「日本酒を世界酒に」という大きな目標を掲げ、新時代のSAKEの開発と発信を行なっているスタートアップ企業「WAKAZE」。
2016年に創業し、2018年には東京・三軒茶屋で醸造所を開いて、どぶろくやボタニカルSAKEなど独自のSAKE造りに挑戦し、2019年にはフランスに子会社を立ち上げ、パリ近郊に設立した醸造所「KURA GRAND PARIS(クラ グラン パリ)」で現地醸造を開始しました。
この記事では、フランスで2期目のSAKE造りを終えた「WAKAZE」の今をお伝えします。
目指すべき「SAKE」の輪郭がつかめた1年目
「KURA GRAND PARIS」の杜氏を務める今井さんが「我々の初期衝動を全てぶつけた」と話すのが、フランス現地醸造第1号となる「C’est la vie (セラヴィ)」です。
白麹由来の柑橘系のさわやかな酸味と硬水仕込みによるミネラル感が特徴で、南フランス・カマルグ産の米とフランスの硬水を使ったSAKEということで大きな話題となりました。
現地醸造1期目にして、フランスで開催される日本酒コンクール「Kura Master 2020」で純米酒部門プラチナ賞を受賞。ロンドンで行われた世界最大規模のワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」のSAKE部門で、シルバーメダルを受賞するという快挙を成し遂げました。
とはいえ、1期目は完全といえない環境でのSAKE造りだったそうです。精米歩合が極めて高い食用米とパリ地域特有の硬水と、初めて使うワイン酵母。納期の関係でタンクの冷却機の導入も間に合いませんでした。
発酵のコントロールに悪戦苦闘しながら、「結果的に蔵の環境そのものを表現したSAKEになりました」と今井さんは話します。
1期目の経験から、原料や醸造に関する貴重なデータが蓄積されました。そして、「果実を思わせるさわやかな酸味と、体に入ったときに心地よいと感じるアルコール度数」という、「WAKAZE」がこれから目指すSAKEの輪郭が見えてきたといいます。
「THE CLASSIC」という名前に込めた思い
2期目の造りは、1期目から大きな変更を加えました。
主原料の米は、変わらず南フランス・カマルグ産ですが、1期目に数種類の米を試したなかで自分たちのSAKEに合うことがわかった「セレニオ」という品種に絞り込みます。
フランスの精米機は日本の醸造用精米機とは違い、1回の精米では精米歩合95%までしか磨けませんでしたが、米農家との信頼関係が築けたことで、精米機に3回かけ、精米歩合90%まで磨いた原料米を納品してもらえることができました。
酵母は、赤ワイン、白ワイン、スパークリングワインに使える汎用性の高いワイン酵母を使っていましたが、発酵が進みすぎるという難点がありました。数種類の酵母をテストするなかで、ブルゴーニュの白ワインの醸造に使われるワイン酵母で造りを行いました。
さらに、待望の冷却機が導入できたことで、発酵のコントロールが容易になりました。仕込みの途中、冷却機の不調などのトラブルもあったそうですが、杜氏の今井さんは「1期目にこの環境で造れたのだから、どうにかなる」と、不測の事態にも動じなかったといいます。
フランスのアルコール愛飲者へのヒアリングを重ねて完成した現地醸造2期目のSAKE「THE CLASSIC」は、「C’est la vie」の持っていた穀物感から、目指していたフレッシュな果実感への昇華を果たしました。
一般的に「CLASSIC」というと「古典」や「伝統」を表しますが、「最高」や「普遍的」という意味でも使われる言葉です。「THE CLASSIC」というネーミングから、日本を飛び出して「日本酒を世界酒に」という大きな夢を掲げるWAKAZEの決意が感じられます。
「THE CLASSIC」の発売に合わせてリブランディングを行い、ボトルデザインも刷新。初年度のワインボトルを思わせるシックなデザインから、日本とフランスのキーカラーである赤と青を使ったロゴに変更し、ラベルにはポップなキャラクターが挑戦的な視線を投げかけます。
このデザインを手掛けたのは、ロンドンのデザイン会社「Our Friends」。同社の創業者・ピーターさんは、「直観的に欲しいと思える、感情に訴えかけるようなデザインが今のWAKAZEに足りない」と、WAKAZE・CEOの稲川さんに話したといいます。
新デザインで表現したのは、「ヨーロッパの人々が思い描く日本のイメージ」。確かに、日本人自身が持っている日本のイメージと、海外の方々が日本について抱くイメージには違いがあります。
東洋的なエキゾチックな日本と、フランスでも大ブームのマンガやアニメのイメージをひっくるめたCoolな日本。WAKAZEの新しいデザインは、そんな絶妙なポイントを突いています。
コロナ禍でオンライン販売を強化
リブランディングされたWAKAZEのデザインは、SNSと非常に相性がよく、コミカルでポップな広告は見ていて楽しくなります。この新しいデザインは、マーケティングの点でも効果を発揮しました。
