ロンドンやパリなど、ヨーロッパの都市部を中心に日本酒の人気が高まりつつあるなか、首都ウィーンを含むオーストリアでの人気は、残念ながらまだまだこれからです。

オーストリアには、しぼりたての新酒の白ワインを蔵元直営のレストラン「ホイリゲ」で、地元の料理といっしょに楽しむ文化が根付いています。日本酒の楽しみ方と似ていますが、現地ではワインの方が安価で入手しやすいため、日本酒への関心がなかなか広まらないというのが現状のようです。

しかし実は、ウィーンは日本政府の公認で日本酒が輸出された初めての土地。明治5(1872)年にウィーンで開催された「オーストリア万国博覧会」への出品が、ヨーロッパに向けた初めての政府公認の日本酒輸出と言われています。ウィーンと日本酒には、意外な縁があるのですね。

それから約140年。2016年頃から、ウィーンで営業する日本食材店「Nippon-ya 日本屋」を中心に、日本酒の本格的な普及に向けた動きが始まっています。その様子を取材してきました。

ウィーンの日本酒コミュニティーの中心「Nippon-ya 日本屋」

「Nippon-ya 日本屋」社長の近藤愛弓さん

先代がこの地で「Nippon-ya 日本屋」を創業したのは1974年。これまで「日本の『ほんもの』を、文化も含めてオーストリアに届けたい」という思いで日本の食材を提供し続けてきました。その熱意が地元の人々に伝わったのでしょう。日本屋は現地に住む日本人だけでなく、ウィーンの人々にも深く愛される存在になっています。

「Nippon-ya 日本屋」唎酒師の岩田友里さん

2011年からウィーンで声楽家として活動していた岩田友里さんは、日本へ一時帰国した際、「鳳凰美田」(栃木)と「寒紅梅」(三重)に出会い、日本酒の美味しさに目覚めました。その後、日本酒普及の道へ転身。日本へ帰国するたびに酒蔵を訪れるなど、勉強を重ね、唎酒師の資格を取得しました。

そして2015年。ウィーンで日本酒輸入業の起業を考えているときに、日本屋の近藤愛弓さんと出会い、日本酒事業を任されるようになります。2016年にはオーストリアワインのソムリエ資格を取得。以降、ワインアカデミーやソムリエ協会、ジャーナリストへ日本酒を啓蒙すべく活動してきました。

岩田さんの目利きで選ばれた日本酒を店頭で試飲し購入するオーストリア人のお客さんは着実に増えているのだそう。

日本屋は、2016年6月にウィーン日本大使公邸で行われた催しにも協力しています。「伯楽星 特別純米」をはじめとした11種類の日本酒と、公邸料理人が手掛ける料理とのペアリング体験に、ウィーンのグルメ専門記者やソムリエ、レストラン関係者らが舌鼓を打ちました。食中酒として飲む日本酒の可能性に注目が集まっていきます。

さらに2017年4月には、各国の大使を公邸に招いて開催された、ウィーン国連本部と日本政府代表部が主催するイベントにも協力。また、2019年は日本・オーストリア友好150周年だそうで、これを記念したイベントも企画中しているそうです。

日本屋が直接輸入しているのは、10~15蔵からの計15~20銘柄。夏酒やひやおろしなどの季節限定酒などを含めると30~40銘柄が揃います。特に「伯楽星」「作」「雨後の月」「文佳人」「勝山」「大治郎」「七本鎗」などが人気だそう。値段が手頃な「伯楽星」や「作」は売れ行きが良いようですね。

「本醸造酒も揃えていますが、ヨーロッパでは無農薬ワインを楽しむ文化があるので、アルコール添加のない純米酒の方が説明しやすいですね」と岩田さん。

価格は、四合瓶で30~60ユーロ(約4,000円~7,900円)。ヨーロッパでは、食品に10%、アルコール(日本酒)に20%の消費税がかかるので、やや高い値段設定になっています。

「生酒は品質の良い状態でお届けしたいですね」と、店頭での管理にも気を配っていました。

気軽に購入できる、300mlのボトルも人気があるのだとか。こちらは11~18ユーロ(約1,450~2,400円)ほどでした。

現地で日本酒を提供する飲食店の声

日本酒が現地でどのように受け入れられているのか、日本屋の取引先である、3軒のレストランにお話をうかがってみましょう。

日本食レストラン「SHIKI」

ウィーンでもっとも高級な日本食レストランのひとつ「SHIKI」。オペラ歌手や高名な政治家など来られるのだそう。こちらでは、奈良の「春鹿」を取り扱っています。

「SHIKI」のスタッフと「春鹿」

ラインアップは「春鹿 純米超辛口」「春鹿 純米大吟醸」など、冷やして飲むための3種類と、熱燗用の普通酒。現状は白ワインの注文の方が多いようですが、今後、日本酒を飲んでもらうための取り組みを進めていく可能性は高いのだとか。

