海外での日本酒人気が高まってきています。2017年、日本酒の輸出金額は186億円(前年比16.6%)、輸出量は2万3千キロリットル(前年比15.9%)を記録しました。これは、8年連続の増加です。

日本酒の輸出を大きく牽引している地域のひとつが、香港。人口700万人という小さなエリアにもかかわらず、日本酒の輸出金額は世界第2位です。

<表1> 国税庁「酒のしおり」をもとにSAKETIMES編集部が作成

香港がこれほどの大きな存在感を示している理由はどこにあるのでしょうか。データを分析し、現地の日本酒市場の第一線で活躍している方々へインタビューをするなかで、香港の日本酒マーケットの特徴や、その背景がみえてきました。

データから見る香港市場

<表1>をみると、輸出金額における香港の順位が第2位であるのに対して、輸出量は第5位と、順位に大きな開きがあります。1リットルあたりの輸出金額を算出してみると、香港は1,549円。この数字は、他の地域を大きく引き離しています。これらのデータから、香港には、高級な日本酒が多く輸出されていることが読み取れるでしょう。

<グラフ1> 国税庁「酒のしおり」をもとにSAKETIMES編集部が作成

次に注目するのは、輸出量。<グラフ2>からわかるように、香港は、1人あたりの輸出量が突出して多いのです。輸出量はそれほど多くありませんが、個人単位では、"もっとも日本酒を飲んでいる国"と言えそうです。

<グラフ2> 国税庁「酒のしおり」をもとにSAKETIMES編集部が作成

香港の日本酒市場におけるもうひとつの特徴が、在留邦人数の比較から見えてきます。

海外の日本酒マーケットは、現地に住んでいる日本人コミュニティーが中心になっているといわれていますが、香港の在留邦人数は、他国と比較しても決して多いとはいえません。在留邦人数があまり多くなく、かつ個人単位の輸出量が多いということから、香港で日本酒を飲んでいるのは、地元の人々がほとんどだといえるでしょう。

香港で形成される、プレミアムな日本酒マーケット

"香港では、現地の人々が高価格帯の日本酒をたくさん飲んでいる"ということが、データからみえてきました。他国と異なるこの特徴は、どのように形成されてきたのでしょうか。

現地で、高級酒を中心とした卸業と販売業を営む「LIQUID GOLD (リキッド・ゴールド)」でディレクターを務めるマイク・ユウさんに話を伺いました。

「LIQUID GOLDをオープンしてから10年になりますが、もともとは中所得者層に向けたお酒を扱っていました。しかし、香港の人の性格を考慮して、店のコンセプトや顧客のターゲットを、"プレミアム"に変えたのです。

香港の人には、"お酒を毎日飲む"という習慣がありません。日本のような晩酌の文化はなく、週に1,2回程度しか、お酒を飲まないのです。そのため、限られた飲酒の機会では、"質"を大事にします。だからこそ、高価で高品質なお酒や、なかなか手に入らない限定酒など、プレミアムなものが人気です。さらに、香港の人は好奇心が旺盛で、新しいものを求める傾向にあるため、季節限定のお酒やユニークな商品も需要が高いですね」

香港では、お酒の持ち込みを許可している飲食店も多く、接待用に購入していくお客さんも多いのだそう。4人以上で飲む場合は、一升瓶を購入することも多いのだとか。

2008年から、アルコール度数30%以下のお酒に対する酒税が撤廃され、日本酒の参入障壁が低くなったことも、香港への輸出量が増えた理由のひとつ。日本からの距離が近く、輸出にかかる時間や輸送費、営業コストが低いことも大きな要因になっています。

もともとイギリス統治下だった影響でワインを嗜む人が多く、海外のお酒に対する抵抗が少ない香港。さらに、日本と同様に米を主食とする中華圏では、米を原料とする酒が受け入れられやすい環境にあったのでしょう。

最良な日本酒マーケットに思える香港ですが、マイクさんは、ある程度の限界を感じているのだとか。

「人口が少ないなかで高齢化が進行し、さらに、健康志向の高まりによって、飲酒そのものを抑える人が増えてきています。そのため、日本からの輸出には限界があるかもしれません。今後は、これまでよりもさらに、"質"がポイントになるでしょう。LIQUID GOLDでは、香港マーケットで得たノウハウを生かして、中国をはじめとしたアジアへの展開を考えています」

事実、2017年の香港への輸出金額は前年比で6%増加していますが、輸出量をみると4%減少しています。さらに高価格帯の市場をターゲットとするだけでなく、他のアジア圏へ進出するなど、新たなマーケティングが必要なタイミングなのかもしれません。

香港で求められている、日本酒の情報

香港の人々は、純米酒や大吟醸酒をはじめとする特定名称の違いを理解し、好みの酒をひとりで選ぶことができるほど、日本酒へに対する造詣の深い人が多いのだそう。

日本酒専門の月刊誌『UMAI』を発行している日本酒振興会で、副編集長を務めるトニー・リーさんに話を聞きました。

「香港には、日本のものに好意や憧れを抱いている人が多く、インターネットや『dancyu』『UMAI』などの雑誌から、日本に関する情報を収集しています。娯楽の少ない香港では、"食"がひとつのエンターテイメントになっているので、ペアリングを意識しながら、美味しい食事とお酒を楽しむ人が多いですね」

『UMAI』では、日本酒に関する最新ニュースから、専門用語の解説や飲食店の紹介、和食のレシピなど、幅広い情報を発信しています。日本酒の情報が、現地で強く求められているようです。

また、日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)が認定する日本酒関連の資格(唎酒師、国際唎酒師、日本酒学講師、酒匠など)を保有している人の割合についても、約2万人に1人という、他国に比べて高い数字が出ています。現地の日本料理店や日本酒イベントに行けば、必ずといっていいほど、資格保有者に出会うことができます。

<表2> SSIのデータをもとにSAKETIMES編集部が作成

日本酒をテーマにしたイベントやセミナーも各所で頻繁に開催され、予約受付を開始すると、すぐに満席になってしまうのだとか。さらに2017年には、香港の3人に1人が日本を訪れたというデータもあり、日本を身近に感じている香港の人々は、私たちが想像する以上に多いようです。

日本酒を世界に広める最初のステップ

日本酒輸出協会の会長・松崎晴雄さんは、香港の日本酒マーケットについて次のように語っています。

「香港は、地理的にも歴史的にも日本と馴染みの深い地域で、さまざまな銘柄が輸出されている"成熟した日本酒マーケット"と言えます。嗜好が吟醸酒に寄っている傾向はあるものの、現地のグルメな人々が、和食以外の食事とのマッチングを広めていくことで市場が成長し、純米酒をはじめ、さらに多様な日本酒が受け入れられるようになるでしょう」

日本酒輸出協会の会長 松崎晴雄さん

本記事では、さまざまな観点から香港のマーケットを考えてきました。人口の少ない小さなエリアですが、より良いものを求める嗜好性の高さや、日本との距離的・心理的な近さから、日本酒を海外に展開する際の足掛かりとして考えている酒蔵も少なくありません。

輸出量の上げ止まりを危惧する意見もありますが、国内でまだ広く知られていない日本酒の魅力を伝えていくことで、新たな市場が見出される可能性は充分にあります。香港市場に挑戦することは、アジア諸国はもちろん、世界中に日本酒を広めていくにあたっての大きなステップになりそうです。

(取材・文/古川理恵)

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