北京ダックや飲茶・ワンタン・フカヒレスープなどの中華料理はもちろん、イタリアンやフレンチ・和食などの幅広い料理が楽しめる香港。美食家が多いと言われているこの香港で今、日本酒が注目されているのです。

香港の人たちは、どのように日本酒を楽しんでいるのでしょうか。実際に現地を訪れ、地元の飲食店や販売店を取材してきました。

世界各国の食材が集まる香港で、日本酒の人気が高まっている

"100万ドルの夜景"で知られる香港。成田空港から飛行機で約5時間と日本からの距離は近く、時差もたったの1時間。日本からの観光旅行先としても人気です。

香港を空から眺めると、その中心地には高層ビルが何棟も立ち並ぶのが見える

貿易船が停泊しやすい天然の良港を持ち、中国という巨大な市場と隣接した香港は、1898年からのイギリス統治のもとで貿易を中心に経済を発展させてきました。1997年の中国返還を経た今も、世界三大港のひとつと称される香港にはヨーロッパやオーストラリア・アジアなどから世界各国の多彩な食材が集まってきます。

4,5年前から日本酒の人気が急上昇している香港は、2016年の日本酒輸出金額がアメリカに次いで第2位。日本酒に力を入れた飲食店も数多くオープンし、「UMAMI」という日本酒専門雑誌まで発行されています。

マイ酒器を持参して角打ちを楽しむ人も!

香港の中心地・中環(セントラル)にある、日本酒の角打ちを行っているワインショップ「Pillariwine」を訪れました。

ビルの2階にひっそりと佇む、木目調のおしゃれな店内。ワインがずらりと並ぶ店の奥半分は日本酒用のスペースになっています。灯りに照らされて美しくディスプレイされた酒瓶に囲まれて、お客さんたちが角打ちを楽しんでいました。

落ち着いた照明と木目調の店内はおしゃれで、棚にならぶ日本酒はどれもお洒落で美味しそうに見えてくるう

もともとワイン専門店だったという「Pillariwine」のオーナーは日本人。お客さんから「日本人なのになぜ日本酒を扱わないのか」と言われていた頃に、きき酒師である小川真理子さんと出会い、日本酒の販売を開始したのだとか。

「香港はイギリスに統治されていた時代の影響で、ヨーロッパで盛んなワインが昔から好んで飲まれていました。日本酒は、ワインと同じ醸造酒であり食中酒。香港では、"ワインと同じ海外のお酒"と認識されているので、自然に受け入れられています」

そう語る小川さんは、素敵な笑顔と親しみあふれる言葉遣いで初対面のお客さん同士を繋ぎ、さまざまな日本酒の試飲を勧めながら店内を盛り上げていました。

利き酒師の小川さんは、夫の仕事の都合で香港に渡ったとのこと。その後、日本酒に興味を持ち、利き酒師の資格を取得したのだとか。

角打ちは毎週木曜・土曜に行われているそうで、「Pillariwine」がきっかけで日本酒を好きになったという方や、醸造年度による味わいの違いを語れるほどに深い知識を持っている方など、日本酒に関心のあるさまざまな人が訪れます。

なかには、"マイ酒器"を持参しているお客さんもいました。香港の人が日本の作家による酒器を日常的に使っていることに驚かされます。お気に入りの酒器で飲む日本酒は格別なようで、自宅にある酒器の写真を誇らしげに見せてくれました。

Pillariwineでは角打ちで日本の作家た作った陶器をはじめとした伝統的な器で酒を提供している。お客さんの中には、常にマイ酒器を携帯し、外出先でもその酒器で日本酒を楽しんでいるのだとか。マイ酒器を入れる巾着袋もそれぞれで、とても可愛らしかった。

英語・広東語・日本語の3言語が飛び交う角打ちスペース。美味しい日本酒は言語や人種を超え、初めて会った人同士を繋ぐ素敵なツールでもあることを実感しました。

日本と連動する香港の日本酒人気

続いて、21年前にオープンした日本食材に特化しているスーパー「city'super」へ。香港の4店舗以外にも、台湾に7店舗、上海に4店舗を構えています。訪れた日は週末、多くのお客さんでにぎわっていました。

