コンビニやスーパーマーケットなどの量販店を含めた商品展開を行いながらも、確固たる地酒ブランドとしてのイメージを保っている高知県・酔鯨酒造。近年は、高級酒ラインの確立や異業種とのコラボレーションでも注目を集めています。

こうしたバランス感覚に優れた経営の背景には、どのような哲学があるのでしょうか。

酔鯨酒造の大倉社長

酔鯨酒造 代表取締役社長 大倉広邦さん

高知県高知市と土佐市にある酒蔵を訪れ、代表取締役社長である大倉広邦さんにインタビューするとともに、活気あふれる現場の声をうかがいました、

「酒類業界が自分を大人にしてくれた」

大倉さんが、実家である酔鯨酒造へ戻ってきたのは2013年のこと。旧陸軍のパイロットであった祖父・窪添竜温(くぼぞえ たつはる)さんが地元の酒蔵を買収して1972年に立ち上げた酔鯨酒造は、品質を第一に考え、ピーク時の生産量は3,000石、7億円を売り上げるほどに成長しました。

ところが、大倉さんが戻ったころは日本酒需要の落ち込みに加え、明確な販売方針がない状態で酔鯨の価値を下げるような販売をしていて、低迷期にあったといいます。

「そのころは、親族が運営する食品専門商社の旭食品の一部門として販売先を広げていたのですが、不思議なことに、販路を広げれば広げるほど売上が下がっていくんです。それまで取引のあった専門店や飲食店が次々と離れていって、『おいしいはずなのに、どうして?』と、悔しかったですね」

大倉社長と祖父の窪添竜温さん(写真右)

大倉社長と祖父の窪添竜温さん(写真右)

大学卒業後、12年間、キリンビールで飲食チェーン店向けの営業を勤めてきた大倉さんは、酒蔵側からの呼びかけもあり、実家へ戻ることを決意します。

三兄弟の次男である大倉さんは、兄弟の中でもいちばんのお酒好き。学生時代には「横浜君嶋屋」でアルバイトをしながら、君嶋哲至社長から直々にお酒の奥深さを学んだ経験も合わせ、「酒類業界が自分を大人にしてくれた」と語ります。

大手ビールメーカーから地方の酒蔵への転職。収入はほぼ半減するため、家族からは反対の声もありました。「何ができるかはわからないけど、30代前半でまだ若く、気合だけは十分にあったので、『なんとかしなくちゃ』と無鉄砲に考えていました」と、当時の意気込みを語ります。

酔鯨酒造を立て直すため、あらためて日本酒について学んだ大倉さんの課題意識は、次第に、日本酒業界全体へと向かっていきます。

「国内のアルコール消費のなかで清酒が占める割合は毎年減っていて、現在はわずか5.6%(※)です。心身ともに削られる大変な仕事なのに、給与水準が低いことも問題です。日本酒は“國酒”であり、素晴らしい飲み物なのに、こんなことはおかしいと思いました」

※令和元年度 国税庁「酒のしおり」のデータより算出

大倉社長が進めたブランド改革

当時、事業が停滞していた理由を、大倉さんは「よいお酒は造れていたけれど、『造ったら終わり』というセクショナリズムがありました。経営陣にも、これからの展望や夢を語れる人がいませんでした」と分析します。

話をする酔鯨酒造・大倉社長

そこで大倉さんは、「世界の食卓に酔鯨の酒が並ぶことを目指そう」と蔵の人々に呼びかけ始めます。

前職のキリンビール時代から、飲食チェーンの営業として消費者を間近で見ていた経験から、「お客さんに飲んでもらうことを想像する大切さを伝えよう」としてのことでしたが、当時、その想いを理解できるスタッフはほとんどいませんでした。

入社当初は営業課長として配属。出張用の予算が少なかったため、時には自腹を切りながら、一度の出張でなるべく多くの都市を訪れたといいます。

「北海道から仙台、宇都宮、東京、横浜と電車やバスで移動し、カプセルホテルに泊まりながら営業を行いました。以前取引があり、途絶えてしまったところにも、『酔鯨は絶対によくなるから、信じて注文してくれ』と頭を下げました」

営業時代の大倉社長

大倉さんが戻ったばかりのころ、酔鯨酒造の販売チャネルの7割ほどを、親会社の旭食品が占めていました。冷凍食品や菓子類を主に扱う同社の顧客は、ドラッグストアやディスカウントストアなどの量販店がほとんど。酔鯨酒造が目指す顧客層と異なることに気づいた大倉さんは、社長に掛け合い、「旭食品ルートの量販店を特約店から外したい」と交渉します。

「グループ会社であるために、お互いに緊張感のない状態で、商品の魅力や品質を語る販売ではなく価格競争にばかり注力していました。その結果、ほかのお得意先からは『酔鯨は旭食品に特別な対応をしている』と、徐々に販売を敬遠されてしまい、お客様からの信頼も失いかけていたんです。

