古くから日本有数の酒どころとして知られる広島県。2018年7月には大きな豪雨災害があり、なかでも「龍勢」の藤井酒造や「於多福」の柄酒造が大きな被害を受けました。幸いなことに、現在は2社とも酒造りを再開しています。
広島酒の特徴は、明治時代に同県出身の三浦仙三郎氏らによって生み出された「軟水醸造法」によって、口当たりが柔らかく、芳醇で旨味のあるまろやかな味わい。
そんな広島県の日本酒について、新しい酵母や酒米の研究をはじめ、県内の酒造会社への技術指導などに取り組んでいる、広島県立総合技術研究所 食品工業技術センターの大土井律之氏に話を伺いました。
特定名称酒に力を入れる広島県
─ 広島県の日本酒には、どんな特徴がありますか。
大土井律之氏(以下、大土井):海も山もある県なので、その酒質をひとことで言い表すことはできません。しかし、酒質の統一性を求めるのではなく、お互いに技術を研鑽していこうという雰囲気が昔からありました。
調べてみると、明治40年の全国新酒品評会での成績が良く、当時からそういう考えがあったんだと思います。しかし、技術力は高い反面、出荷量は全国で10位と実力を充分に発揮しているとはいえません。
広島県は普通酒にやや依存している傾向があり、これが課題になっています。食品工業技術センターでは、いま全国的に伸びている特定名称酒の品質を上げるための技術開発や、新しい酵母・酒米の研究を進めています。
─ 具体的にどのような酵母を開発しているのでしょうか。
大土井:広島県の酵母は大きく分けて2種類あります。リンゴのような香りを出すカプロン酸エチル系と、バナナのような香りを出す酢酸イソアミル系です。
私は現在頒布されている酵母のうち、県外での販売が許可された「広島吟醸酵母」のひとつである「広島吟醸酵母13BY」の開発に携わりました。
開発のきっかけは25年ほど前のこと。カプロン酸エチルが多く生成されるアルプス酵母が出始めたころでしたが、すべての酒蔵が使いこなせるものではありませんでした。しかし、この酵母を使えば、全国新酒鑑評会での金賞受賞率が上がる。そこで私は、誰もが使える酵母をつくりたいと考え、「広島吟醸酵母13BY」の研究を進めました。
近年の新しい広島県酵母といえば、カプロン酸エチル系の「広島吟醸酵母13BY」と酢酸イソアミル系の「広島21号」を掛け合わせた「ひろしまもみじ酵母」です。
また最近では、1995年に開発され、その後しばらく使用されていなかった「KA1-25」という酢酸イソアミル系の酵母を、現代の新しい酵母として改良中です。
県オリジナルの新酒米・新酵母は2021年に発表予定!
─ 酒米にはどんな特徴がありますか。
大土井:全国で6番目に多く収穫されている酒米「八反錦1号」は広島県が主産地です。この米は収穫量が多いことや、大粒で心白が出やすいのが特徴です。軽快な口当たりのお酒に仕上がりますが、やや熟成に向いているものもあります。
同じ八反系の米には「八反35号」「八反錦1号」「八反錦2号」がありますが、一般的に「八反」と呼ばれているものは「八反35号」を指しています。その他にも、雄町系の酒米「こいおまち」や山田錦系の酒米「千本錦」なども広島原産です。
─ 広島県では、酒米の開発も進めているのでしょうか。
大土井:八反錦と同じくらいの収量があり、かつ、やや軟らかい酒米を開発しています。
酒米の開発といっても、農家の求める栽培適性と酒造メーカーの求める酒造適性が必ず一致するとは限りません。本来、新しい品種の開発には10年以上の時間がかかります。これまでは最初の7年で栽培適性を、最後の3年で醸造適性をみていましたが、今回の開発では初年度から農業技術センター、JA全農ひろしま、穀物改良協会に加え、西日本農研センターや酒造組合もいっしょに取り組んでいます。
この体制にすることで、酒造りに向いているかどうかをいっしょに評価しながら開発を進めることができました。今後は、流通業者の意見も取り入れながらやっていきたいと考えています。
新しい品種の発表は新しい酵母の完成と同じ2021年くらいになると思います。
─ 広島県では、日本酒を盛り上げるためのさまざまな取り組みを行なっていますよね。
大土井:ふだん日本酒を飲まないという600人にアンケートをしたところ、「アルコール度数が高いから」「悪酔いしそうだから」という理由が挙がりました。それを受けて、低アルコール日本酒の開発に力を入れたんです。
「ひろしま一途な純米酒」というプロジェクトでは、広島の名物料理といっしょに楽しむための低アルコール純米酒を開発しています。広島を代表する「お好み焼」「焼きがき」「カキフライ」「もみじ饅頭」に合う日本酒の味や香り、アルコール度数を設計して造りました。
お互いに高め合っていく精神で
大土井氏は酒造関係者だけでなく、流通業者や酒販店、飲食店に向けたセミナーも多く開催しています。その理由は、消費者にもっとも近い関係者から市場のニーズを聞き取るため。それらの情報は造り手にとっても大事なものであると考えているのです。
「自分の造りたいものを造って、それを気に入ってくれる人だけが飲んでくれればいい」という考え方もありますが、どんなに優れた技術をもっていても実際に売れなければ、継続的に造り続けることはできません。
広島県内で大土井氏の指導を受けている酒蔵の方に話を聞いてみると、「先生は技術面の指導だけでなく、常に広島県のお酒の未来を考えている。本当にお世話になっているからこそ、私たち造り手が指導によって飛躍するのと同時に、私たちの力で先生の名を全国に知らしめていきたい」という声もありました。
このような、お互いに研鑽し合うことこそが、やはり広島県の日本酒の魅力なのでしょう。
(文/あらたに菜穂)