Salon du saké(サロン・デュ・サケ)」とは、フランス人として初めて「酒サムライ」の称号を授与されたシルヴァン・ユエさんが主催する、ヨーロッパ最大規模の日本酒を中心とした酒類の見本市のこと。

2014年から毎年行われ、2021年で7回目の開催となります。

このイベントには、日本の酒蔵はもちろんのこと、WAKAZEや昇涙酒造などのフランス国内にあるSAKEの醸造所やディストリビューター、小売店、関連サービスの企業などが出展。今年はコロナ禍の影響で来場者数は減りましたが、フランス周辺国を中心に28ヵ国から来場者が集まりました。

この記事では、コロナ禍で開催された「Salon du saké」を通して、ヨーロッパ市場の現状や課題を考えていきます。

3日間で3,500人を超える参加者

「Salon du saké」の会場となったセーヌ川のほとり、パリ15区にある「NEW CAP EVENT Center」は熱気に包まれていました。

コロナ禍の影響によって、日本国内の酒蔵の渡仏が叶わなかったため、出展ブース数は2019年の75社から24社に減少。イベントの規模は必然的に小さくなりましたが、それをまったく感じさせない盛り上がりです。

「Salon du Saké」を主催するシルヴァン・ユエさん

「Salon du saké」を主催するシルヴァン・ユエさん

「Salon du saké」は日本酒の大きなイベントですが、日仏関係省庁の補助金で開催されているわけではなく、シルヴァンさんをはじめとした無償のボランティアによって運営されていることも特徴のひとつです。

そのため、「予算の確保に苦労した今年の準備は、とても難航しました」とシルヴァンさんは話します。

初参加の北海道のブースでは、異なる酒米を使った日本酒を用意

初参加の北海道のブースでは、異なる酒米を使った日本酒を用意

「このイベントの運営は、純粋に出展料のみで賄われています。誰もが状況を読めないなかで、出展ブースを申し込み出展料を支払ってくれる酒蔵や企業を集めるのが大変で、日本からフランスに移動できるかどうかもわからない状況でした。最終的には今回初参加となる北海道、岡山県、佐賀県などの自治体の出展もあり、無事に開催に至ることができました」

出展者が減ったこともあり、例年より控えめな開催でしたが、3日間で3,552人と前回と比較しても7割近くもの人数が来場しました。

パリで新潟の日本酒を取り扱うアンテナショップ「Kinasé」のブースでは、2020年の「Kura Master」で、プラチナ賞を受賞した「真野鶴 純米大吟醸」が完売。他の銘柄も在庫が足りなくなり、追加の日本酒を店に取りに戻るなど売れ行きも好調だったようです。

舵取りが難しかった7回目の「Salon du saké」を振り返って、「出展者の満足度は非常に高かった」と話すシルヴァンさん。

「予想していたよりもたくさんの来場者が来てくれたことをうれしく思います。開催規模は縮小してしまいましたが、それでも、28ヵ国から来場者が集まり、国際的な日本酒のサロンであり続けたということが満足いただけた理由だと思います。サロンの閉会時にスピーチを毎回スピーチを行うのですが、例年よりも長く暖かい拍手をいただけたのがとても印象に残っています」

「Salon du saké」の3つの重要な役割

「Salon du saké」には、ヨーロッパでの日本酒市場を発展させるための3つの要素があります。

佐賀県のブースでは、15蔵・28銘柄の日本酒を出品

1つ目は、来場者と出展者の「出会いの場」としての役割。25ユーロのチケットを買って入場すると、各ブースで日本酒の試飲ができ、また、気に入った日本酒があれば、その場で購入も可能です。

このように多くの種類の日本酒を試飲できる機会は多くないので、ヨーロッパの日本酒ファンにとっては、気に入った日本酒を見つける、またとない機会になっています。

来場者のひとり、航空会社でパイロットをしているという男性は、「以前は月に1~2回は日本へ行っていた」という日本酒と日本料理の大ファン。「でも、あまり詳しくはないので、ここへ来て、好きな日本酒を探しに来ている」と話してくれました。

酒蔵にとっては販路開拓のチャンスです。最終日はプロフェッショナルのみが対象の開催日で、ソムリエやカーヴィスト(ワイン専門店でテイスティングや購入のアドバイスを行う役職)、レストランの担当者など飲食業界の関係者が多く来場します。

