大阪府に、個性豊かな酒を醸して愛され続けている酒蔵があります。酒を造る原料まで目配りしたいという一心で、米作りも行なっている秋鹿酒造です。

明治19年(1886年)創業の秋鹿酒造があるのは、大阪府の北部、自然豊な山々に囲まれた豊能郡能勢町。酒米栽培の第一人者・永谷正治さんから山田錦の栽培方法を受け継ぎ、米作りから酒造りまで行う「農醸一貫」が特徴の全量純米蔵です。

2019年に「G20 大阪サミット」の乾杯酒に選ばれたことも記憶に新しいですが、秋鹿酒造の農業部門責任者・奥航太朗さんは「朝のニュースで知って驚きました。秋鹿の酒は個性的な味わいのものが多いので心配でしたが、きれいに造れたので大丈夫だったかなと思います」と、当時のことを振り返ります。

そんな秋鹿酒造の航太朗さんに「農醸一貫」へのこだわりをうかがいました。

「よい米ができれば、酒造りの半分は終わったようなもの」

秋鹿酒造

日本には、数多くの酒蔵がありますが、その中で農業(米作り)と醸造(酒造り)を一体となって行っている酒蔵は数えるほどしかありません。秋鹿酒造もそのひとつです。

お話を伺っている最中、航太朗さんからは「米農家として」という言葉が何度もでてきました。米作りに対して心から向き合っていることが伝わってきます。

秋鹿酒造

秋鹿酒造で自社栽培しているのは、主に山田錦と雄町です。約250反(25ヘクタール)の広さの水田は農業ができなくなった高齢者から借り受けたもので、米作りを維持することが集落の発展に繋がると考えています。

一般的に、おいしい酒を造るには洗米や麹造りを丁寧に行うことが大事といわれていますが、秋鹿酒造では「お米を丁寧に育てれば酒造りの半分は終わったようなもの。よい米を使って、そのまま上手く造るだけ」と、米作りに重点を置いています。

秋鹿酒造

冬場の水田の土作りに使う生糠を混ぜた発酵堆肥

秋鹿酒造は雑草対策に除草剤を使っていません。田植えの後には水田に生糠を撒き、そこで発生する有機酸の効果で雑草の発生を抑えています。田植えの後に伸びてきた雑草については、除草機で取り除きます。

このように聞くと地球に優しいエコな米作りを心がけていると思う方もいるかもしれません。農薬を使わない栽培方法に至った経緯について、航太朗さんは、「すべて結果的に」だと話します。

夏場に暑苦しい格好をして、マスクで防護しながら水田に農薬を撒く作業が嫌でしょうがなかった航太朗さんは、農薬を使って育てたお米が食卓にならぶことに、以前から疑問を持っていました。

秋鹿酒造の酒造りでは、米をしっかりと溶かすことに重きを置いていますが、化学肥料などを使わなくなってからは米に含まれるアミノ酸の量が減り、きれいな溶け方になって酒質向上に繋がったそうです。

「先入観なしに酒そのものを味わってもらいたい」

多くの酒蔵では、毎年、一定の酒質を目指した再現性を大切にして酒を造っていますが、秋鹿酒造ではその年に収穫された米の特徴を、出来も不出来も含めて大切にして酒造りを楽しんでいます。

「自社で栽培しているお米を使って、もっとたくさんお酒を造って、もっとたくさん飲んで欲しいと願ってます。今の日本酒にはさまざまな固定概念があるように感じますが、それらを一度取り去って、もっとチャレンジをした日本酒を少量でも造っていきたいです。酒造りに関わって、まだ10年ぐらいなのですが、いろいろと試しながらブレずに成長していきたいですね」

将来的には、お米の出来がよい年は価格に上乗せしたり、逆に悪ければ価格を安くするようなことも試してみたいと話してくれました。

秋鹿酒造

米作りを酒造りの基本として考えている秋鹿酒造ですが、本当は「米作りをしている酒蔵と知ってほしくない」という思いもあるのだとか。それは、米作りのストーリーや背景を事前に知ってしまうと、お酒の味わいの感じ方に影響が出て客観的な評価ができなくなる恐れがあるためです。

「まずは全く知らない状態で飲んでもらって、そこでおいしいと感じたら、秋鹿酒造の酒造りや米作りについても興味を持ってほしいですね」

遊び心ある味わいの秋鹿酒造が造る酒

秋鹿酒造 商品

秋鹿酒造というと、生酛造りや山廃造りなどの昔ながらの製法で造ったお酒が多いイメージがありますが、実は速醸造りで醸された日本酒の方が多いのだとか。生酛造りで醸す銘柄のなかに、「へのへのもへじ」という自社栽培米を使った人気商品がありますが、こちらは以前は速醸造りで醸されていたそうです。

他にも、甘酸っぱい味わいが特徴の「28号酵母」を使った日本酒や「霙(みぞれ)もよう」という活性にごり酒、酒母をそのまま搾った商品など、遊び心があり「飲んでみたい」と思わせてくれる日本酒が数多く存在します。

秋鹿酒造が造るお酒の種類は、約60種類ほど。造り手自身も酒造りを心から楽しんでいるようで、「いろいろと造りすぎて自分で自分の首を絞めてますけどね」と笑いながらも、その挑戦に自信を持っているようでした。

「酒造りは米作りから始まる」を体現する秋鹿酒造。その酒造りの裏側には新たな味わいの日本酒を探求する飽くなき姿勢がありました。

(取材・文:磯崎 浩暢/編集:SAKETIMES)

この記事を読んだ人はこちらの記事も読んでいます