日本酒がヨーロッパでなかなか広まらないのは、現地の人々を感動させるようなアプローチがまだ充分ではないからかもしれません。
そんななか、若いヨーロッパ人ならではの感性で日本酒の普及に新しい風を吹き込もうとしているのが、セバスチャン・マッツォーラとスージー・ヴィリャリコ。バルセロナを本拠地に「Cooking In Motion」のユニット名で活動する、シェフとソムリエの2人組です。
バルセロナで出会い日本酒に惹かれたシェフとソムリエ
シェフのセバスチャン(写真右)はアルゼンチン生まれ。伝説のミシュラン三ツ星レストランと言われる「エル・ブジ」に勤めるため、10年前にスペインに移住しました。「エル・ブジ」が2011年に解散した後、その確かな腕と創造性を買われて「エル・ブジ」の料理をタパス(小皿料理)として出す期間限定のカクテルバー「41°」の責任者になります。以降、系列レストランの「Pakta」「Ticket」の新規メニュー開発を担ってきました。
一方、接客と日本酒を担当する、酒ソムリエのスージー(写真左)はデンマーク第2の都市・オーフスの出身。デンマークで接客の実務経験を積んでいた当時、ボスにバルセロナ行きを勧められ、もともとスペインに興味があったスージーは二つ返事でOKを出しました。そして「41°」でセバスチャンと出会ったのです。
彼が立ち上げに関わった「Pakta」は、"Nikkei Cuisine"(日系料理)を核とするモダンスパニッシュのフュージョン料理を出すお店。"Nikkei Cuisine"は、100年前からペルーの日系移民が現地の素材と日本ならではの味噌・みりん・しょうゆなどの調味料を使い、日本の調理技術を使って発展させてきたもの。
「この料理のルーツは日本にある。それだったら、ワインでなく日本の酒を合わせたらどうだろう」
そんな発想から、スペイン国内で初めて酒蔵を立ち上げ「絹の雫」という銘柄を造ってきたアントニ・カンピンズさんを招いて、日本酒の勉強会を行ったことがふたりの日本酒との出会いでした。
「酸味の強いものやスパイシーなものを受け止める度量があることに驚きました。日本酒にはタンニンがなく旨味も強いため、食材が持つ旨味に合わせてバランスがとれるという点では、ワインよりも適応性が高いと思います」とスージーは言います。
これをきっかけに日本酒の勉強を始めたふたりは2013年12月に独立し、料理×日本酒ユニット「Cooking In Motion」を立ち上げました。以降、日本酒と料理のマリアージュに関するイベントを、ロンドン・モスクワ・リマ・ドバイなどの各国で何度も開催しています。
本拠地・バルセロナで日本酒×料理イベントを開催!
彼らの本拠地・バルセロナでのイベントに参加してみました。「料理と日本酒を心から楽しみたい人にだけ参加してほしい」という思いから、開催場所はイベントに参加する意思をもつ人だけに、開催72時間前になって初めて知らされます。
午後9時。バルセロナの再開発地区・ポブレノウ。「本当にここでいいのだろうか」と疑ってしまうような何の変哲もない住宅街の片隅で待っていると、着飾った男女が集まってきました。
ほぼ定刻にスージーが現れました。打放しコンクリートの倉庫を抜け、貨物用のエレベーターを降りると、彼らの拠点であるクッキングアトリエ「La Nave de Sake/Sake Warehouse」の入り口が見えます。まさに、"倉庫の中にある秘密基地"です。
扉を開けると、センスの酔いモダンなレイアウトに一枚板の大きなテーブル。ここに参加者11人が座り、今夜限りの時間を共有します。ウェルカムドリンクは、和歌山県・平和酒造のゆず酒「鶴梅 ゆず」です。
この日は千葉県・寺田本家24代目当主の寺田優さん(写真左)をゲストに迎えての開催でした。
寺田本家は、全量生酛造りかつ酵母無添加という"自然造り"を徹底しているユニークな酒蔵。「無農薬・有機栽培・無添加にこだわって造る低精米の自然酒は、有機ワインが人気という時流もあって、ヨーロッパのワイン好きに受け入れられやすいんです」というスージーとセバスチャンの信念から、今回のコラボが生まれたそうです。
提供されるお酒のひとつひとつについて、寺田さんが造り手の思いを伝えます。みなさん、興味津々。
こだわりの日本酒とこだわりの料理がマリアージュ
こちらが本日のラインアップ。まずはじめは、生酛造りのスパークリング玄米生酒。「五人娘自然酒 発芽玄米酒 むすひ」です。
