粕自体を蒸留するとどうなるか試してみます。
酒粕に加水をして焦げ付かないようにして蒸留します。アルコール度数は高いですが、上立ち香は甘い酒粕の香りです。糖を焦がしたような香りもありますね。口当たりは良く、熟れたバナナのようなエステルが鼻を抜けます。これが一番おいしいかもしれません。
酒粕の利用方法として粕取り焼酎というものがあります。大きな蒸籠のような機械やマイクロウェーブ式の蒸留装置を使って、酒粕からアルコールを抽出して造るお酒です。
小さな酒蔵でも、年間で造られる酒粕はトン単位。大量に出た酒粕をアルコールにしてタンクに入れておけたら保管スペースが削減されますし、米焼酎として商品化している蔵もたくさんあります。醸造用アルコールを自前で造ることもでき、米だけの原料で造られた醸造用アルコールを自社で入手できるという点でも大きなメリットがあります。
日本酒を蒸留してもおいしい米焼酎になるとはかぎらない
いくつかの実験を通して、日本酒を蒸留して米焼酎を造ってみましたが、香りや甘味が絶妙なバランスで保たれている日本酒を蒸留しても、おいしい米焼酎ができあがるとは限らないことがわかりました。醪や粕に含まれる香りや成分をうまく利用することで、バランスの取れたおいしい米焼酎ができあがるのですね。
同じ原料や似たような工程をとる日本酒と米焼酎ですが、おいしいお酒を造るためにさまざまな工夫がされていることが改めてわかった実験でした。
(文/リンゴの魔術師)