SDGs(Sustainable Development Goals)」とは、国連が定めた17の持続可能な開発目標のこと。経済合理性や環境負荷への対策など、より良い世界を目指すために必要な普遍的なテーマで、日本でもさまざまな企業や団体でサステナブルな取り組みが積極的に推進されています。

こと日本酒に目を向ければ、数百年の歴史を持つ酒蔵も数多く、地域に根ざし、人のたゆまぬ営みのなかで育まれてきた産業のひとつ。サステナビリティという概念が広がる以前から、その実践を行ってきたともいえるのではないでしょうか。

この連載「日本酒とサステナビリティ」では、日本酒産業における「サステナビリティ(持続可能性)とは何か?」を考えるために、業界内で進んでいるさまざまな活動を紹介していきます。

2021年6月、2019年に設立された日本酒学の学術団体「日本酒学研究会」が「令和2年度総会・年次大会(※)」を開催し、「地域資源の護り手としての酒蔵を考える─SDGsへの取り組み」をテーマとしたパネルディスカッションが開かれ、地域における酒蔵の役割が議論されました。

パネリストとして出演したのは、「福寿」を造る兵庫県・神戸酒心館の安福武之助さん、「蓬莱泉」を造る愛知県・関谷醸造の関谷健さん、イタリア食科学大学の非常勤講師・小林もりみさんです。異なる環境で酒造りをするふたつの酒蔵が、それぞれの取り組みを紹介しました。

今回はその中から、経営の中核に「SDGs」を位置付けている神戸酒心館の取り組みをお伝えします。

※ もともと2021年3月に開催される予定だった会が延期になったため、令和3年度ではなく、令和2年度となっています。

サステナビリティ経営に目覚めたきっかけ

「おいしいお酒をつくる」というクオリティの追求だけでなく、持続的な生産にも主眼を置いたサステナブル経営を目指す神戸酒心館。

発表を行った13代目蔵元・安福武之助さんは、日本酒造組合中央会の海外戦略委員として、世界中で日本酒のプロモーション活動を行う中で、世界のワイナリーのサステナビリティに関する取り組みを知ったと言います。

神戸酒心館 13代目蔵元・安福武之助さん

神戸酒心館 13代目蔵元・安福武之助さん

「フランスのシャンパーニュ地方など、世界の名だたる地域のワイナリーは、水資源の使い方、節電などの省エネ、ボトルの軽量化、輸送方法の改善に至るまで、ワインの生産に関わるすべての工程を詳細に見直し、持続的な生産ラインの構築に成功しています。

これらは、日本ではまだ充分に議論されていないのが現状。サステナビリティへの取り組みは、今後、日本酒を海外で販売していくうえで不可欠だと感じています」

2005年から杜氏制度を廃止し、データや機械を活用した効率的な酒造りを行っている神戸酒心館。当初は高齢化を問題視し、杜氏の経験や勘に頼らない安定的な供給を図っての方針転換でしたが、これが持続的な生産にも効果をもたらしています。

「社員による酒造りに移行するにあたり、作業データを数値化し、誰がどの工程を担当しても失敗がないように工夫を重ね、杜氏の技の再現を目指しました。今では、スマートフォンを使ったモニタリングシステムによる遠隔制御も可能になりました。これにより、通年生産による設備稼働率が向上し、省エネにも貢献。監視のための残業がなくなり、夜間や早朝の勤務が廃止されるなど、醸造期間中の働き方改革にもつながっています」

限りある資源に配慮した酒造り

神戸酒心館の酒造りをひとことでいえば、「六甲テロワール」。なかでも、六甲山系からの伏流水であり、古くから酒造りの名水として知られる「宮水(みやみず)」は、代表銘柄である「福寿」の醸造に欠かせない要素です。

「酒造りは、酒米を洗うことから始まり、仕込みまですべて水との取り組み。水に感謝し、水の価値を最大限に活かすことを企業理念としています」と語る安福さん。

2010年からの7年間の集計では、生産量が3倍に伸びたのに対し、ジェット式気泡技術を採用した節水型の洗米機や新型の洗瓶機の導入により、水量の増加を1.35倍に抑えることに成功しました。

ジェット式気泡技術を採用した節水型の洗米機

ジェット式気泡技術を採用した節水型の洗米機

神戸酒心館では「宮水」を守るために、灘五郷酒造組合の「水資源委員会」や「宮水保存調査会」に参加して、水資源の管理を徹底しています。これらの取り組みが評価され、イギリス・THE DRINKS BUSINESS社が主催する「GREEN AWARDS 2020」にて、「Water Management Award」を受賞。「Ethical Company of The Year」のトップ3にも選ばれました。