音楽家としても活躍中のオーナー・服部譲二さん

寿司屋「通天閣 TSUTENKAKU」

続いて、台湾人が経営する寿司屋「通天閣 TSUTENKAKU」。台北出身のオーナー、エディー・ヤンさんはカリフォルニアで寿司の修業をした後、ウィーン在住の大叔母からお店を引き継ぎました。そのときに、父方の祖父母が大阪に住んでいたこともあって、名前を「通天閣」と改名。"寿司レストラン"として再出発したのです。

5年前から年に2回は日本を訪れ、さまざまな日本酒を飲み歩くというエディーさん。

「日本屋の品ぞろえには安心感がありますね。日本酒に目覚める5年前までは、お客さんにオーストリア産の白ワインを勧めていましたが、お寿司に合わせるなら、香りと酸味が特徴的な白ワインよりも日本酒の方が良いと確信しています。

客層の2割が日本人で、残りは地元のオーストリア人や口コミを聞いて来てくれる日本人以外の旅行者です。日本酒を初めて飲む方には、淡麗な純米酒をおすすめすることが多いですね。何度か来店されて、日本酒に慣れてきたお客さまには他の銘柄も少しずつ飲んでいただいています」と話していました。

お店では、劣化したお酒の提供を避けるため、一度開栓した日本酒は3日経ったら提供しないと決めているのだそう。

この日は「雨後の月 山田錦 特別純米」や「獺祭 磨き三割九分」などをいただきました。

日本食レストラン「小次郎3」

日本食レストラン「小次郎3」の鶴ケ崎さん

「うちはカジュアルレストランなので、値段の高い日本酒は扱えません。『雨後の月』が一番の売れ筋で、夏には日本酒カクテルのサムライロックがよく出ますね」とのことでした。

ウィーンで人気の日本酒マリアージュを体験

日本食レストラン「小次郎3」で、オーストリア人の酒ジャーナリスト、エルハルト・ルートナーさんとともに、岩田さんおすすめの日本酒マリアージュを体験しました。

まずは、金紋秋田酒造の「X3 三倍麹仕込み純米酒」をオンザロックで、さらに生のローズマリーを浮かべて飲むという斬新な飲み方の提案から。濃厚な甘口の熟成酒で、お肉のようにも感じられる、醤油や味噌のような麹の香りや旨味をローズマリーが爽やかにカバーしていました。

「この熟成酒には、オーストリア人が食べ物や調味料の旨味として捉えているような味わいがあるので、そのまま飲むのは少し苦手な人が多いかもしれないですね。しかし、氷で冷やしてローズマリーの香りを移すことで、爽やかに飲むことができます」と、ルートナーさん。

続いて「勝山 鴒 LEI 純米吟醸 サファイアラベル」と、トリュフ入り熟成ブリーチーズとのマリアージュです。口に含むと、しっかりとしたボディーのなかに甘みがあり、チーズの濃厚さとトリュフのコクをしっかり受け止めてくれます。アプリコットのような甘みと上品な香りも絶妙にマッチしていました。

「日本酒とチーズのマリアージュは研究しがいがありますね。日本酒にはタンニンがなく、ワインほどの酸味も感じられないので、トリュフの風味を引き立ててくれます。お酒の控えめな旨味が、熟成されたチーズとよく合いますね。Wow!」と、ルートナーさんも感動していました。

ルートナーさんに、オーストリアでの日本酒の未来について尋ねてみると、「ヨーロッパでの日本酒販売は、売り先が日本食レストランにほぼ限定されているのが現状。地域に浸透させていくためには、日本食だけでなく、カジュアルな料理を提供する地元のレストランで、生活に余裕があって食べることが好きな人たちに宣伝していく必要があるでしょう。そのためには、レストランの経営者や従業員に日本酒の良さやマリアージュの可能性を伝えていかなければなりません。多くの日本酒が家族経営で少しずつ造られていることも、ワインよりも値段が高い日本酒を購入する動機になりうると思いますよ」と話してくれました。

ウィーンでの日本酒普及はまだまだ始まったばかり。ウィーンに根をおろして奮闘する方々は試行錯誤を繰り返しながら、情熱を持って活動しています。少しずつではあるものの、日本酒や日本そのものに対する関心が現地で生まれつつあるのを感じることができました。

(文/山口吾往子)

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