2019年現在、日本酒を醸す酒蔵は全国に約1,500あると言われています。しかしその一方で、平成に入ってからの30年間で廃業した蔵は、800にも上ります。それぞれの酒蔵に、それぞれの"おらがまちの酒"があったことでしょう。
「時代の変化が激しい今だからこそ、現存するすべての酒蔵に足を運び、そこにある酒と思いを、みなさんに、そして未来に届けたい」という思いから、「日本酒を醸す全ての蔵をめぐる旅」が始まりました。
宮城県の酒蔵をめぐる旅の第2弾は、それぞれの形で新しい挑戦を続ける5つの酒蔵を紹介します。
モノづくりは楽しい─ 大沼酒造店 (村田町)
宮城県南部の村田町には、歴史ある重厚な店蔵が数多く残り、「乾坤一(けんこんいち)」を醸す大沼酒造店もその一角に位置しています。今回は、10年以上にわたって杜氏を務める菅野さんに話を伺いました。
大沼酒造店の特徴は数多くの品種の米を使用していること。品種によって、原料処理の方法を変えるのは当然ですが、米の出来具合は毎年変わるため、その微調整を行なうのは至難の技です。
菅野さんにその話を聞いてみると「ひとつひとつの個性を把握するのは大変ですが、やりがいは大きい」と笑みを浮かべていました。
多様な品種の米を使用すること以外にも、菅野杜氏は挑戦的な仕込みに取り組んでいます。そのなかには、同じ米と酵母を使用しつつ、発酵の管理を変えることで異なる味わいを造り出すなど、繊細な技術が問われるチャレンジもありました。
「自分の手掛けたことが結果になって返ってくる。『こうすればこう変わる』というのが、目に見えてわかる。自分で造ったものが商品になって、美味しいと言ってもらえる。モノづくりは楽しいですよ」
菅野杜氏の発する言葉や表情から、酒造りへの強い想いを感じ取ることができました。
家業を継ぐという重み─ 川敬商店 (美里町)
仙台市から1時間ほど北へ向かった先にある、美しい水田の広がる美里町。この町には、全国新酒鑑評会で15年連続の金賞を受賞している銘酒蔵・川敬商店があります。これは全国でたった2蔵しか成し得ていない大記録です。
話を聞いたのは、7代目の川名由倫(かわな ゆり)さん。偉大な記録について聞いてみると、15年連続が掛かった2017年度の造りには、大きな波乱があったのだそう。
当時、杜氏を務めていた父の正直さんが仕込みの前日にケガをして入院し、由倫さんが急遽、酒造りの指揮を執ることになったのだとか。酒造りに携わって6年目だった由倫さんは「蔵に戻ってからいちばん大変な時期でした。不安やプレッシャーは大きかったけれど、ここでやめるわけには......本当にいろいろな方々の力に支えられましたね」と、当時を振り返ります。
大吟醸酒を仕込んでいる最中、酒蔵の敷地から一歩も外へ出なかったという由倫さん。その努力が実って、15年連続金賞という偉業を成し遂げました。しかし、自身はとても謙虚で、蔵人やアドバイスをくれた方々へ感謝を何度も口にしていました。
2018年度の造りから杜氏の重責を務めることになった由倫さん。そんな彼女の話で、とても印象深いことがありました。
それは「攻めてこそ、伝統は守られる」という言葉です。川敬商店の実績は「時代に合わせて変化することによって、受け継いできたものを未来に残してく」という姿勢から生まれた賜物といえるのかもしれません。
宮城県最古の酒蔵─ 内ケ崎酒造店 (富谷市)
「鳳陽」を醸す内ケ崎酒造店は1661年の創業。宮城県の酒蔵で最古の歴史を誇ります。
「日本酒が好きで、この蔵に入社しました」と話す、勤続15年以上の地元出身社員・鈴木満さんに話を伺いました。
内ケ崎酒造店では、地元の有志の方々と社員たちが、いっしょに田植えや稲刈りをするイベントが恒例になっているのだそう。そのおかげか、農家との関係がとても厚いとのこと。
地元の方々や農家との繋がりがあってこそ、創業から350年以上経った現在も地元に愛される酒を作り続けられるのでしょう。
そんな内ケ崎酒造店の根本にあるのは「お客さんに『美味しい』と思ってもらいたい」という気持ちです。
これから先もずっと、お客さんの「美味しい」とともに、地元・富谷市で「鳳陽」の歴史を刻み続けていくのでしょう。
積み上げてきたもの、変えていくもの― 中勇酒造店(加美町)
宮城県の北西に位置する加美町にある花楽小路商店街。そこから南へ進むと、立派な佇まいの中勇酒造店が見えてきます。代表銘柄は「天上夢幻」です。
2014年に27歳の若さで実家の蔵へ戻った蔵元・中島崇文さんに話を聞きました。
中島さんは労働環境の改革など、経営者として、さまざまな変革に挑戦しています。そんな中島さんの大きなチャレンジは新銘柄「花ノ文」を生み出したこと。この銘柄のコンセプトは「原酒なのに低アルコール」だそう。
まったく新しい試みに見えますが、実は40年以上も前に中勇酒造店が生み出した「夢幻 吟醸原酒」をベースにしているとのこと。これは、ロックでも美味しい日本酒として発売された商品でした。当時、原酒をロックで飲むのは相当珍しかったようで、グルメ漫画に掲載されたこともあったのだそう。
「『天上夢幻』の原点は、この吟醸原酒にあると思っている」と、中島さんは語ります。
若い人々の間では、アルコール度数が高いために日本酒を敬遠する人が少なくありません。「花ノ文」は「原酒」という原点に「低アルコール」という現代の趣向をプラスして生まれました。
積み上げてきたもの、変えていくもの。その両方を大事にして誕生した「花ノ文」。かつて話題になった「夢幻 吟醸原酒」のように、中島さんの提案が世間をあっと言わせるのを楽しみに待ちましょう。
伝統とは、革新の連続である─ 一ノ蔵 (大崎市)
今年30周年を迎えた低アルコール日本酒「ひめぜん」や、同じく20周年を迎えたスパークリング日本酒「すず音」など、常に新しい提案をしてきた一ノ蔵。「宮城県の日本酒といえば?」と聞かれた時に、この酒蔵を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
一ノ蔵は業界に先立って、2004年に農業部門を立ち上げました。その名も「一ノ蔵農社」。主な目的として、原料米の確保や品質向上もあるようですが、それだけではなく、耕作放棄地の受け皿としても機能しています。
杜氏の門脇さんは地元の農家の生まれ。両親が農業を引退する際、田んぼの維持が難しくなってしまったそうですが、その田んぼを一ノ蔵農社に預けることができました。「いまは社員に耕してもらっています」と、うれしそうに話してくれました。
このように、担い手不足の農地を保全していく活動に精力的な一ノ蔵。社長の鈴木整(すずき ひとし)さんは、農業部門を継続していくことについて苦難が多々あることに触れつつも、「酒造りの原点は米にある」と、今後も力を入れていく様子でした。
酒造りにおける米の重要性は、造り手が口をそろえて話します。しかしながら、農業従事者が不足し耕作放棄地が増え、課題が山積していることもまた事実。鈴木社長は「伝統とは革新の連続だ」と語ります。
これまでと異なる革新的なアプローチによって、酒造りの伝統が続いていくのかもしれない。そんな思いを抱いた、宮城県の旅でした。
(旅・文/立川哲之)