日本酒の海外輸出は量・金額ともに増加傾向にあり、海外での日本酒人気が高まっています。その輸出を大きく牽引している国のひとつが中国。しかし、中国全土の14億人にアプローチするには、従来通りの卸売による販売方法では不十分です。

日本の約25倍の面積を持つ中国では、買い物はネットショッピングが主流。中国版Twitterとも言えるSNS「weibo」などでほしい商品を見つけると、すぐに公式サイトから購入することが多いのです。そこで、インターネットを通じて日本の商品を中国の消費者に販売する「越境EC事業」が注目されています。

そんななか、中国国内唯一の日本商品特化型越境ECのサービスを提供しているインアゴーラ株式会社は、日本酒の販売に注力しています。そしてこの度、岩手県の銘酒「南部美人」の取り扱いが決まりました。

インアゴーラ株式会社・中山雄介さんと南部美人・久慈浩介社長

インアゴーラ ヴァイスプレジデント・中山雄介さん(左)と南部美人 代表取締役社長・久慈浩介さん(右)

今回お話を伺うのは、早くから中国に日本酒を輸出してきた「南部美人」の久慈浩介社長と、インアゴーラのヴァイスプレジデントである中山雄介さん。日本酒の中国市場での勝算、そして今後乗り越えなければいけない課題とは。おふたりが考える中国市場についてお伝えします。

14億人を有する中国市場には、大きな可能性がある

― はじめに、越境ECで日本酒を重視する理由を教えてください。

中山雄介さん(以下、中山):中国のお客様は、日本の食の安全性をとてもリスペクトしているんです。観光でも食事に対する関心は非常に高いです。ですが、輸出規制の問題があって、まだまだ知られていない日本の食品はとても多い。弊社は食品のカテゴリーを広く扱うことで、これまで発展してきました。

インアゴーラ株式会社・中山雄介さん

そのなかで、日本酒を重視する理由は3つあります。

まず、日本酒のように国名を冠したユニークなお酒は世界中のどこを見ても見当たらないこと。日本酒を中国の人たちに理解してもらうことで、酒器や米も販売しやすくなります。

次に、健康面。日本酒の原料は米と麹と水ですから、中国の健康志向のニーズを満たしてくれます。

最後に、中国市場では日本酒の価格に対する固定観念がないため、ブランディングにより高付加価値訴求を行うことで、プレミアム市場の開拓もできることです。ほかの食品と比べて日本酒の賞味期限は長いことからも、輸出に適していると言えます。

― なぜ、インアゴーラさんに商品を卸すことにしたのでしょうか。

久慈浩介さん(以下、久慈):弊社では以前から中国に輸出しています。ヨーロッパよりも、まずは隣のアジアが主戦場だと思っていますから。

ただし、従来の卸売による販売方法では、どうしても中国全土の飲食店がメインターゲットになっていくんですね。中国は和食レストランも多く、レストランでの消費は今後も伸びるとは思いますが、人口が14億人もいる。全員が日常的にレストランで飲食をするわけではありません。

南部美人・久慈浩介社長

たとえば、ワインなら贈り物にしたり、ホームパーティーで飲んだり、家で一人飲みをしたりと、さまざまなシーンが考えられます。これと同じように、日本酒も中国の食卓で日常的に飲まれるようになってほしいんです。

そこで、今までのやり方に加えて、中国のSNSを用いたアプローチは面白そうだと思ったんです。インアゴーラでは、PR映像などをすべて制作してくれるのも驚きました。日本酒がワインと並ぶためには、そういうアプローチが大事だと思っています。

― それは、「日本酒の良さを知ってもらうことが大事」という意味でしょうか。

久慈:専門的に日本酒の良さを伝えようとしても伝わらない。並行複発酵の仕組みや、麹の酵素の働きなどを教えたりするよりも、「なんか日本酒かっこいいじゃん」と思わせたほうが早い気がするんです。

今はインターネット全盛期。その瞬間に心に響いて興味をもってくれれば、あとは自分自身で調べてくれるはず。ですから、酒蔵の歴史や伝統をちゃんと伝えつつも、中国のお客様の心に響くようなPR映像を制作してくれたことに感激しました。

― 中国で日本酒の魅力を伝えるために、どのような展開を考えていますか。

中山:中国ではSNSを活用し、スマートフォンなどで動画を観る人が多くいるので、PR映像はとても有効です。自社越境ECアプリ「豌豆公主(ワンドウ)」を活用したり、連動して中国のメッセンジャーアプリ「Wechat」内で公式アカウントを設けて、日々クーポンの配布やキャンペーンを行ってアプローチしています。

さらに、SNSで強い影響力をもっているインフルエンサーを起用して、ホームパーティーなどの楽しそうな様子を配信していくのも効果がありますね。

課題は、"伝え手"の不足

― 日本酒の輸出はヨーロッパよりもアジアが先とのことでしたが、その理由を教えてください。

久慈:ヨーロッパでは、ワイン文化がしっかりと根付いているんです。たとえば、ヨーロッパの和食レストランであっても、白身魚と合わせて飲むならほとんどの人が白ワインを選びます。これがアメリカであれば、ヨーロッパと比べてまだ歴史が浅いので、日本酒を勧めると飲んでくれる。

