東京には、日本酒を楽しめるエリアが数多くあります。千代田区の神田もそのひとつ。
神田における日本酒人気の高さは、江戸時代の様子を残した資料からも知ることができます。江戸のにぎわいを描いた『江戸図屏風』では、神田の町筋にある、軒先に酒林(さかばやし)を掲げた3軒の酒屋が描かれています。また、加藤曳尾庵(かとう・えびあん)の著書『我衣(わがころも)』には、神田の豊島屋酒店が店先で大きな田楽を焼き、他の店よりも安く酒を売るという、当時としては革新的な方法で評判を呼んだことが書かれています。
今回は、多くの居酒屋でにぎわう神田と、この土地に縁の深い造り酒屋「豊島屋酒店」が造った新しい日本酒について紹介します。
神田とともに歩んできた「豊島屋酒店」
1596年、豊島屋酒店は江戸の神田鎌倉河岸に酒屋兼居酒屋を開きました。当時は、上方から運ばれてきた酒、いわゆる「下り酒」を大量に仕入れ、それを安く販売したことで人気を集めます。明治後期には自社で清酒を造り始め、3つの酒造場を運営するようになりました。
しかし、第二次世界大戦の影響で、3つのうち2つが軍需工場になり、空襲によって焼失してしまいます。社屋や店舗も焼失し、苦難が続きました。そんななか、東村山の酒造場だけはなんとか難を逃れ、酒造りを続けることができました。
多くの苦難を乗り越えた豊島屋酒店は現在、神田に豊島屋本店と神田豊島屋(旧・豊島屋ビル)を、東村山に豊島屋酒造を構えて、3社がお互いを支え合う形で、豊島屋グループとして、お酒の醸造や販売を続けています。
神田に新しい風を吹き込む
豊島屋グループでは、それぞれの会社で銘柄を持っています。豊島屋本店の「金婚」、豊島屋酒造の「屋守」、そして神田豊島屋の「利他」。「利他」は、豊島屋発祥の地である神田限定の日本酒で、贈答品やお土産として人気の銘柄です。
2月21日、この「利他」シリーズから新商品が発売されました。それが「利他 特別純米 無濾過生原酒」です。
この商品の特徴は、"神田の居酒屋でしか飲むことができない"ということ。「歴史ある日本酒の町・神田を訪れたことがない人に来てほしい」「日本酒にこだわる神田の居酒屋で飲み歩きを楽しんでほしい」という思いがこのお酒に込められています。
日本酒の専門家「酒匠」によるテイスティング
この「利他 特別純米 無濾過生原酒」の発売に先立ち、2月7日、神田鍛冶町にある居酒屋「赤坂うまや神田」でプレス発表会が開催されました。
当日は、3名の酒匠・並里直哉さん、矢部陽子さん、大高友也さんによるテイスティングが行われました。
酒匠とは、日本酒サービス研究会・酒匠研究会連合会(SSI)が認定している、日本酒・焼酎・泡盛のテイスティングに関する専門資格のこと。同団体が発行している日本酒の資格「唎酒師」と焼酎の資格「焼酎唎酒師」の上位資格にあたり、酒造りの知識から高度なテイスティングまで、幅広い知識と技術・経験が問われる資格です。
日本酒テイスティングのプロフェッショナルたちは、この「利他」をどのように評価するのでしょうか。
「香りのイメージと味のイメージが違いますね。フルーティーな香りから『軽い味わいかな?』と思いましたが、意外にもしっかりとした味わいがあります。すっきりとしたドライさもあって、いろいろな料理に合わせやすそう」と、矢部さん。
並里さんは「フレッシュな香りと口に含んだときのちょっとしたプチプチ感が若々しくて良いですね。アミノ酸主体のしっかりとした旨味があって、最後は少しの苦味で締めくくられます」という印象だったそう。
大高さんは、ふたりの感想をうなずきながら聞きつつ、「たしかに、苦味が強く感じられます。加えて、アルコールのボリューム感があるので、コクを感じると同時にすっきりとキレますね。生酒らしい荒々しさもあり、かなりパワフルな酒質です」と表現しました。
また、相性の良い料理を聞いてみると「パワフルでコクのある印象なので、肉料理ですね。味わいが豊かで、脂がしっかりのったポークジンジャー、もしくは、心地良い苦味に合わせて炭火焼料理が合いそうです」とのこと。
「冷えている状態では、香りやフレッシュさが強調されますが、温めることでふくらむ要素もあるので、とても使い勝手の良いお酒だと思います。奥深く厚みのある苦味があるので、合わせる料理は脂身のある焼いた肉が良いかもしれません」と、並里さんも肉料理をおすすめしつつ、「冷やした状態では、また違った料理が合いそう」と、「利他」がもつ味わいの幅広さを感じたようです。