完全無農薬の発芽玄米を精米せずに使い、かつ木桶で仕込んだ一品。一口含むと、強い炭酸に加えて米酢やレモン、柑橘などを思わせる複雑な酸味と、米由来の豊かなシリアルの風味が感じられます。日本酒とは思えない個性的な味わいながらも深みがあり、さまざまな料理の味を受け止める度量がありそうです。
これに合わせるのは、青のりとイクラをまぶしたアボカドと米のクラッカー。アボガドのまろやかな油分と、青のりから立ち上がる磯の香り、そしてイクラの塩味が「むすひ」の個性を引き立てます。
こちらは、タコ焼きの小ダコとゆずマヨネーズ添え。南米風のスパイスの香りを漂わせたソースが、「むすひ」の雑味とも思えるような味わいをきっちりカバーしています。
続いては「五人娘 懐古酒」。無農薬米を原料にして昔ながらの手法で造られた純米酒を約10年以上熟成。豊かな香りをもつ古酒をぬる燗でいただきます。
酒器のセンスも抜群ですね。
スージーみずからがお酌をしていきます。こんな酒器でお酒を飲むこと自体がスペインの方々にとって新鮮な様子でした。
「懐古酒」の燗酒には、シイタケと夏トリュフの茶碗蒸しを。トリュフのもつ土の香りとシイタケの濃い出汁が、優しい味の茶碗蒸しに絡まり、口の中でとろけます。シイタケのような香りや、まろやかなカラメル様の濃厚な甘み、旨味をもつ「懐古酒」が寄り添っていきます。
続いて「菩提もと仕込 醍醐のしずく」です。こちらは精米歩合90~93%というかなりマニアックな銘柄。
スペイン産牛のテンダーロインのたたきに特製ポン酢とゆず胡椒を添えていただきます。料理と日本酒、それぞれがもつ香味の成分を因数分解し再構成して提供するスージーとセバスチャンの手腕に唸らされました。
「寺田本家 木桶仕込」は、精米歩合80%の純米酒です。麹と木桶の香りが入り混じった上立ち香に、ごつごつした旨味と酸味。複雑な味わいが迫ってくる、力のあるお酒でした。
こちらは、梅干ソースで和えた鴨の燻製とスモーキーな香りをまとった十割そば。スモーキーな香りと梅干の酸味、そばのシリアル感に、強くてごつごつとした日本酒が対話を挑んでいきます。
無濾過の「純米90 香取」は、マスタード照り焼きソースがかかったポークリブとともに。里芋ピュレ、チンゲン菜、和梨にオレンジの花からつくったソースを添えたものです。
このマリアージュも「純米90 香取」から感じられる香りと味の要素をすべて取り出し、そこから生まれた料理なのだとすぐにわかりました。
「花啓く(はなひらく)」は、甘口に仕上げた生酛純米酒をゆっくりと蔵の中で寝かせたお酒。甘みと生酛由来のヨーグルトの香りがあり、そこに強い旨味と酸味が口の中で開いていきます。余韻を残す、ふくよかでコクのある味わいです。
フォアグラの握り寿司を合わせるのはさすがでしょう。熟成香のなかにあるわずかなスパイシーさを、セバスチャンは見逃しません。山椒を添えることでマリアージュを完成させました。
ようやくデザートの登場。夜の9時から始まった宴は、もうすでに12時をまわっています。
デザート酒は、和歌山県・平和酒造の「鶴梅 すっぱい」。酸味の強い梅酒は、欧米人の好きな味です。
最後は、抹茶スポンジケーキを崩したものにヨーグルト、ゆず茶、ラズベリー、ブルーベリーを添えたもの。酔った後の〆にふさわしい一品でした。
「世界中の人々に日本酒を楽しんでもらいたい」
「『独創的な新しい料理を積極的に試してみたい、そのために価格が高くなってしまってもかまわない』という人々は世界中のどこにでも確実に存在します。現状、日本酒は一部の日本食レストランのみで消費されていますが、世界中のより多くの人たちに愛されてほしいですね。非日常的な空間でラグジュアリーな食材と合わせて日本酒を提供するフォーマルなイベントは、閉鎖的になりがち。ヨーロッパで普通に暮らす人たちにも受け入れてもらえるように、地中海料理や日系料理とのマリアージュを提案したいんです」と、彼らは熱く語ってくれました。
「10年後は東京に拠点を持って、日本酒の自分たちらしい新しい楽しみ方を提案していけたらいいな」と、目をキラキラさせて語ってくれたセバスチャンとスージー。その熱意が世界中に伝わり、新しい日本酒文化が生まれることを心から願っています。
年に1回は日本でもポップアップイベントをしたいと話していました。彼らの斬新なマリアージュを楽しめる機会が、これからも増えていくといいですね。
(文/山口吾往子)