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夢や情熱をもった若者とともに──現代の名工・農口尚彦杜氏が、再び酒造りの最前線へ

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日本を代表する酒造り集団「能登杜氏」の中に、とりわけ秀でた技術を持つ"能登四天王"と呼ばれる4人の杜氏がいます。「満寿泉」(桝田酒造店/富山)の三盃幸一さん、「開運」(土井酒造場/静岡)の波瀬正吉さん、「天狗舞」(車多酒造/石川)の中三郎さん、そして「菊姫」(菊姫/石川)や「常きげん」(鹿野酒造/石川)の農口尚彦さん。

厚生労働省が、卓越した"技能"をもつ人物を表彰する「現代の名工」に選ばれたことでも知られる農口さんが、今冬の造り(平成29BY)から、"新設の酒蔵"の杜氏として復帰することになりました。

全国新酒鑑評会で通算27回の金賞を受賞するなど、輝かしい実績を誇る農口さんが引退して2年。84歳の高齢にもかかわらず、再び酒造りの陣頭指揮に立つことを決意した農口さんの思いとは。そして、後継者となる蔵人たちとともに、どんな酒造りを目指すのか。ご本人を直撃しました。

賞をもらうよりも、造った酒を「美味い」と言ってくれることが満足

― 杜氏を引退して2年が経ちますが、再び、酒造りに挑むことになりました。

年齢を考えると、隠居して悠々自適に生活するべきかもしれません。しかし、2年間休んでいる中で、じっとしていると体がどんどん老けていくことを実感しました。これからどこまで健康でいられるかを考え、なにか仕事をしていた方が長生きできるに違いないと。

そんなときに「もう一度酒造りをしてみないか」というお誘いを受けました。これには家内も子どもも大反対。「無理しないで、以前出版した本の続編でも書いたらどうか」と勧めてくれた酒造関係者もいました。

しかし、私の生業はやはり酒造り。良い酒を造って、石川清酒のレベルを上げ、輸出を増やしていくのに貢献したいという思いは強くなるばかりでした。さらに、私のお酒を気に入ってくれていた方々の喜ぶ顔を思い出したら、いてもたってもいられなくなり、酒造りに戻ることを決断したんです。

なによりも、杜氏の仕事を中途半端な形で辞めてしまって、ファンの方に申し訳ないと思っていましたから。

― 培った技術を若手に伝えたいという思いもあるのでは。

65歳から15年間杜氏を務めた鹿野酒造時代は、若手に酒造りを教えることにも力を入れました。その結果、当時いた蔵人8人のうち7人が、現在各地の酒蔵で杜氏になってがんばっています。女性もひとりいますよ。彼らは酒造りに対する情熱が半端ではなく、私のもっているノウハウをすべて吸収するぞという気概に満ちていました。

今回も、酒造りの技術を極めたいという熱い思いを胸に秘めた、若い人たちとともに仕事をしたいと考えています。夢や情熱をもっている人に来てもらいたいですね。

― 酒造りの計画はすでに立てられていますか。

1年目は7種類を造るつもりです。速醸酒母と山廃酒母が半々になるでしょうか。

お酒は嗜好品ですから、人それぞれに日本酒の好みが違います。昔はどの蔵も普通酒一本で勝負していましたが、最近はいろいろな酒質のお酒を用意して、あらゆる呑み手に「必ず、好みのお酒がありますよ」と説明できなければなりません。

お酒をたしなむ程度の人向けには速醸酒母のさっぱりとした本醸造酒や純米酒、純米吟醸酒を。ベテランの酒呑み向けには山廃酒母を使った旨味のしっかりとした純米酒、吟醸酒、大吟醸酒などを造ります。いずれにせよ、お客さんに喜んでもらうのが大前提ですね。

― どのような酒質の酒を目指しますか。

日本酒において、もっとも重要なのは喉越しのキレだと思っています。飲んだ後のキレがなければすぐに飽きてしまいます。喉の奥に甘味が残ってしまうような、キレのないお酒を飲んだ後は、思わずウーロン茶で口内を洗いたくなってしまいますよ。どういう風にキレるかも大切で、短くスパっとではなく、スーっと余韻が伸びていくキレが理想です。

― キレを良くするためには力のある酵母を育てなければなりません。

酒母造りに手を抜くと弱い酵母ばかりが増殖してしまいます。数があっても力不足の酵母ばかりだと、喉の奥に甘さが残り、喉越しのキレが足りない酒になってしまうので、骨格のしっかりした力強い酵母を育てることが必須でしょう。

