日本酒造りには、大量の蒸米が必要です。大きな釜やボイラーで蒸気を発生させて、甑(こしき)と呼ばれる大きなセイロのような蒸し器で米を蒸し上げます。現在は、金属製の甑を使うのが一般的ですが、昔ながらの木製の甑を使っている酒蔵もあります。
蒸しムラを防ぎ、温度を一定に保つ木甑
愛知県常滑市にある澤田酒造も、木製の甑を使い続けている蔵のひとつ。創業170年を迎える澤田酒造は、大吟醸酒から普通酒まで、伝統の道具と製法を守り伝えることをモットーに酒造りをしています。今回、甑の"縄巻き"が行なわれると聞いて、蔵へうかがいました。縄巻きとは、すでに組み立てられた甑の表面を縄で巻いていく作業です。
蔵人に縄巻きを指導するのは、木桶や木甑の製造・補修を専門とする株式会社ウッドワーク(藤井製桶所)の上芝さん。伝統的な甑を使用する酒蔵は全国で50ほどあるそうですが、そのなかでも、ただ縄を巻くだけでなく、デザイン性の高い縄巻きをする蔵は、澤田酒造を含めた2,3社しかないのだとか。
上芝さんに、木製の甑を使うメリットを聞きました。
「ひとつは、熱伝導率が低いことです。甑の縁は熱が伝わりやすいため、中心よりも縁に近い米のほうが柔らかく蒸し上がってしまいます。この現象を『甑肌(こしきはだ)』と呼びます。木の熱伝導率は鉄に比べて300分の1しかないため、熱が偏ることなく、均一に蒸し上がるのです」
「ふたつめは、甑に縄巻きをすることで生まれる断熱効果です。縄を巻くことで熱が逃げにくくなり、保温効果が高まります。冬場に行なわれる日本酒の仕込みは、温度管理がとても重要になりますからね」
現在、ウッドワーク(藤井製桶所)の仕事は、新しい木桶や木甑をつくることではなく、補修がメインになっています。樹齢100年の杉でこしらえた道具は、短くても100年は使用できるとのこと。日本酒の仕込みに使えなくなった木桶は、味噌屋や醤油屋へと流れ、その後、漬物屋へ。そして最後は、土に還るのだそう。人間の命を超越したリサイクルシステムがあるのですね。
伝統的な木甑で造られる、澤田酒造の日本酒
甑の縄巻きがデザイン化したのは、江戸時代と言われています。澤田酒造は、当時から続く伝統の酒造りを守り続けてきました。ここで造られる酒はすべて、木甑を使って蒸された米で造られたもの。木甑の日本酒を飲んでみたいときは、澤田酒造の酒を選べばよいということですね。
17世紀始めに書かれた『菜根譚(さいこんたん)』のなかで、洪応明(こうおうめい)は「真味(しんみ)は只是淡(ただこれたん)なり」と述べています。これは「本来の味というものは、あっさりしたなかにあるものだ」ということです。
個性の強い酒が台頭しているなかで「きき酒をするための酒ではなく、料理を引き立てるような、食に寄り添った酒でありたい」という思いのもと、伝統的な道具と製法にこだわる澤田酒造の酒にこそ、日本酒の真味が見いだせるのかもしれません。
(文/黒石英真)