水の管理のほかにも、冷凍機やボイラーを効率的な最新の機器に変更してエネルギー効率を高め、同期間のエネルギー使用量とCO2排出量をそれぞれ12%減少させています。

また、酒瓶は、再生可能な透明瓶に静電塗装を施すことで、従来品のデザイン性を保ったまま、年間45万本の酒瓶をリサイクル可能にしました。

水田を守るためにできること

「六甲の恵みを受けながら伝承に革新を積み重ね、新たな伝統を作り出す酒造り」というビジョンのとおり、神戸酒心館では、酒造りを通した六甲の自然への敬意も忘れてはいません。

「福寿 純米酒 御影郷」の売上の一部を兵庫県緑化推進協会に、コウノトリが住みやすい環境づくりのために豊岡市が育てた「コウノトリ育むお米」で造った「福寿 特別純米 コウノトリを育むお米 コシヒカリ」の売上の一部を「コウノトリ基金」に寄付するなど、自然環境の保全にも貢献しています。

また、近年は循環型の農業にも挑戦。神戸市、JA兵庫六甲、コニカミノルタなどと連携し、ドローンによる画像解析や生育診断、再生リン配合肥料「こうべハーベスト」を用いた山田錦の生育調査を行っています。

「日本ではこれまで、農業に必要なリン肥料のほぼ全量を輸入に頼っていました。この『KOBEハーベストプロジェクト』では、神戸市の下水道に大量に流入しているリンを回収し、高品質なリン肥料として再生しています。2021年6月には、この肥料を用いたお米を使った『環和 -KANNA-』というお酒を発売しました」

2021年6月に発売された『環和 -KANNA-』

2021年6月に発売された『環和 -KANNA-』

酒米づくりにおいては、ほかにも、神戸市北区の弓削牧場のミニバイオガスプラントから生まれる有機消化液を、山田錦の栽培に利用。あらゆる方法で、資源の循環モデルの確立を目指しています。

住み続けられる神戸であるために

神戸酒心館は、かつては「福壽酒造」という名前で酒造りを行っていましたが、1995年に起きた阪神・淡路大震災により、木造蔵がすべて倒壊。各方面からの支援により、1997年12月に現在の神戸酒心館として再スタートしました。

多くの人々の助けによって復活したという経緯から、地域の人々への感謝と震災への教訓を胸に、未来の災害に向けたさまざまな対策を行っています。

たとえば、酒造りの中心的な施設である「福寿蔵」は、マグニチュード8.0の地震に耐えうる免震構造で建てられ、避難施設として活用が可能です。貯水槽には7万2,000リットルもの飲料水が蓄えられ、神戸市と災害時に電気や水を市民に供給する「災害連携協定」を締結しています。

「かつて被災した酒蔵が果たしうる役割を学び、来たるべき台風や地震に備えています。阪神・淡路大震災の記憶を風化させることなく、共助によって防災力を高め、将来にわたって人々が安心して暮らせる魅力と活気に溢れた神戸であり続けることを目指しています」

さらに、神戸酒心館では、蔵開きなどのイベントを通して、年に2回、地域の人々の健康測定を行っています。NPO法人 健康ラボステーションの協力により、参加者は医療の専門家からお酒の飲み方を含めた食生活のアドバイスを受けることができます。人々の健康に関わるお酒を造る会社だからこそ、地域の健康を守る役割をも積極的に担っているのです。

「SDGs(持続可能な開発目標)」の17の目標のなかには、「住み続けられるまちづくりを」という項目があります。環境保全だけではなく、地域の人々に貢献することもまた、持続可能な酒造りへとつながっているのです。

地域とともに歩み続ける酒蔵の姿

日本国内の酒蔵の中でも、先陣を切ってSDGs経営に挑む神戸酒心館。

社会経済を取り巻く状況の変化を視野に入れながら多方面からサステナビリティを目指す姿勢が評価され、2019年の「エコプロアワード」では財務大臣賞を受賞するなど、業界外でも高く評価されています。

パネルディスカッションの最後、「社会と酒蔵がどんな関係を築くことを目指していますか?」という質問に、「阪神・淡路大震災を経験したうえで、地域と取り組む『共助』が大切だと思っています」と答えた安福さん。

「震災のときに、地域に支えられたからこそ、今の私たちがあります。ですから、これからは社会から必要とされるような酒蔵になりたいと思っています」

「自然と人を見つめるものづくり」を掲げ、原料や生産システム、地域貢献の観点からSDGsに取り組む神戸酒心館をモデルに、多くの酒蔵が後へ続くことが期待されます。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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