主催者によると、今回の来場者の3/4がプロフェッショナルな業界関係者なのだそう。最終的な消費者に日本酒を知って味わってもらうことも大事なことですが、市場の拡大にはプロフェッショナルへの認知と販売も不可欠です。

初参加となる岡山県から出展した12の酒蔵は、そのほとんどの日本酒がフランスでは初めてのお披露目となり、認知度の向上と取引先開拓に挑みました。

和菓子と日本酒のペアリングの講義で提供された「虎屋」の和菓子と4種類の日本酒

和菓子と日本酒のペアリングの講義で提供された「虎屋」の和菓子と4種類の日本酒

2つ目は、日本酒についての「学びの場」を提供すること。サロンの開催中には、さまざまなテーマのワークショップも行なわれます。

シルヴァンさんによる日本酒についての講演や、卵やチーズ、キャビア、和菓子と日本酒との食べ合わせのアトリエ。プロフェッショナル向けには、国税庁による講演や日本酒の地理的表示などの専門的な学びを得る「マスタークラス」が開かれます。

これらの講座は完全予約制で有料にも関わらず、受付開始から1ヶ月でほぼ満席となりました。ここでも、ヨーロッパでの日本酒への関心の高さがうかがえます。

「日本酒=日本食」と考えているフランス人はとても多くいます。これは、多くのワイン消費国で顕著に見られる傾向です。ですが、日本酒は、フレンチにも、イタリアンにも、中華料理にも合い、ワインが苦手な卵や酸味とも組み合わせることができるお酒です。

日本酒のペアリングの講座では、「日本酒=日本食」という一般的な考え方を覆し、気軽にアプローチして欲しいという狙いも含まれています。

「Salon du saké」のコンテスト表彰の様子

3つ目は、「コンテスト」の実施です。

来場者は、受付時に提供される日本酒の情報が網羅された「テイスティングノート」のついたパンフレットと、「投票用紙」が渡されます。

サロン開催中に、この2つを使って投票が行われ、「PRIX DU GRAND PUBLIC(一般来場者賞)」、「PRIX DU PUBLIC PROFESSIONNEL(プロフェッショナル賞)」、「PRIX DE L'ESTHETISME(美しいボトル賞)」の3つの賞が決定します。

会場で配布されたテイスティングノート。日本酒のほか、焼酎、ビールなどが色分けされている。

会場で配布されたテイスティングノート

このコンテストは順位付けをすることが目的ではなく、「来場者に日本酒のラベルを読んでもらうための仕掛け」と、シルヴァンさんは言います。

「日本酒のラベルには専門用語が並び、日本人でも完全に理解するのは難しいと思います。特に日本語や日本の地名に慣れていないフランス人にとって、これを読み解くのは大変なことです。酒造メーカーによって記載方法もバラバラのため、どれが酒蔵の名前で、どれが日本酒の名前かがわからない人もいます。そのため、このテイスティングノートを使って、銘柄名や酒蔵名、地域、アルコール度数などを記入してもらい、それを見ながら試飲してもらうことで、ラベルの読み方を学んでもらおうという狙いです」

フランスで最も多い日本酒に関する誤解は?

「Salon du saké」閉会後に、あらためて主催者のシルヴァンさんに、フランスの日本酒市場についてお話をうかがいました。

コロナ禍以前、シルヴァンさんは、年に数回、日本を訪れて酒蔵との関係を構築し、日本酒への造詣を深めてきました。そして、日本酒の生産者でもなく、輸出入の会社にも政府の機関にも所属していないニュートラルな立場から、フランスやヨーロッパで日本酒の啓蒙を続ける稀有な立ち位置で活動しています。

フランスで最も多い日本酒に関する誤解は、「日本酒は食後に飲むためのアルコール度数の高い蒸留酒だ」というもの。シルヴァンさんも「この誤った認識が日本酒の市場拡大を妨げる最も大きな要因だ」と言います。

「日本酒業界で仕事をして20年ほどが経ちますが、当時からしたら状況はだいぶ改善されてきていますし、日本酒や日本食を日常的に味わう人たちも増えています。とはいえ、いまだに業界人でもこの認識を持っている人たちがいるのです。自分の店で日本酒を扱っているカーヴィストでさえ、正しい認識をもっていないことがあります。日本酒のイメージを変えること。これはヨーロッパ全体の話で、今もなお一番に改善すべき問題です」