酔鯨酒造の会長も兼任する旭食品の竹内孝久社長は理解してくれて、『好きにせえ』と言って後押しをしてくれました。現在は、旭食品のシェアは1割ほどになっています」

誰よりも積極的な姿勢と行動力を見せ、実際に売上を向上させる数値的な結果を出したことで、社内での評価が集まり、次第に着いてきてくれる人が増え始めたといいます。

さらに、旭食品と一律だった給与制度を見直し、人事制度を刷新。外部コンサルタントを招いた研修制度を取り入れながら、「新しいアイデアを取り入れるとともに、業界外へ日本酒の素晴らしさを伝えていきたい」と、異業種を中心とした採用に力を入れはじめました。

リブランディング後の酔鯨酒造のラベル

2017年にはリブランディングを敢行し、商品の品質を強化しながら、漢字表記だったラベルを覚えやすいロゴマークに変更します。日常酒は「鯨のイラスト」に、高級酒は鯨の尾びれをデフォルメした「テールマーク」に統一しました。

このような改革が身を結び、大倉さんの入社時の2013年には5億円だった売上は、2021年9月、パンデミック下にありながら、初めて10億円を突破します。

日常酒と高級酒のバランスを守る

酔鯨酒造「土佐蔵」の看板

2018年、酔鯨酒造は高知市にある長浜蔵に加えて、約20キロメートル離れた土佐市甲原の山中に土佐蔵をオープンしました。

現在は小仕込みのハイエンド商品のみを造っていますが、増え続ける同蔵の生産量を賄うため、いずれは建物を拡張し、長浜蔵の機能を移行する予定です。

「長浜蔵の松本誠二工場長と酔鯨酒造の味わいの設計について話すなかで、必要な設備や温度管理を追求するには、建物を新しくする必要があることがわかってきました。大手であろうと小さな酒蔵であろうと、店頭に並んでいたらお客さんにとっては同じですし、これから生産量を増やしていくにあたって、規模が大きくなっても味わいを損なわない環境を整えなければなりませんでした」

純米大吟醸 DAITO 2021

「純米大吟醸 DAITO 2021」

同社の中でも最高級のラインアップである「DAITO」は、毎年著名な芸術家とコラボレーションをしています。2021年は、世界的なガラス作家であるイイノナホ氏がボトルデザインをプロデュースしました。

このような商品によって、既存のマーケットとは異なる客層へアプローチをする一方で、大倉さんは「日常的に飲まれるテーブル酒を諦めたくない」と主張します。

「高知県はお酒が好きな県で、女性も男性も関係なく、飲めや食えやの宴会をしてきた歴史があります。酒の好みにうるさい飲兵衛が多いので、そういう人たちが満足するお酒を造らなければならなかったんですよ(笑)。そうした伝統のなかで培われてきたキレ味があり、香り穏やかな食中酒は、今後も守り続けたいと思っています」

生産量が増えるなかで、高級酒と日常酒の絶妙なバランスをキープ。特別純米や吟醸酒といった日常使いのテーブル酒は、生産量の7割を占めています。

酔鯨酒造の日常酒ラインアップ

「従来の酒蔵は規模が小さいことを美徳にしてしまい、プレミアム商品を造れば、それしか造らないといったことが起こりがちです。それに引き換え、ビールやウイスキー、ワインなど他の酒類を見てみると、スーパーマーケットにも世界的に評価されているようなブランドが普通に並んでいますよね。

一般の人たちが買うのは、コンビニやスーパーマーケットに並んでいるお酒です。そこで『おいしい』と思ってもらえれば、専門店でも同じ酒蔵が造る別のお酒を手に取ってくれる人も出てくるかもしれない。『わかってくれる人だけが、わかってくれればよい』とターゲットを狭めていては、いつか文化として無くなってしまうと危機感を持っています」

専門店のみに出荷するプレミアム商品を販売しながらも、日常酒を守るという使命感から、コンビニやスーパーマーケットなどの量販店にも展開している酔鯨酒造。しかし、「ただ、販路を広げればよい」という考えではなく、たとえば、コンビニであれば、冷蔵保存に力を入れている店舗に限定して販売するなど、大倉さん自身が分析し、常に品質を保てる保管環境の整った販路を選定しています。

トップセールスの姿が社員の意識を変えた

土佐蔵工場長の上田正人さんは、大倉さんの祖父である初代蔵元のころから勤め、今年で入社28年を迎えます。

土佐蔵 工場長の上田正人さん

土佐蔵 工場長の上田正人さん

「竜温さんはとにかく品質に厳しかったので、蔵人は技術を磨くなかで、自己満足の世界に陥っていた部分もあったのだと思います。大倉社長は、どこへ向かって進んでいるかわからなかった我々の視野を外へ広げてくれました。方針も『世界の食卓に酔鯨を』とわかりやすくシンプルなので、ついて行きやすいんです」

技術ばかりに集中し、内向的になってしまっていた蔵人たちに、「どうすればお客さまが笑顔になれるか」と想像させる力をもたらした大倉社長を、上田さんは「マジシャンのよう」と語ります。

