花見酒、月見酒、雪見酒───日本の美しい四季を愛でながらお酒をたしなむ、左党にとってうれしい風習ですね。季節とお酒は古来より深く結び付いており、"季語"にも「酒」がつく単語が多々あるんです。

季語とは、「春」「夏」「秋」「冬」「新年」を象徴する単語。俳句や詩歌に用いられ、俳句には「季語を必ず入れること」という原則があります。先に挙げた花見酒・月見酒・雪見酒もそれぞの季節を表す季語です。そのほか、お酒にまつわる季語をいくつかご紹介しましょう。

春の季語(立春ごろ〜立夏の前日まで)

治聾酒(じろうしゅ)

春分に最も近い戊(つちのえ)の日に、土地の神に供えるお酒。この日に呑むお酒を「治聾酒」と呼び、耳の障害が治るという言い伝えがあったのだとか。「治聾酒」というお酒があるわけではないようです。

白酒

3月3日のひな祭りにお供えするお酒として耳馴染みのある「白酒」ですが、白酒の正体をご存じでしょうか。白酒とは、蒸した米をみりんなどで発酵させ、できたもろみをすりつぶしたお酒のことです。白濁して甘みがあり、アルコール分は9%前後だそうです。酒税法ではリキュール類に分類されています。

夏の季語(立夏ごろ〜立秋の前日まで)

甘酒/一夜酒

「初詣に行った神社で甘酒を振舞われた」という経験をされた方も多いかもしれません。現代では冬のイメージが強い甘酒ですが、実は夏の季語。かつては海水浴の際に甘酒がよく飲まれたとの文献もありました。

なお、季語の「甘酒」は、酒粕を湯で溶いた"酒粕甘酒"ではなく、おかゆに麹を混ぜて醸した"こうじ甘酒"のようです。一晩でつくれるので、「一夜酒(いちやざけ/ひとよざけ)」とも呼ばれたのだとか。

こうじ甘酒は、アミノ酸やブドウ糖などが含まれ栄養価が高いので、暑い夏を生き抜くための貴重な飲料だったのでしょう。江戸時代には天秤棒を担いだ甘酒売りがおり、低所得者にも入手できるよう、幕府が上限価格を設定していたとの資料もあります。

新酒火入れ/酒煮る

冬から春にかけて醸した日本酒は、まだ酵母が生きている状態。腐敗を防ぐために、5月ごろになると60度くらいの温度で、お酒を加熱していたそうです。

「酒を煮る 家の女房 ちよとほれた」(与謝蕪村)

少し動けば汗ばむ陽気の中、かまどに向かってお酒を煮ている女性の艶っぽさが伝わってくる句ですね。

蝮酒(まむしざけ)

蝮(まむし)は、冬眠から覚めた5月以降活動するため、夏の季語とされています。蝮酒は、焼酎に蝮を漬けて数年寝かせたものなので、夏に限らず一年中呑めるはずですが、「蝮」という言葉がつけば、夏の季語として扱われるようです。

冷やし酒/冷酒

江戸時代中期以降、日本酒といえば熱燗が主流でしたが、夏はさすがに暑いので燗につけずに呑むこともあったようです。燗につけない常温の酒が「冷やし酒」「冷酒」と呼ばれ、夏の季語となっていますが、現代の生活では冷蔵庫で冷やしたお酒を「冷酒」と呼ぶのが一般的ですね。

そのほか、夏の季語には「梅酒」「紫蘇酒」などがあるので、やはり爽快感のあるお酒が好まれたのでしょう。夏が過ぎて、燗につけるようになると「温め酒」という季語が使われる、秋の到来です。

秋の季語(立秋ごろ〜立冬の前日まで)

秋の季語は、実にバラエティ豊か。温め酒 ・葛湯・どぶろく(濁り酒)・月見酒・紅葉酒……まだまだあります。

菊酒/菊花の酒/菊の酒

9月9日、重陽の節句で、お酒に菊をひたして呑むのが「菊酒」です。

古代中国の陰陽思想では、奇数は「陽数」、偶数は「陰数」とされていました。9月9日は、最も大きな陽数が重なるため「重陽」と呼ばれ、不老長寿の言い伝えがある菊の花をお酒に入れてたしなむ「重陽の宴」が中国の宮中行事としておこなわれていました。重陽の宴が日本に伝わったのは飛鳥時代だそうですから、1300年以上もの歴史がある風習です。