― 元気な酵母を育てるためには、麹造りが鍵になりそうですね。

麹がつくり出す酵素は3種類あり、それぞれの役割があります。たんぱく質分解酵素は、しっかりとした骨格のある酵母を育てるために必要。残る2つ、でんぷん質を糖化する酵素は酵母にとって活動の源になります。

つまり、酒母用の麹や三段仕込みの1段目になる、添え仕込み用の麹にはたんぱく質分解酵素が多く必要になり、仲仕込みや留め仕込みに使うものには糖化酵素が多くなければなりません。それぞれの用途に合わせて麹造りを変えていかなければならないということです。麹を一律に造っていては理想のお酒には届きません。

― 農口さんは50年余りの杜氏キャリアの中で、全国新酒鑑評会の金賞を通算27回獲得しています。酒造りを再開したら、鑑評会には出品しますか。

実はまったく興味がないので、出品酒は造りません。鑑評会や品評会の審査員はお酒を口に含むだけで、呑み下さずに吐いてしまいますよね。それでは、お客さんの体験を半分しか感じられません。お酒の良し悪しは呑んでみなければわかりませんから。

― 今回の酒造りでもっとも楽しみにしていることは。

お客さんの喜ぶ顔を見ることですね。賞をもらうことよりも、私の造った酒を「美味い」と言ってくれればそれで満足。イベントなどに出向き、みずからお酒を注いで、お客さんの反応を見る。これほど楽しいことはありません。その日が今から楽しみです。

新蔵は現在建設中! 農口杜氏とともに酒を造る人材も募集

2年間、酒造りから離れていた農口さんですが、当時と比べて「まったく変わっていない」という印象でした。インタビュー会場まで、自分で車を運転してやってきたうえ、歩く姿も背筋が伸びており、足取りも軽やか。84歳という年齢をまったく感じさせないエネルギッシュな語り口に、ただ感心させられました。

新しい蔵は小松市に建設中とのことで、農口さんからの注文は「麹室の隣に、杜氏の寝起きする部屋をつくる」ことだったそう。やる気満々ですね。

さらに今回は、農口杜氏とともに酒造りを担う蔵人も、新たに募集します。「酒造りの技術を極めたいという熱い思いを胸に秘めた、若い人たちとともに仕事をしたい」という農口杜氏の言葉にもあるように、夢と情熱をもった、気概のある人材を広く募っています。"酒造りの神様"とも称される農口杜氏とともに蔵に入り、その技術を目の当たりにできるまたとないチャンス。蔵人は通年雇用となる予定で、寮も完備されているということです。「われこそは!」と思う方は、ぜひ応募してくださいね。

復活した農口杜氏のお酒が、いまから楽しみでなりません。

(取材・文/空太郎)

◎ 蔵人募集の詳細はこちらのページよりご確認ください

<農口尚彦氏の経歴>

  • 1932年 石川県内浦町(現能登町)生まれ
  • 1947年 松波新制中学校卒業
  • 1949年 静岡県富士市の山中正吉商店(現富士高砂酒造)へ酒造工として就職
  • 1953年 三重県松阪市の西井酒造に酵母係として就職
  • 1957年 静岡県島田市の大村屋酒造場に頭として就職
  • 1961年 石川県鶴来町の菊姫に杜氏として就職
  • 1990年 JALがファーストクラスに初めて日本酒を導入、菊姫の大吟醸を選定
  • 1997年 菊姫を定年(65歳)退職、同冬、石川県加賀市の鹿野酒造の杜氏に就任
  • 2004年 著書「魂の酒」出版
  • 2006年 現代の名工に選ばれる
  • 2008年 「黄綬褒章」を受賞
  • 2010年 NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀 魂の酒、秘伝の技」が放映され、鹿野酒造のお酒に大量の注文が殺到
  • 2011年 名誉杜氏に
  • 2012年 80歳で引退
  • 2013年 ひと造り休んで、石川県能美市の農口酒造の杜氏に就任
  • 2015年 杜氏ふた造りで農口酒造を退社
  • 2017年 小松市に設立予定の新会社の杜氏に就任し、今冬から酒造りを再開予定

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空太郎

日本酒指導師範(菊正宗認定)&酒伝道師です。1年365日、日本酒を飲んでいます。10人未満で丁寧にお酒を醸す銘酒小蔵がたくさん存在することが、日本酒の多様性と魅力を維持するのには欠かせないと思っています。そんな酒蔵の活動や、それを応援する酒販店や居酒屋の動きをお伝えしていきます。