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、フランスでは、2020年3月から2021年6月まで3度にわたるロックダウンが施行されました。飲食店は、一時期、数ヶ月のみ再開されましたが、またすぐに閉鎖。1年以上に渡り、飲食店は営業休止を余儀なくされました。
飲食店を中心に着実に取引先を増やしていたWAKAZEは大きな打撃を受け、「1日で売上げがゼロになり、2期目にして会社存続の危機に立たされました」と稲川さんは振り返ります。
ロックダウンを受けて、稲川さんはすぐにオンラインでの販売強化に舵を切ります。「巣ごもり需要」が増加したことも、WAKAZEにとって追い風になりました。
調査会社のNielsenによると、特に寿司のデリバリーは、ピザに次いでハンバーガーと並び人気2位に。巻き寿司を自宅でつくるブームも生まれ、それらに影響される形でSAKEの需要も増えました。
「THE CLASSIC」などの定番商品に加えて、「COFFEE VANILLA」や「SAKURA」など、珍しいフレーバーのLABシリーズを同時に展開することで、リピーターと新規顧客の獲得に成功。フランスをはじめ、ヨーロッパ各地から注文が入るようになり、WAKAZEは息を吹き返します。リブランディングから1年で、オンラインにおける月商は、2020年内で60倍に成長しました。
オンラインマーケティングの大きな成果といえるのが、2021年6月に発表された大手ワインショップチェーン「NICOLAS」との協業です。
NICOLASは、フランス500店舗と7カ国に展開するフランス最大のワインショップチェーン。この協業はNICOLAS側からSNS経由でアプローチがあり、連絡を受けたスタッフは、「どちらのニコラさんだろう?」と最初は首を傾げたそうです。現在では、NICOLASの277店舗で「THE CLASSIC」と「YUZU SAKE」の2銘柄の取り扱いが始まり、対象店舗を拡大中です。
「はじめてのSAKE」を楽しんでもらうために
2021年7月、ワクチン接種が進み、長かった外出規制がようやく解除されたパリで、WAKAZEは1ヶ月限定のPOP-UPバーをオープンしました。
フランスでは、「SAKEは蒸溜酒のような強いお酒だ」という根強い偏見があるため、“最初のひとくち”を体験してもらうを飲んでもらうハードルがとても高く、WAKAZEもその例外ではありません。
POP-UPバーを出店したのは、日本の書店やラーメン屋、うどん屋などが並び「パリの日本人街」ともいえるオペラ地区です。日本のカルチャーに親しみのある若者が多く訪れる場所で、「はじめてのSAKEを気軽に楽しんでもらう場所として最適」だと考えて出店を決めたのだそう。
POP-UPバーの試飲セットは6ユーロ(約700円)で提供。枝豆や味付けたまご、酒粕チーズなどのおつまみが付いたセットは、12ユーロ(約1,500円)とリーズナブルな価格設定です。
毎週土曜日には、同じくフランスでSAKE造りをしている昇涙酒造が参加したり、カクテル作りの専門家であるミクソロジストを招いた限定カクテルメニューやパリのチーズ専門店「フロマジュリー・ヒサダ」とコラボレーションしたチーズとのマリアージュを提供したりと、趣向を凝らしたイベントを企画しました。
「他社と協業することで、通常の営業日には出会えないお客様が数多く訪れてくれました」と、稲川さんはPOP-UPバーの手応えを話してくれました。
杜氏の今井さんは、POP-UPバーでの印象的なエピソードを次のように話してくれました。
「WAKAZEの広告を見てくれていた方が、偶然にPOP-UPバーを見つけて来てくれたんです。オンラインだけではどんなものかわからず購入する気にならなかったそうですが、実際に飲んでいただくと気に入っていただいたようで買ってくれました。
この方に会って、こうやってお客様に飲んでもらうために、SAKEを造っているんだと再確認できました。コロナ禍でお客様の顔が見れない状況で毎日SAKEを造っていましたが、やっと点と点がつながって線になった出来事でした」
柔軟な発想とスピード感のある意思決定
醸造技術の向上によって生まれた「THE CLASSIC」で新たなSAKEファンを増やし、NICOLASとの協業で販路も強化したWAKAZEは、フランス国外を含む需要増加に応えるため、2021年6月に新たに3.3億円の資金調達を実施し、蔵の設備投資や人材の確保を強化して、現在の3倍近くまで生産量の拡大を目指しています。
WAKAZEの真骨頂は、SAKEを楽しむお客さんの声をていねいに聞き、それをSAKE造りの現場へすぐに反映させるというトライ&エラーのサイクルです。その有機的な関係をさらに強化するために、稲川さんはパリ直営店のオープン準備も進めています。
環境が十分とはいえないなかでの海外醸造と予想外のコロナ禍という困難を、柔軟な発想とスピード感のある意思決定で乗り越えたWAKAZE。働くメンバーも2倍ほどに増え、オフィスは若い活気に溢れていました。
これから始まる3期目に、WAKAZEはどんなワクワクをみせてくれるのか、今からとても楽しみです。
(取材・文:TK/編集:SAKETIMES)