兵庫の灘や京都の伏見と並ぶ銘醸地「西条」、そして、広島杜氏のふるさと「安芸津」がある広島県東広島市は日本有数の酒どころです。そんな東広島市の日本酒と料理を楽しめるイベントが、8月3日、東京・銀座にある「ひろしまブランドショップTAU」の地下1階、瀬戸内ダイニング「遠音近音(をちこち)」で開催されました。
「東広島 日本酒の宴 in 銀座~夏の夕べに楽しむ、酒都・西条、広島杜氏のふるさと・安芸津の酒~」と題して開かれたこのイベント。日本三大銘醸地のひとつである「東広島」をたくさんの人に知ってもらおうと、東広島市が主導となって、数年前からこのような催しを行なっているそうです。
日本三大銘醸地のひとつ「酒都西条」
東広島市のなかでも「酒都西条」と呼ばれる西条地区。1km圏内に7軒もの酒蔵が連なり、歩いてまわることができます。
西条で酒造りが始まったのは江戸時代に入ってから。県内でもっとも古い酒どころです。良質な伏流水や寒暖差の大きい気候など、酒造りに必要な条件がそろったこの地には多くの酒蔵が誕生しました。しかし、西条の水は酵母の栄養となるミネラルの含有量が少なく、他の地域と同じような酒造りの手法は通用しませんでした。
そこで、地元の醸造家・三浦仙三郎は低温でゆっくりと発酵させる「軟水醸造法」を完成させます。この方法で仕込まれたお酒は、なめらかでふくよかな味に仕上がるのが特徴。この技術は後に吟醸酒を生み出すきっかけにもなりました。
広島の食材を使った絶品料理と銘酒
さて、イベント当日に提供された日本酒と料理を紹介しましょう。
「玉蜀黍豆腐 旨出汁ジュレかけ」(写真奥)
トウモロコシの甘味が凝縮された豆腐を、ジュレとともにつるっといただきました。
「小鯵の南蛮漬け」(写真中央)
お酢のさっぱりとした風味が夏らしい一品。安芸津では「小味(こあじ)がある」という表現が最高の褒め言葉だそうで、それにふさわしい味わいでした。
「無花果胡麻クリームかけ」(写真手前)
ごまのクリームが薫り高く、品のある美味しさです。
いずれも"涼"を感じさせる品々で、これから始まるコース料理への期待が高まります。
前菜に合わせて提供されたお酒は以下の2本です。
「花凛 純米吟醸」(山陽鶴酒造)
舌にピリッと残る刺激が魅力的な1本。大正元年(1912年)から続く山陽鶴酒造のお酒は「甘酸辛苦渋」が一体となって融けあう上品な美味さが特徴なのだとか。
「西條酒造学校 大吟醸」(福美人酒造)
まろやかな口当たりで、スッと消えるような後口。野菜を中心にした味の淡い料理とぴったりで、食事を邪魔しません。福美人酒造は大正6年(1917年)、全国から出資者を募って、西條酒造株式会社として創業しました。山陽鉄道沿線に恵比寿蔵(えびすぐら)・大黒蔵(だいこくぐら)の2蔵を構え、大黒蔵には西条にある酒蔵のなかでもっとも高い煙突があります。
続いては、お造りです。
「広島直送4種盛り 三種タレとともに」
香ばしく焼き上げられた皮目がすばらしいイサキは塩で、ぷりぷりとした食感のタチウオは土佐醤油でいただきます。しかし、もっとも驚かされたのは「オイルたれ」。ハーブと胡麻を使用したこのタレにつけると、刺身がカルパッチョのような味わいになり、魚の旨味が染み出てくるようでした。
そんな鮮魚に合わせるのは、こちらのお酒です。
「於多福 純米吟醸」(柄酒造)
もったりとした飲み口で、良い香りが長く残って鼻から抜けていきます。柄酒造は安芸津にある創業160年の老舗蔵です。
「富久長 純米吟醸 八反草」(今田酒造本店)
150年の歴史をもつ、広島でもっとも古い酒米「八反草」で造られたお酒。辛口の味わいですが、青々しい爽やかさを感じます。「ワイングラスでおいしい日本酒アワード2018」のプレミアム純米酒部門で金賞を、「Kura Master 2018」の純米大吟醸&純米吟醸部門でプラチナ賞を受賞した一品です。
続いて、西条名物が登場しました。
「美酒鍋」
