"酒造りの神様"とも呼ばれる農口尚彦氏が杜氏を務める新設の酒蔵「農口尚彦研究所」が2017年11月に酒造りを開始しました。業界内外を問わず、多くの人が興味・関心をもっているのは、農口杜氏が造る最初のお酒でしょう。

吟醸酒ブーム・山廃ブームの火付け役ともいわれ、全国新酒鑑評会では連続12回を含む通算27回の金賞を獲得し、「現代の名工」にも選出された農口杜氏が、どんなお酒を造り上げるのか。注目のお酒が、12月26日から発売されます。

その発売に合わせて、12月20日に石川県小松市の「農口尚彦研究所」にて、プレスお披露目会が行われました。その様子をお伝えいたします。

農口尚彦研究所の外観

観光蔵を目指して設えた「ギャラリー」「テイスティングルーム」

今回のプレスお披露目会では、蔵の一部が公開されました。「農口尚彦研究所」は、単なる酒造りの場所ではなく、国内外の観光客を受け入れる拠点としての機能も備えています。

蔵の中には、ギャラリースペースが設けられていました。

農口尚彦研究所のギャラリーの内観

壁には農口杜氏の人生を追った年表が掲載され、酒造りの歴史をたどることができます。

農口尚彦研究所のギャラリーに展示されている年表

他にも、農口杜氏が実際に使っている種切り用のふるいや、これまで取り組んできた酒造りのデータが記録されている「製造控」などが展示されるのだそう。

農口尚彦研究所のギャラリーの内観

また、ギャラリースペースからは、実際の仕込室を見ることもできます。

農口尚彦研究所のギャラリーから見た仕込室

もうひとつの目玉は、蔵のまわりに広がる景色を眺めることができるテイスティングルーム「杜庵(とあん)」

テイスティングルームの設計にあたっては、金沢市出身の大樋焼作家・十一代大樋長左衛門氏をアートディレクターとして迎え入れています。また、小松市出身で九谷焼の人間国宝として知られる吉田美統氏が、調度品の選定を行いました。

農口尚彦研究所のテイスティングルーム「杜庵」

壁一面の大きな窓からは棚田の風景が広がり、四季折々の豊かな表情を感じながらお酒を楽しむことができます。

テイスティングルーム「杜庵」の西窓

反対側の窓は、上槽が行われる圧搾室と仕込室に向かって開けているため、作業の様子を眺めることもできるのだそう。

テイスティングルームでは、農口尚彦研究所で造られたお酒を温度帯別に提供したり、和菓子とのペアリングを提案したりと、さまざまな形で日本酒の魅力を伝えていきます。

オープンは2018年3月の予定で、2月上旬から公式サイトでの予約を受け付けるとのことです。

ファンへの感謝を胸に、新蔵での酒造りに挑む

プレスお披露目会には、およそ20名のメディア関係者が集まりました。石川県内だけでなく、首都圏からの取材陣も多かったようです。

農口尚彦研究所のプレスお披露目会の様子

まず、ご挨拶されたのは「農口尚彦研究所」の代表取締役社長を務める朝野勇次郎氏。

プレスお披露目会で話をする、農口尚彦研究所の朝野社長

朝野社長と農口杜氏が再会したのはおととしのこと。意気投合した2人がプロジェクトをスタートさせたのは昨年の2月頃でした。地元・小松市での酒造りを目指すなかで、農口杜氏がとにかくこだわったのは「水」。「ここの水に出会ったときの農口さんのうれしそうな顔が忘れられません」と、朝野社長は話します。

「新しい酒蔵を立ち上げるなんて、100人中100人に反対されてしまうことかもしれません。でもそうやって言われると、逆に燃えてしまうタイプなんです。もちろん、道楽でやっているつもりなどありません」

「農口さんが80代になっても酒造りに取り組む姿を見て、刺激を受けました。いっしょにプロジェクトを進められることに対して、わくわくしていますし興奮しています」

続いて、農口杜氏が登壇。開口一番、「たくさんのファンに見守られて、応援していただいて、そのおかげでこの年齢まで続けられた。心から、心から感謝です」と、ファンへの思いを語りました。

プレスお披露目会で質問に答える農口尚彦氏

農口杜氏が目指すのは、米の旨味を感じつつもスッキリとキレの良いお酒。酒造りを再開した現在の心境を聞かれると「まだまだ勉強が必要だなぁと思いますね」と、杜氏歴が50年を超えた今でも、飽くなき探究心をもって酒造りに向き合っていることを感じさせてくれました。

復活の本醸造酒をテイスティング!

農口杜氏が「農口尚彦研究所」として造った、最初のお酒が12月26日に発売されます。五百万石を60%まで磨いた、本醸造酒。価格は1,800ミリリットルで3,000円(税別)です。

初年度は7種類のお酒を醸造する予定で、そのうち5種類は「五彩」シリーズとして、2018年3月まで毎月リリースされます。今回の本醸造酒を皮切りに、県内限定の純米酒、山廃純米酒、山廃吟醸酒、純米大吟醸酒と続けて発売される予定です。

農口尚彦研究所の「五彩」シリーズ

「五彩」の由来は、石川県の伝統工芸が基調としている5つの色彩。伝統への敬意とそれぞれに対するお酒のイメージをその色彩に重ねています。

記者会見の後、当日に瓶詰めされたばかりという本醸造酒をいただくことができました。ラベルも、この日に合わせた特別バージョンです。

12月26日に発売される、五彩シリーズの本醸造酒

「農口尚彦研究所 本醸造酒」のテイスティング

まずは、グラスから立ち上がる、華やかで爽やかな香りが印象的。洋梨やパパイヤ、マンゴー、メロンなどの瑞々しい果実を思わせる、フルーティーで広がりのある吟醸香が、気持ちよく鼻を抜けていきました。

ひと口含むと、しぼりたての新酒らしいピチピチとした食感があります。口当たりはやや固いものの、口の中に穏やかで甘味のある香りが広がっていきました。米の旨味がしっかりと感じられ、ハードタイプのチーズを思わせるコクもあります。ボディには厚みがありながらも、後味のキレが良く、農口杜氏が追い求める"のどごし"も抜群。飲みごたえがありますね。

アルコール度数が19度とやや高いので、割水をしても美味しく飲むことができます。農口杜氏曰く「新酒はまだ荒っぽさが残るが、20日くらい寝かせるとまろやかになる」とのこと。年末は新酒らしいフレッシュな味わいを楽しみ、少し寝かせて旨味が馴染んだころに少し温めて飲んでも良いでしょう。

「農口尚彦研究所 本醸造酒」のラベル

現在造っている「五彩」シリーズの純米酒と山廃純米酒について話を聞くと、「仕込みは順調です」とのこと。それぞれの発売日は1月中旬と下旬の予定です。

本醸造酒は26日から全国の取り扱い酒販店で発売され始めました。酒販店の情報は、公式ホームページから確認することができます。

また「五彩」シリーズは、地元・小松市のふるさと納税の返礼品に飲み比べセットとして採用されているのだとか。こちらのセットには、県内限定酒も含まれているので、要チェックですね。

今後、農口杜氏が新蔵「農口尚彦研究所」でどんな逸品を醸していくのか。楽しみでなりません。

(取材・文/小池潤)

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