新潟県加茂市にある雪椿酒造は、"手仕事の酒造り"にこだわる小さな酒蔵。"淡麗辛口"を強く打ち出してきた新潟県で、"淡麗旨口"という新しい酒質に挑戦し続けてきました。数少ない全量純米蔵としても注目され、最近では各種メディアに取り上げられる機会も増えてきています。
そんな雪椿酒造が蔵内最高スペックの商品として製造しているのが、純米大吟醸「月の玉響(つきのたまゆら)」。"月のように神秘的で力強い味わいと酒色、優雅なひとときを過ごしてほしい"という思いからその名が付けられ、高い品質で人気を集めています。
その一方で、需要の高さに対して生産が追いつかず、消費者のもとへなかなか届けられないという課題も抱えていました。品質を落とさずに生産量を増やすにはどうすればいいのか?考えた末、雪椿酒造は「月の玉響」の大仕込みに踏み切りました。
連載第5回となる今回は、人気銘柄の大仕込みに取り組む姿勢から、雪椿酒造の“挑戦のマインド”を読みときます。
高スペックのお酒ほど量を造るのは難しい?
一般的に、大手と呼ばれる酒蔵の石高は数万から数十万石。一方、雪椿酒造は手造りにこだわる小さな酒蔵。そのせいか、「高スペックのお酒ほど大量生産ができない」という考えがありました。
その理由のひとつは品質管理の問題。米の吸水をはじめ、麹や酒母、醪の温度管理など、スペックの高いお酒を造る際にはそれぞれの工程で繊細な管理が必要となり、手間も時間もかかります。また同じ蔵の中で並行して数種類のお酒を仕込むことを考えると、ひとつのお酒にのみ、つきっきりになるわけにもいきません。
設備やコストの問題も考えられます。量産を実現するために機材やスタッフを充実させようとすれば、そのぶん製造コストが上がってしまいます。また、土地の広さに制限があるため、物理的に設備の拡張が難しいという場合もあるでしょう。
一方で、その蔵が誇る最高品質のお酒に消費者の人気が集まるのは当然のこと。これまで「月の玉響」は400~750kgほどの小仕込みで造られていましたが、今では予想以上に売上が伸びて品薄状態になってしまい、消費者のニーズに応えきれないという状況が続いてきました。他のラインアップと比べても「月の玉響」は特に製造量と販売量のバランスが取れず、このままでは手に入りにくい"幻の酒"となりかねなかったのです。
新しい設備を活かし、製造量を2倍に!
そんな状況を打破しようと、飯塚杜氏は「月の玉響」の製造拡大を決意。安定的な供給に向けて、今年は従来の製造量の2倍にあたる1500kgの仕込みに着手しました。小仕込みから大仕込みへ移行する際、「麹造り」「醪の低温発酵」「掛米の吸水」といった工程で、慎重な対応が必要になります。ですが、2年前に蔵の設備を改善したことで、想定していた課題をスムーズに乗り越えることができたそうです。
それぞれの工程について、飯塚杜氏は次のように話してくれました。
「麹造りについては、『月の玉響』も他の純米吟醸も同じ設備で仕込んでいたので、大丈夫だろうと思っていました。違う点は、温度管理に若干の差があるくらいでしょうか。麹室が1800kgの仕込みにも対応できるようになっているので、1500kgだったら薄く広げれば純米吟醸と同じように、むしろ少し余裕を持って管理ができるので、麹造りは問題なくクリアできました」
飯塚杜氏が自信を持てたのは、2年前に蔵の設備を一部新調したことが大きな理由となっていたようです。連載第2回で蔵を訪ねた際も、杉材を使った立派な麹室を見学させていただきました。
2つ目の課題である「醪の低温発酵」についても、麹室と同じタイミングで新調した醪用タンクが活躍。容量をこれまでの1500kgから1800kgに増やし、外周が二重構造になっている「ジャケット形式」のタンクに替えました。タンクの周囲に冷水を入れることで、細かな温度管理ができるようになったのです。
「高い温度で醪を管理すると、酒の味が粗くなってしまいます。タンクを新しくしたことによって、今まで5~6℃の冷水でしか冷却できなかったのが、1~2℃まで下げられるようになり、ぐっと低い温度で醪が管理できるようになりました。低い温度で管理できると醪をコントロールしやすくなるんです。これは『月の玉響』をはじめ、酒造り全体に大きく影響しましたね」
タンクを替えたことで「醪の低温発酵」もクリア。繊細な温度管理が必要な純米大吟醸でも、余裕を持って仕込むことができました。
そして、飯塚杜氏が「一番のネックだと思っていた」と話すのが、3つ目の「掛米の吸水」。もともと、吸水時間を秒単位で管理する限定吸水を10kg単位で行っていた『月の玉響』の仕込み。大仕込みに取り組むためには、米を洗う単位を多くする必要がありました。