蔵人のまかないが発祥になっている、鶏肉・豚肉・野菜を日本酒で煮た鍋料理です。水を一切使っていないため、素材の味がグッと凝縮されていました。酒造りでびしょびしょに汗をかいている蔵人を指して、"びしょ鍋"とも呼ばれていたそうです。
「山田錦 純米酒」(白牡丹酒造)
延宝3年(1675年)創業といわれる東広島最古の酒蔵で、戦国武将・島左近の子孫が始めたとされています。美酒鍋との相性が抜群で、口の中に広がった味をキュッとまとめてくれました。
「特製ゴールド賀茂鶴 大吟醸」(賀茂鶴酒造)
こちらは、味わい豊かなお酒と薫り高いお酒をそれぞれ造り、それらを専門の職人がブレンドした一品なのだとか。金箔が入っているなど、おめでたい席にぴったりです。
美酒鍋で火照った身体にちょうど良い、冷やし鉢が運ばれてきました。
「鱧の生姜ジュレ掛け 夏野菜添え」
小骨が細かく切られた鱧や湯引きされたフルーツトマトなど、ひとつひとつがていねいにつくられ、思いやりを感じます。もみじの形に切られた冬瓜には味がよく染みて、とても滋味深いです。
「大地の冠 純米吟醸」(西條鶴醸造)
美味しさが喉にまっすぐ伝わってくる、ストレートな味わいのお酒です。創業当時の酒蔵が今も残り、伝統的な手造りの醸造にこだわっているのだそう。
「鯉幟 純米吟醸 火入」(金光酒造)
西条を舞台に、日本酒をテーマにした映画『恋のしずく』に登場する銘柄です。まろやかで、優しく包みこんでくれるような味わいでした。『恋のしずく』には映画初主演となる川栄李奈さんや、この作品が遺作となる名優・大杉漣さんが出演し、10月20日から全国公開がスタートします。
そしていよいよ、メイン料理の登場です。
「黒瀨牛の黒胡椒焼きと焼き野菜」
田園風景が広がる東広島市南西部の黒瀬町では、血統の良い牛が育てられています。キメ細やかで柔らかく、それでいて噛みごたえのある、風味豊かな牛肉です。
「天然鯛炊き込みご飯と香の物 お味噌汁」
こちらは、鯛と日本酒をいっしょに炊き込んだ一品。一粒一粒に閉じ込められた旨味が、噛むほどに広がっていきます。お味噌汁には、福富町の特産品であるエゴマの入った手作り味噌が使われ、日本人で良かったと思わせてくれる味わいでした。
この料理に合わせて、以下の2本が燗酒で提供されます。
「亀齢 純米酒 寒仕込」(亀齢酒造)
香りが穏やかで、牛肉との相性が抜群でした。
「賀茂泉 山吹色の酒 純米吟醸」(賀茂泉酒造)
熟成酒らしい独特の香りと味わいが、ファンを魅了しているようでした。
肉の脂は融点が高いため、冷たいお酒を合わせると口の中で固まってしまうのだとか。そのため、燗酒とともにいただくのがベストだそうです。
東広島を引っ張る3人の杜氏にインタビュー
美酒を生み出す東広島の杜氏たちは、どんな考え方で酒造りに取り組んでいるのでしょうか。
今田酒造本店の代表取締役・今田美穂さんは、「2018年7月の豪雨災害で、広島県は甚大な被害を受けました。浸水で設備が壊れてしまい、今年はもうお酒を造れないという酒蔵もあります。安芸津では造り手の高齢化が進んでいるので、酒造りを一旦ストップしてしまったら、また再開できるのかとても不安です」と、語りました。
加茂鶴酒造の杜氏・椋田茂さんに「これからどんなお酒を造りたいですか」とたずねると、「"見えるお酒"を造りたいですね。生産者や造っている場所が"見えるお酒"。日本酒が世界へ広まっていくにつれて、消費者の目がどんどん厳しくなっているので、安心や安全については一番気を遣っています」とのこと。
竹鶴酒造の杜氏で、広島杜氏組合の組合長も務める石川達也さんは「『酒在広島(=酒は広島にあり)』をもっと広めたい。広島県を日本酒の中心地にしたいという思いがあります」と、まとめてくれました。
7月に大きな豪雨災害を被った広島県。災害の現場でボランティアに参加することはもちろん、地域の生産品を消費することもきっと立派な応援になるでしょう。単なる美味しさだけでなく、杜氏の熱い思いが詰まった東広島のお酒を、ぜひ味わってみてはいかがでしょうか。
(文/阿部絵里)