今宵もまた、文学作品から酒肴のお膳立て。人気時代小説「鬼平犯科帳」に見つけた一品を再現し、これを味わいつつ酒を楽しみます。
物語は、鬼平こと長谷川平蔵の親友・岸井左馬之助と、盗賊・明神の次郎吉との奇遇な出会いから始まります。互いに相手の素性を知らぬまま、左馬之助は次郎吉への恩義を形にするため夕食でもてなすことに。
剣術ではかなりの手練れである左馬之助も、剣を持たずば人の好い浪人。左馬之助の馴染みの料理屋で、鯉の塩焼きから宴は始まりました。
料理で季節感を醸成する、池波正太郎ならではの作風。どの作品においても臨場感があり、ついつい引き込まれてしまいます。特に、これを「夏の快味」と表現するあたり、旨いものをよく知っている著者の思いが込められていると感じます。
軍鶏(シャモ)はニワトリの一種。実際に、軍鶏鍋は江戸時代後期に江戸で流行していたそう。鬼平と密偵たちの馴染みの料理屋「五鉄」の名物として頻繁に登場し、鬼平自身も好物でよく食べています。暑い時期に熱い鍋とは、なんとも粋ですね。
滋養たっぷりな臓物鍋
モツ鍋の味付けにはさまざまなレシピがありますが、昔風の味わいを演出するため、割り下を醤油と酒、砂糖であわせて甘辛なすき焼き風に。具材として鶏レバー、ハツ、砂肝、キンカンなどを取り寄せ、作品通りにゴボウのささがきをたっぷりと添えて火にかけました。
武骨で野性味に富む鶏モツ。その鍋は滋養たっぷりで、まさに命を頂くイメージにあふれています。その中で、特に存在感を放つのはレバーでした。その独特な匂いと食感を欠いては、モツ鍋は成立しないと思うほど。
これに甘辛な割り下が絡まった味わいを想像しつつ、どんな酒をあわせるか思案しました。
夏にぴったりな爽快感を持つ「秋鹿」
セオリーで選ぶなら熟酒のように香味が濃厚なものになりそうですが、文中にもあった「夏の快味」として味わうのであれば、酒にも一定の爽快感が欲しいところ。そんな希望を酒屋に相談し、選び抜いたのが今回の1本です。
穏やかな果実香に迎えられて口に含むと、ピリッとフレッシュな口当たり。舌で踊る発泡感からは、槽搾直汲らしさを感じます。やがて、しっかりした旨みが酸味、甘みとともに響き合い、口の中にじわっとしみ渡ります。キレも軽快で、爽やかな飲み心地です。
もつ鍋の濃い味付けにも臆することなく、自身の香味をアピール。その爽快感でもつ鍋の風味を引き立てます。キレの良さも手伝って、モツの後味もすっきり。ピチピチと快活な味わいは、楽しいこと請け合いです。
濃淳を思わせつつ爽やかな味わいで、次郎吉のように堪らない気分にさせてくれます。期待以上の1本でした。
(文/KOTA)