「まず、掛米の量を100kg単位まで増やすことにしたんです。雪椿酒造で精米歩合60%の純米吟醸を造る場合、通常は200~300kg単位で3つに分けて掛米の洗米・浸漬を行います。しかし量が増えると、最初と最後に処理した米で吸水率に差が出る可能性があったので、100kgを6回に分けることにしました。小分けにする手間はありますが、こうすればコストをかけて設備を増やさなくてもできると思ったんです。結果的に最初と最後で大きく差が出ることはなく、クリアすることができました。昨年収穫した米は全体的に硬めで吸水しづらかったことも良い方向に働いたと思います。今年は米の特性を見ながら、150kg単位での吸水に挑戦したいですね」
手仕事にこだわる雪椿酒造ですが、この工程の目的はあくまでもより良い蒸米をつくること。外硬内軟でハリのある蒸米のためには、機械の力を借りることも必要だと判断しました。計量からぬか取りまでを機械に任せることで、正確な量での洗米が可能になったのです。
一方で、洗米後の吸水は五感を駆使しなければ微妙な調整ができません。設備を新調したのも、もとをたどればより手仕事がしやすい環境を整えるため。機械と手作業をバランスよく取り入れることで、理想の蒸米、ひいては理想のお酒ができあがるのです。
"おいしいけど手に入らないお酒"ではなく、"みんなが飲めるおいしいお酒"を
こうしてひとつひとつの課題をクリアし、『月の玉響』は今年の大仕込みに見事成功しました。振り返ってみると「『やってみたら意外とできた』という感じ」と飯塚杜氏が明るく話すように、その過程は思いのほかスムーズだったと言えるでしょう。
しかし、2年前に「いずれ大きな仕込みにも対応できるように」と設備の新調を決めた小山社長や、「『月の玉響』をより多くの人に届けよう」と大仕込みに挑戦した飯塚杜氏、そしてふたりをはじめとする雪椿酒造のチャレンジ精神がなければ、実現することはなかったかもしれません。飯塚杜氏は今回の大仕込みに取り組むまで、ある固定観念にとらわれていたと話します。
「純米大吟醸は繊細な管理が必要なので『小仕込みじゃないとできない』と造り手は考えがち。実際に私もそう思っていましたし、今まで良いものができていたやり方を崩すことには勇気が必要でした。でも、"やってみたけどできない"ならまだしも、"何もやらずにできない"というのは嫌だったんです。社長の『もっと生産量を増やすことはできないか』という姿勢がなければ『月の玉響』は小さい造りのままで、お客様をずっとお待たせしていたかもしれません。造りたかったのは、"おいしいけど手に入らないお酒"ではなく、"みんなが飲めるおいしいお酒"なんです」
ハレの日に飲みたい「月の玉響」
名実ともに雪椿酒造の看板商品になりつつある『月の玉響』。山田錦100%使用し、精米歩合40%まで磨き上げたやや辛口の味わいに仕上がりました。華やかな香りに惹かれて一口飲んでみると、まろやかなコクと豊かな米の旨味がふわりと広がります。よく冷やすと旨味のなかにキリッとした味わいが際立ち、常温や燗で飲めばよりしっかりとした米の味わいが楽しめそう。いつもより手の込んだ料理に合わせたい、ちょっと特別な日のとっておきにしたい、そんなお酒です。
『月の玉響』は「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」の大吟醸部門で2016年に最高金賞、2017年に金賞と2年連続の受賞を果たしました。また、月の玉響を身近に感じてほしいという想いから、11月に200mlの小容量ボトルを新しく発売しました。大仕込みの成功によって、これからより多くの人の手に渡ることになるこの逸品は今よりもっと愛されるお酒になることでしょう。
日本酒に限らず、希少性の高さはある種のブランドになります。しかし、どんなに良いものでも手に入れることができなければ、その本当の価値は伝わりません。品質を保ったままお酒を安定的に供給すること、それはとても大変で、設備投資を含めた多くの努力で実現しているということを今回の取材で目の当たりにしました。飲みたいと思ったときに好きなお酒が飲めること、その"当たり前"を支えている人たちに、改めて敬意を表したいと思います。
(取材・文/芳賀直美)
sponsored by 雪椿酒造株式会社
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