兵庫県伊丹市は、安定して大量に清酒を醸造する近代的な技術を確立したことから「清酒発祥の地」と呼ばれています。2012年、そんなお酒の町に建てられたのが、伊丹市立図書館「ことば蔵」。そのオープン5周年を記念した、オリジナルラベルの日本酒が10月に発売されました。

「ことば蔵」オリジナルラベルの日本酒

「ことば蔵」のあるエリアには、100年前は酒蔵が立ち並んでいたのだそう。そして「ことば蔵」の建つ場所には、かつて剣菱の酒蔵があったといいます。

剣菱が「稲寺屋」の屋号で創業したのは永正2年(1505年)。いつまで稼働していたのか定かではありませんが、500年以上の歴史が刻まれたこの場所は、図書館として新たに生まれ変わり、今も伊丹市民に愛され続けています。

伊丹市民から生まれたアイデア

2016年には、先進的な活動を行う図書館を表彰する「ライブラリーオブザイヤー」にも選ばれた

「ことば蔵」は、地域の人々と密着しながら画期的な取り組みを続けてきました。2016年には、先進的な活動を行う図書館を表彰する「ライブラリーオブザイヤー」にも選ばれています。

以前はアクセスが不便なところに立地していましたが、駅から近い場所に移転したことで、市民の集まりやすい環境が整いました。移転に際して新しく取り組んだのは「ことば蔵運営会議」。地域の住民が寄り合って、さまざまなイベントや個人・団体の活動を支援する企画です。毎月第一水曜日の夜、伊丹市だけでなく周辺地域からも参加者が集まって、図書館のスタッフとともにアイデアを練りながら「こんなことをしてみたい」という市民の要望を実現していくのです。

オリジナルラベルのお酒も、この「ことば蔵運営会議」で生まれたアイデアでした。

ラベルデザインを担当したのは職員の由本千香さん。もともとデザインの経験があったわけではないものの、館長が彼女のセンスを見て抜擢したのだそうです。

2種類のラベルは「1本の木」がモチーフ

オリジナルラベルの日本酒は、伊丹市にあるふたつの酒蔵「老松酒造」と「小西酒造」で販売されています。

「ことば蔵」オリジナルラベルのお酒をつくる老松酒造

老松酒造のラベルは、開いた本から1本の木が伸びているデザイン。誰もが行き来できる公園のような存在になってほしいという願いが込められているのだそう。中身は、老松酒造の特別本醸造酒「伊丹郷」です。(1,094円/税込・720ml)

小西酒造が造る「ことば蔵」オリジナルラベルのお酒

一方、小西酒造のラベルは、1本の木からたくさんの枝葉が広がり、そこにさまざまな人や物が集まっている様子。酒造り唄にも出てくる「目出た目出たの若松様 枝が栄えて葉も繁る」という一説が思い出されました。中身は、小西酒造の代表銘柄「超特選 白雪 純米酒 赤富士」です。(1,296円/税込・720ml)

「ことば蔵」館内の様子

どちらも素敵なラベルですが、販売にあたって大きな問題がありました。市立図書館という場所柄、せっかくの記念酒を館内で販売することができないのです。当然、館内での飲酒も御法度。

この記念酒が買えるのは「ことば蔵」からほど近い、老松酒造と小西酒造の直売店のみ。限られた場所での販売ですが、伊丹を訪れた際はぜひ探してみてください。

伊丹の酒造り文化を後世につないでいく

「ことば蔵運営会議」から生まれた日本酒の企画は、オリジナルラベルの記念酒だけではありません。10月5日には、伊丹に伝わる酒造り唄の復刻イベントが開催されたのです。

「ことば蔵運営会議」から生まれた伊丹に伝わる酒造り唄の復刻イベントの様子

灘流や丹波流の酒造り唄がアレンジを加えながら歌い継がれてきたのに対して、伊丹の酒造り唄はこの数十年間、ほとんど歌われることがありませんでした。そのことを残念に思った「丹波流酒造り唄保存会」の有志2人によって、今回のイベントが企画されました。

文献の研究を担当する図書館職員の協力によって、昭和初期まで小西酒造で実際に唄われていた酒造り唄の譜面が書庫から発見され、地元で尺八の師範として活動している井上裕似山先生がそのメロディーを呼び起こしました。

伊丹の酒造り唄は、元禄期の全盛時代に伊丹が一世を風靡したころの様子や、天下の銘酒を造っているという蔵人の意気込みが唄の中に吹き込まれているのが特徴です。

「やるぞ伊丹の今朝とる酛でお酒造りて江戸へ出す」

「江戸へ出す酒なにが良いお酒 酒は剣菱男山」

「伊丹三本松尾のない狐 わしも一度はだまされた」

このような歌詞は全国各地で唄い継がれてきた酒造り唄のなかにも存在し、伊丹で働いていた蔵人たちが高給で雇われて各地へ赴いていたことを裏付ける資料にもなっています。イベント当日は、100年前この地に蔵を構えていた剣菱の杜氏の末裔である藪田さんから話を聞けるということで、たいへん好評でした。

「ことば蔵」で館長を務める綾野さんは「市民のみなさんに図書館を活用していただき、さまざまな要望に応えていくことが図書館の一番の役割だ」と力を込めています。

伊丹市立図書館「ことば蔵」は、伊丹のお酒と文化が時を越え、今もなお息づいている場所でした。

(文/湊洋志)

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