猿酒(さるざけ)/猴酒(ましらざけ)

山中の洞や岩のくぼみに、猿がため込んだ実などが、自然発酵してお酒になったもの。ですが、そのようなお酒が実在して実際に飲用されていたのかどうかは定かでなく、秋の山深い雰囲気を出すための用語だったのかもしれません。「ましら」とは猿の別称です。

新酒/今年酒(ことしざけ)/早稲酒(わせざけ)

季語にまつわる資料では、その多くが「新酒とは、その年に収穫された米で醸したお酒。秋の季語」と解説されています。というのも、昔は秋にお米を収穫するとすぐに醸し、秋のうちに新酒が出回っていたからだそうです。

寒造りが盛んになった江戸時代後期以降、秋に出回る新酒はほぼなくなりましたが、それでも「新酒は秋の季語」とされているのは、新米の収穫を祝う意味も含まれているのだとか。「今年酒」「早稲酒」は新酒と同義です。

冬の季語(立冬ごろ〜立春の前日まで)

鰭酒(ひれざけ)

ふぐの生身の鰭(ヒレ)をあぶって、熱燗の上に注いだものが鰭酒。身体が温まるので、冬に好まれたそうです。

食材と熱燗をマッチングさせた季語はほかにもあります。たとえば「雉酒(きじざけ)」。焼いた雉をお酒に入れた雉酒は、平安時代から宮中で毎年元日に召しあがる伝統だそうで、冬の季語とされています。

庶民の味としては、すり下ろした生姜を入れた「生姜酒」、卵を入れた「卵酒」。いずれも冬の季語です。熱燗に思い思いの食材を加えて、体を温めつつ、香りと風味を楽しんでいたのですね。

松葉酒(まつばざけ)

松の葉を刻み、水と砂糖を混ぜ、太陽熱で発酵させたもの。松葉には、炭酸発酵する菌があり、砂糖を加えることで、さらに発酵が進むそうです。「酒」と名がつきながらお酒ではありませんが、昔は家庭で作られ、子どももお年寄りも飲める健康飲料だったようです。松葉に含まれる「テルペン類」という成分が、血流を良くする効果があるのだとか。

新年の季語(元日〜1月15日まで)

 屠蘇酒(とそしゅ)/屠蘇/屠蘇の酔い

屠蘇延命散(屠蘇散)と呼ばれる生薬を、みりん(赤酒)や日本酒にひたしたお酒のこと。屠蘇延命散には、

  • 山椒(さんしょう)
  • 防風(ぼうふう)
  • 肉桂(にっけい)
  • 白朮(びゃくじゅつ)
  • 桔梗(ききょう)

などが調合されています。これを赤い絹の三角形の袋に入れ、大晦日に桃の枝に吊るし、元日の朝、その袋をお銚子に入れ、みりんや日本酒を注ぐというのが古来の屠蘇酒の方法だそうです。

「とそ袋 釣しておくや 鉢の松」(小林一茶)

小林一茶の句では、桃の枝ではなく鉢植えの松に吊るしていたようです。

お酒にまつわる季語から伝わってくるものは

お酒にまつわる季語の、なんと多いこと!ここでご紹介した以外にもまだまだたくさんあります。詩歌の歴史は1200年と言われているそうですが、その長い歴史の中で、お酒は常に人々のそばにあり、季節の祭事や日々の暮らしを彩るものであったことがうかがえます。

季語に審査や基準はなく、俳句などで多く使われていくうちに定着していくもの。時代の移り変わりとともに季語も変化していきますが、自然を慈しみながらお酒を楽しむ日本人の想いは、これからも連綿と続いていくことでしょう。

(文/佐野伸恵)

《参考文献》

  • 日外アソシエーツ編集部編『逆引き季語辞典』1997年 / 日外アソシエーツ
  • 大後美保編『季語辞典』1998年 / 東京堂出版
  • 夏井いつき編『絶滅寸前季語辞典』2001年 / 東京堂出版
  • 榎本好宏『季語成り立ち辞典』2014年/平凡社
  • 辻桃子・安部元気『いちばんわかりやすい俳句歳時記-八千の季語、七千七百の例句がぎっしり!-増補版』2016年/主婦の友社

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