「酒蔵なのにカフェを作ったり、アパレルとコラボしたりと先駆的な取り組みをしていますが、その大元は『日本酒を知らないエントリー層を増やそう』とシンプルな考え方。日本酒という伝統品の中で他に事例がない取り組みをするのがとても楽しくて、『明日の酔鯨はどんな刺激があるだろう?』とワクワクしながら働いています」

これまでもユニクロやバンダイ、リーデル、クリストフルなど、異業種との多様なコラボレーションを実施している酔鯨酒造。そうした取り組みのすべてが、「少しでも興味を持ってもらって、ひと口でよいから酔鯨の酒を飲んでほしい」という想いに基づいています。

製造部 物流課 課長の中平卓己さん

製造部 物流課 課長の中平卓己さん

「誰よりもお客さんに近い」「酔鯨の中でいちばん腰が低い」と従業員から評される大倉さん。酔鯨酒造に勤めて21年目となる物流課 課長の中平卓己さんもまた、幼いころから知る大倉さんの魅力がその人柄にあることを指摘します。

「先代のころ、かつて取引のあった問屋や酒販店と疎遠になってしまった時期があったのですが、大倉社長はその間も個人的に交流していたようです。おかげで、彼が酔鯨酒造に入社してから、以前のお客さまがみるみる戻ってきました。採用でも『大倉社長と一緒に働きたい』と他業界から転職してくる人が多いんです」

食品メーカーのグループ会社となり、停滞期にある酔鯨酒造を見つめながら、大倉さんの日本酒への情熱を知る中平さんは、「蔵に帰ってきてほしい」と声をかけたそう。その願いは通じ、大倉さんの就任後、停滞期にあった酔鯨酒造の売上はみるみる伸びていきました。

「トップセールスの姿が見えるので、社員はみんな、自分の会社がどこに向かっているのかがわかる。悲願であった土佐蔵ができてから、社員の意識もますます変わったと感じています」

広報担当の佐野麻美さん

広報担当の佐野麻美さん

入社26年目となる広報担当の佐野麻美さんは、「入社当初は、まさかこんな蔵ができるなんて思っていませんでした」と微笑みます。

「大倉社長が就任してから、従業員みんな、自分の仕事が目的なのではなく、『一人でも多くの人に飲んでもらいたい』という目標へ向かって働くようになりました。瓶詰め担当のパートタイムのスタッフは、どんなにたくさんの瓶が流れていても『シワになっているから貼り直して』とラベルのミスを鋭く見つけます。大倉社長の考えを理解し、一人ひとりがお客さんの視線を意識して動けるようになっているんです」

世界の食卓に「酔鯨」を届けることを目指して

2021年9月末、初の10億円という売上を達成した酔鯨酒造。実は、新型コロナウイルス感染症が拡大しはじめた2020年の春には、売上が前年比で半減するほどの打撃を受けたといいます。

「焦りを感じた」という大倉さんは、いち早く新しい販路へアプローチ。量販店を含め、取り扱いに信頼のおける未開拓の酒販店へ営業をかけるほか、甘酒や日本酒ベースのリキュールなど、これまでとは異なる層に向けた新商品を開発しました。

そんななか、地元の飲食店が営業停止を余儀なくされ、農業や漁業を営む人々が苦しんでいることに気づいた大倉さんは、オンラインショップで地元食材と酔鯨酒造のセット商品を販売。名産品である柚子をおちょこにする飲み方を提案するアイテムをリリースするなど、高知県の生産者とのコラボレーションに積極的に取り組んでいます。

「酔鯨 純米酒 香魚」

「酔鯨 純米酒 香魚」

「『香魚』という銘柄は、高知県東洋町の野根川の水で仕込むというアイデアからスタートしましたが、せっかくだから川の水で育ったお米で造り、名産品である鮎に合う味わいにしようというコンセプトにたどりつきました。この商品の売上の一部は、野根川の保全活動に使われています。今年は、瓶以外のパッケージを土佐和紙で作った『純米大吟醸 帖』も発売しました。

CSV(社会の課題を解決すると同時に利益をあげる企業戦略)を意識していると言われることもありますが、単純に、お互いの付加価値を考えた結果。日本酒業界にとっても、地域にとっても必要な存在になりたいですね」

酔鯨酒造 代表取締役社長 大倉広邦さん

過去最高の生産量と売上を達成しながらも、大倉さんは「他の業界と比べたら大したものではない」と、現実をシビアに見つめます。

「自分の中ではまだまだ。101%でもよいから、常に増産し続けたいと思っています。それは、日本酒ファンが確実に増えている証ですから。そして、『規模が大きくなったらクオリティが下がる』という言説には抗いたいと思っています。クオリティは保ったまま、大手だけどおいしいねと言われるのが目標です。大手といわれるぐらいの規模にならないと、世界に供給できません。だから、立ち止まるわけにはいかないんです」

「日本酒ほど人々に幸せを与えられるものは少ない。その夢を語り続けられる経営者でありたい」と、熱を込める大倉さん。

そのひたむきな向上心とスピード感が、従業員一人ひとりの心を動かし、生産力を高める好循環を生み出しているのが、酔鯨酒造という酒蔵なのです。

(取材・文:Saki Kimura/編集:SAKETIMES)

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