「Salon du Saké」の講義の様子。熱心にノートをとる参加者が印象的。

「Salon du saké」の講義の様子。熱心にノートをとる参加者が印象的。

この「誤認識」が解消された後でも、日本酒が正しく根付いていくには、いくつかのハードルがあります。そこには「いつも日本酒への正しい知識の欠如に行きあたる」と、シルヴァンさんは指摘します。

日本酒にまつわる語彙について、メディアが意図せずに読者へ間違った認識を広めてしまっている事例があります。

たとえば、ジャーナリストが日本酒に関する記事を書く時、しばしば"saké"という単語を繰り返し使用しないために、"alchol du riz(お米のアルコール)"という言い方をする場合があります。

「日本酒が米を原料としたアルコール飲料であることは間違いないのですが、ワインの場合、"alochol du raisin(ブドウのアルコール)"と置き換えることは絶対にありません。この言い方をすると、ブランデーのようなブドウの蒸留酒をイメージするからです」

また、「醸す」という言葉も誤った使い方をされる事例なのだそう。

「醸す」は、そもそもフランス語には存在しない言葉のため、「brasser(醸造する)」を使うことがありますが、これはビールを醸造することを指す動詞。ワインを造ることについては、「vinifier(ワインを醸造する)」というワイン専用の動詞がきちんと存在します。

日本酒について詳しくない人々が、これらの言葉を聞くと、「sakéはお米のビール?それともワインの一種なのか?」と混乱を招くことになります。そのため、シルヴァンさんは、日本酒を醸すことを「sakéifier」という造語で説明するようにしています。

ワインを造るために使ったブドウの品種を指す「sépage」を日本酒の原料米に当てはめて使うこともありますが、これもワインと日本酒の混同を招く恐れがあります。

「日本酒に関する正しい用語を使うことで、『日本酒は、ワインやビールとは全く別の飲み物なんだ』という認識を広めることができます。そのために、まずは日本酒を伝える仕事の人たち、ジャーナリストやソムリエ、カーヴィストなどのプロフェッショナルへ正しい知識を伝えることが重要な課題だと考えています。

私が主催する『Académie du Saké』では、一般の方々、そしてプロフェッショナルへ向けて日本酒の講義を行い、日本酒文化の啓蒙に取り組んでいます」

プロを通して正しい知識を伝えることの重要度

簡単な道のりではありませんが、フランスの日本酒市場は着実に拡大をしています。

フランスはヨーロッパの中でも美食とワインの中心地。そこで行われる「Salon du saké」がもたらす市場への影響は小さくありません。「Salon du saké」が初めて開催された2012年から2020年に至る間に、フランスへの日本酒の輸出量は3.6倍に増加しました。

「過去にSalon du sakéを訪れた人たちが、実際に日本酒を輸入し販売を始めています。ここ最近の傾向は、東欧諸国からの関心が高まったこと、それに消費者に最も近いカーヴィストの来場者が増えたことです。

ワイン専門店でテイスティングや購入のアドバイスを行うカーヴィストは、フランス独特の文化です。普段、スーパーマーケットでワインを買う人たちでも、カーヴィストのいる専門店を訪れてワインの購入の相談をする習慣があります。今年は、カーヴィストの来場者がプロフェッショナル業種の中で3番目に多く、これはとてもポジティブな変化です」

ヨーロッパの日本酒市場拡大のキープレーヤーでもある、シルヴァンさん。独学で日本酒への知識と人脈を築いてきた彼の言葉からは、日本酒への情熱が節々から感じられました。

Salon du Sakéの集合写真

写真提供:Salon du saké

日本酒は、ワインに共通するテロワールの要素、発酵がもたらす驚き、奥深い製造工程、食べ合わせの広さ、日本文化への憧憬など、フランス人に受け入れられるたくさんの要素を含んでおり、ワイン、ビールと並ぶ食中酒の選択肢になり得るポテンシャルは十分あります。

プロフェッショナルへの知識が浸透した時、今は専門店やアジア食品店でしか見かけない日本酒が、街のカーヴやワイン専門、スーパーに並ぶ日も来るでしょう。「この料理にはワインよりもsakéが合いますよ」。日本酒がフランス人の日常に加わり、こんな一言がパリのレストランで聞こえてくる日もそう遠くないかもしれません。

8回目の「Salon du saké」は、2022年10月1日から3日にかけて開催予定です。

(取材・文:TK/編集:SAKETIMES)

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