ヨーロッパとアメリカですら、このような違いがあり、それが日本酒の輸出量にも表れてきます。それだけヨーロッパでのワインの存在感は大きいんです。

南部美人

中国は、ワイン文化が十分に根付いている国だとは言えませんから、日本酒が入り込む余地はアメリカ以上に大きいと思います。今の中国において、富裕層を除いたミドル層は日本酒をあまり知りません。この層に日本酒の魅力を伝えることができれば、日本酒ファンになってくれるだろうと思っています。

― 中国では、どのようにワインが広がっていったのでしょうか。

久慈:日本も同じだと思いますが、やはり西洋文化に対する憧れでしょう。今でこそソムリエやバイヤーなど、ワインの魅力を中国で伝える人が増えましたが、当初はヴィンテージワインを飲んで、いきなり美味しいと感じていたわけではないと思うんです。ファッションと同じで、まず頭のなかで「かっこいい」と思っているから飲んでみるわけですね。

― 中国に日本酒を広げるためには、"伝え手"の不足が課題なんですね。

久慈:そこを、これから育てていく必要がある。アメリカだと日本酒の魅力を伝えているジョン・ゴントナーさんがいます。彼が20数年前から開講してきた「日本酒プロフェッショナルコース」の受講者たちが増え、今や彼の弟子たちはアメリカ全土に広がっている。

アメリカで日本酒が売れているのは、彼の影響力が大きいと思います。中国とヨーロッパには、まだジョン・ゴントナーさんのような日本酒の"伝え手"がいないんです。

キーワードは「生酒」と「ヴィーガン」

― 中国でワインとの競合が予想されますが、日本酒の勝算はどこにあるのでしょうか。

久慈:中国市場に限らず、世界に広げるうえで日本酒の魅力は2つあります。

ひとつは、日本酒の「フレッシュさ」。生酒は現在のワインにはないジャンルです。ただ、生酒は劣化のスピードが早いのがネックでもあります。

そこで、弊社では、生酒を搾った瞬間に冷凍して酒質を保つ「スーパーフローズン」という方法を考えました。これが実現すれば、どれだけ遠くへ輸送するとしても、味の面で距離は関係ありません。劣化がないので、中国でも生酒というジャンルでワインと戦えるわけです。

燗酒もワインにはない飲み方ですが、そもそもワイングラスで飲めませんし、酒器を変えても美味しい燗酒をつけられるレストランでしか飲めません。燗酒は日本酒への理解が浸透してからの武器だと思います。

南部美人・久慈浩介社長

もうひとつは、「ヴィーガン(菜食主義者)」の方でも飲めるお酒であること。今年「南部美人」は、日本酒で初となるヴィーガン認証を取得しました。ラベルに世界基準の認証マークが入っているので、ヴィーガンの方でも安心して飲むことができます。

日本には年間3,000万人ほどの外国人旅行者が訪れていますが、そのうちの5%となる約150万人がヴィーガンだと言われています。これは疎かにしていい数字ではありません。

日本酒は、一部の例外を除けば、造り方を変えなくてもヴィーガン認証を取得することができます。ワインは澱下げのために動物性のゼラチンを使う必要があるのですが、それだとヴィーガン認定の取得は難しい。日本酒は「ヴィーガンのお酒」として、世界にアピールできるんです。

インアゴーラ株式会社・中山雄介さんと南部美人・久慈浩介社長

中山:EC利用者数が5億人を超える中国では、ラベルに載せきれない日本酒の情報をサイト上で伝えることができる。日本酒の背景にあるストーリーなどを伝えることで、効果的なマーケティングになります。

また現在、中国の裕福な層は沿岸部に多いのですが、内陸でも所得が上がってきています。生活にゆとりが出てくれば、嗜好品の消費が上がるので、チャンスはさらに広がると考えています。

国内市場を大事にしてこその海外市場

― 日本酒の値段を一から設定できることも、中国市場の魅力でしょうか。

久慈:近年、日本酒が安すぎるとよく言われますが、日本で値段を上げるのはなかなか難しい。しかし、中国に限らず海外ではゼロベースから話をすることができます。それなら、最初から高めの値段設定で勝負した方がいいと思うんです。どの酒蔵でも、ワインで言う「シャトーマルゴー」や「シャトーラフィット」などの最上クラスになれるチャンスがあるんです。

海外に大きなマーケットがあるわけですから、そこにも目を向けないといけません。そのためには、国を挙げて日本酒を輸出していく形をつくる必要があります。フランスのワインとシャンパンがあれだけ大きな利益を上げているので、十分に国策となり得るでしょう。

― すべての酒蔵が海外に進出するべきなのでしょうか。

久慈:忘れてはいけないのは、海外輸出は日本市場を大事にしてこそ成り立つということ。日本でしっかりお酒を売って、足場を固めているからこそ、海外にも進出していけるんです。

「うちは潰れるかもしれないから海外でひと勝負!」という考えは、無理があるのではないでしょうか。日本酒の聖地は日本。だから、世界中で日本酒が飲まれるようになったとしても、日本にいる日本酒好きの人たちが最も尊い存在なんです。この思いは、ずっと変わりません。

(文/乃木章)

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