ジャズやオペラ、演歌など、さまざまなジャンルの音楽を歌うシンガーの山崎小夜子さんは、酒造り唄の伝承活動を通して、日本酒の素晴らしさを発信しています。

この記事では、兵庫県加古川市にある岡田本家へ酒蔵見学にうかがった山崎小夜子さんの、酒と歌でみんなを笑顔にする取り組みを紹介します。

灘五郷のイベント出演をきっかけに酒造り唄の道へ

山崎小夜子さん

シンガー・山崎小夜子さん

山崎小夜子さんの出身地は、銘醸地として知られる兵庫県・西宮。子供のころは、酒蔵に行って水筒に「宮水」を入れてもらって育ったのだそう。

オペラ歌手であった母の影響で歌手を目指し、親子二代に渡って歌手活動をしています。当初はクラシック音楽に慣れ親しんでいましたが、歌うのは、演歌やジャズ、J-POPまでオールジャンルです。

山崎小夜子さん

「自分が歌うことで人々が笑顔になれることが、一番の幸せ」と話す山崎さん。

大阪ドームで行われたプロ野球の始球式で国歌斉唱をするなど、関西エリアでプロのシンガーとして実績を積んでいくなか、それまでの歌の世界とは異なる扉が開きました。それが、彼女が酒造り唄の伝承に取り組むきっかけとなった、灘五郷のイベント出演でした。

お酒を飲んで盛り上がるお客さんの前で山崎さんが歌うと、お客さんがみんな幸せそうに一緒に歌を口ずさんでくれました。さらに、伴奏の手回しオルガンを回してくれるお客さんに舞台に上がってもらったところ、思ってもみないほど楽しそうにしてもらえ、会場全体が得も言われぬ一体感に包まれたそうです。

そんな楽しそうな人たちの姿を見て、山崎さんは「お酒ってなんて人を幸せにするんだろう」と感じます。

山崎小夜子さん

「お酒の歌を覚えたい」と思い立った山崎さんは、丹波流酒造り唄保存会の練習に赴きます。丹波流酒造り唄保存会は、酒造り唄を伝統文化として後世に継承していくために、定期的に講習会を開催するなどの活動を行っている団体です。

当初は、それまで培ったオペラなどの西洋音楽と民謡に近い日本の仕事唄とのギャップに苦戦しますが、自分なりに感覚を取り込み乗り越えました。

新聞記事

現在は、神戸市・生田神社での奉納や丹波篠山での酒造り唄の公演などに、丹波流酒造り唄保存会の主力メンバーとして活躍し、後継者に悩む同会に大きな希望となっています。

杜氏と蔵元のふたりで醸す「岡田本家」

岡田本家

そんな山崎さんが訪れたのは、兵庫県加古川市にある「盛典」を醸す岡田本家です。蔵元である岡田さんと丹波杜氏である米田さんの2人で酒造りを行なっています。

岡田洋一社長が家業を継いで酒造りを始めたのが2010年のこと。大学卒業後、白鶴酒造で3年間の修行を経て、家業を継ぎます。それから7年間、新しい時代に合わせた酒造りを目指し、試行錯誤しながら蔵の改革に取り組んできました。

岡田本家

現在仕込みを行っている蔵は、もともとは貯蔵庫として使われていた場所。小さいタンクや小規模製造の機械など導入しながら、手作りの雰囲気が感じられる蔵です。

岡田本家 訪問

蔵の設備の説明をする米田杜氏と、山崎さん

当初は、蔵元杜氏として岡田社長がたった一人で酒造りを行っていました。そんな中、3年前にお世話になった白鶴酒造の杜氏であった米田さんが退職されることを聞きつけます。

「一緒に酒造りをしましょう」と声をかけ、米田さんが岡田本家の杜氏として入社したのが2017年ことでした。

商品

「今は杜氏から蔵人に格下げしてやっています」と岡田社長。白鶴酒造での修行時代に、米田杜氏との強い絆があったことが感じられるお話でした。

特別純米原酒

岡田社長に蔵イチオシのお酒をたずねると、おすすめしてもらったのがこちらの「特別純米原酒」。自ら栽培された五百万石を使った精米歩合60%の生原酒です。

早生品種である五百万石を使っているのは、蔵の仕込みが始まる前に稲刈りを終える必要があるからだとか。アルコール度18%としっかり発酵させてバランスよく仕上がっているお酒でした。

蔵見学

ほかにも、地元・加古川市のプロジェクトとして、地元の高校生が栽培した山田錦を購入し、吟醸酒の仕込みに使っているのだそうです。2019年度の新酒鑑評会では、その高校生が育てたお米で醸したお酒が見事入賞を果しました。

未来へ繋いでいく「酒造り唄」

岡田本家を訪れた山崎さんは、米田杜氏から酒造りについてていねいな説明を受け、興味深く丹波杜氏の醸し技に触れていました。

ちょうど、最初の酒母の仕込みが行われる日。最初の酛の仕込みの夜には「酛始め」のお祝いを行う風習があるのだそうです。

蔵見学

この時に歌うのが、酒屋の祝い唄でもある「酛摺り唄」。別名「山卸(やまおろし)唄」ともいいます。

〽ヤレ 目出度た目出度の若松様よ
〽ヤレ 枝が栄えて葉も繁る
〽ヤレ 目出た目出たが重なる時は
〽ヤレ 鶴が御門にゃよ巣をかける
〽ヤレ 鶴が御門にゃ巣をかけますりゃよ
〽ヤレ 亀はお庭でよ舞を舞う
〽ヤレ 亀がお庭で何というて遊ぶよ
〽ヤレ(盛典)ご繁盛と云うて遊ぶ

丹波流酒造り唄保存会に所属し、丹波杜氏のレジェンドである菊正宗の小島名誉杜氏から指導を受け、その伝承活動に取り組む山崎さん。その伸びやかな歌声が蔵の中に響き渡りました。

蔵訪問

この酒造り唄は、杜氏集団のなかでも先輩格である播州杜氏から丹波杜氏へ受け継がれたと考えられています。播州杜氏は、灘から酒造技術を地元・播磨へ持ち帰り、醤油製造に鞍替えした際にもこの酒造り唄をそれぞれの蔵に持ち込んで継承して行きました。

「酒造り唄」の伝統を継承しながら、お酒と歌で世界を笑顔にする活動を続ける山崎さんをこれからも注目していきたいと思います。

(文/湊 洋志)

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