香港西武出身者が興したスーパー。創業者は香港市場に可能性を感じ、西武デパート撤退後も香港に残り起業したのだそう。

"香港の渋谷"といわれる繁華街・タイムズスクエアにある「city'super」で、酒売り場の責任者を務めるジャックさんに話をうかがいました。

「香港での日本酒人気は、日本国内のそれと連動しています。日本で話題になったお酒は、そのまま香港でも人気になるのです。たとえば、8月には『city'super』全店で全国新酒鑑評会の金賞酒を大々的に取り扱いました。すると、1ヶ月も経たずにほぼ完売してしまったんです」

city'superタイムズスクエア店のお酒売り場で10年以上店長として勤務しているジャックさん。英語で、どのような酒がこの店舗で人気かを語ってくれた。

日本のメディアで紹介されたお酒を選ぶだけでなく、原料米や酵母などの知識をみずから学んで好みのお酒を購入する人も多いという香港。日本へ旅行した際に、自分でレンタカーを手配して地方の酒蔵見学をする人もいるようです。冬には新酒、秋にはひやおろし......日本の季節に合わせたお酒を選ぶことも。

勉強熱心なお客さんに対応するため「city'super」では、蔵元を交えて販売員向けに定期的な日本酒勉強会を開催しているのだそう。海の向こうの香港でも、日本酒が深く学ばれているんですね。

ビジネス街にあるIFCモール店には、日本酒は35酒類、焼酎8酒類が並ぶ。

食材の垣根を越えた、新しい提案を

香港では、飲食店への持ち込み用に日本酒を購入する人も多いのだそう。友人や知人との会食で飲むためだけでなく、贈り物や日常酒などさまざまな用途でお酒を購入していく香港の人々。主に富裕層が中心だそうですが、「『city'super』では日本酒をさらに広めていくため、企業理念に則ったアプローチをしている」と、お酒の仕入れを担当しているマネージャー・塩澤直人さんは話します。

「私たちの理念は"Foodie Wonderland"。お酒や食にまつわる"体験"をお客様に提供しています。たとえば、この日本酒テイスティングコーナー。隔週で銘柄を変え、さまざまな味を体験できるようにしています。脇にミニテーブルを設け、店内で購入した食べ物といっしょに楽しむことができるようにしているんです」

塩澤さんはcity'superに入社して16年目。2007年から香港にて生鮮食品担当後、3年前から現在の酒類担当となった

「どんな料理と合わせるのがいいか」といった質問もお客さんからよく受けるのだそう。

「香港の人たちは日本酒を楽しむときにペアリングを重視することが多いです。そのため、専門バイヤーとチームを組んで研究を行い、食材売り場で牡蠣に合う日本酒を販売したり、チーズとのペアリングを提案したり、食材の垣根を越えた販売企画を立てています。世界中の良い食材が集まってくる香港だからこそ、それらを組み合わせることで日本酒の新たな"体験"を提案できると考えているんです」と、塩澤さんは話してくれました。

牡蠣売り場や魚売り場など、スーパーの食材売り場に当然のように日本酒も一緒に販売されている。

他にも、お酒の販売コーナーを店舗の中心に配置し、お客さんが食材を購入する流れで自然とお酒に意識が向くような構造にしている店舗もあるのだそう。日本国内では見かけないような工夫がいたるところに見られる「city'super」。まさに、"Foodie Wonderland"でした。

日本酒をただ"飲む"だけではなく、"楽しむ"

日本の伝統的な酒器を使ってお酒を飲んでいたり、食材の垣根を越えた日本酒の新しい体験を提案していたり......香港では、日本酒をただ"飲む"だけではなく、より一層"楽しむ"ために、自然な付加価値をつけて日常に取り込んでいるようでした。

その工夫は、日本酒の本場である日本でもぜひ取り入れたいと思うものばかり。日本酒が海外でどのように楽しまれているかを知ることは、私たちがさらに美味しくお酒を飲み、さらには日本酒の魅力を国内外に広げていくためにも必要なことだと思いました。

(取材・文/古川理恵)

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