テイスティングの会場となった「赤坂うまや神田」で提供される、炭火で調理された焼鳥との相性も好評でした。
矢部さんは「しっかりと冷やして、乾杯の1杯として飲んだり、前菜に合わせたりするのも良さそう。コース料理に合わせて、温度帯を変えながら飲むのも良いと思います」と、「利他」の多様な飲み方を提案。シーンに合わせて温度帯を変えるのも、日本酒の楽しみ方のひとつですね。
酒匠の方々に神田という町について、聞いてみました。
「昔は、ガード下に飲み屋街があって、日中からスーツ姿の男性が飲んでいるイメージでした。しかし今は、ワインバルやビストロのようなおしゃれな店が増えてきましたね。女性がひとりで入りやすい店もありますし、いろいろな業態の店が増えています」と、大高さん。
矢部さんは「日本酒をワイングラスで提供してくれるおしゃれな店もあれば、古くから営んでいる店もある。いろいろと開拓してみたい」と、神田に対する期待がかなり高いようです。
並里さんは日本酒業界で働いているという視点で、「最近、神田での日本酒の盛り上がりを強く感じます。新しい店が続々と増えていますよ」と話してくれました。
神田限定の日本酒「利他」のコンセプト
神田豊島屋で取締役社長を務める木村倫太郎さんは「このお酒は、日本酒を愛する神田の居酒屋さんと直接、取引をさせていただきます」と熱いメッセージを残してくれました。
木村さんのこのお酒に対する愛情は、ラベルにも表れています。
「ラベルには、□のマークが5つ並んでいます。これは、開栓してからどのくらいの日数が経ったのかをチェックできるように付けたものです。開栓した日に斜線を1本入れて、その翌日に初日の線と交差して×マークになるように線を引くことで、10日分のチェックをすることができます。お酒の味わいが日々変化していくのを楽しんでもらうだけでなく、提供する居酒屋さんが管理しやすいラベルにしたい。そんな思いを込めています」
新発売の「特別純米 無濾過生原酒」を含めて、「利他」シリーズは全4種類。今回のリニューアルにあたって、すべてのラベルデザインを大きく変更しました。
新しいラベルには、豊島屋がもつ江戸以前からの歴史や、豊島屋の杜氏が常々語っている"自然に感謝する心"を表現。4種類のラベルは、それぞれ火・水・土・木をモチーフに、江戸らしさと自然を掛け合わせたデザインになっています。
さまざまな温度帯で楽しむことができ、その奥行きのある味わいから幅広い料理に寄り添ってくれる、この「利他 特別純米 無濾過生原酒」。神田の町で出会ったときには、ぜひ、ラベルにも注目してください。
「利他 特別純米 無濾過生原酒」が飲める店
「利他 特別純米 無濾過生原酒」がほかの「利他」シリーズと異なるのは、一般販売されないこと。この限定酒を飲むことができるのは、神田にある日本酒へのこだわりを見せる居酒屋のみ。ぜひ、神田まで足を運び「利他」を味わってください。
- 赤坂うまや神田
住所:東京都千代田区 鍛冶町1-9-19 GEMS神田7F
電話:03-3525-4848 - オレたちの台所 どったんば
住所:東京都千代田区内神田1-10-8
電話:03-3518-6557 - かんだ光壽
住所:東京都千代田区鍛冶町2-9-7 大貫ビル1F
電話:03-3253-0044 - 神田 日本酒バル 酒趣 -Shu Shu-
住所:東京都千代田区神田紺屋町5 矢野ビル1F
電話:03-3254-3353 - 日本酒BAR 神七
住所:東京都千代田区内神田1-12-13 第一内神田ビル1F
電話:080-3597-7908 - 日本酒BAR ツバキ 神田鍛冶町
住所:東京都千代田区神田鍛冶町3-5-3
電話:03-6907-2954 - にほんしゅ ほたる
住所:東京都千代田区内神田1-17-1 MⅢビル1F
電話:03-5577-6556 - ※ 取扱店舗は順次拡大予定
◎参考文献
- 『居酒屋の誕生 江戸の呑みだおれ文化』(飯野亮一/株式会社筑摩書房)
- 『江戸の草分 豊島屋』(吉村隆之/株式会社豊島屋本店)
(文/三浦環)