城下町として、歴史的な景観が残る茨城県結城市にある、創業1867年の株式会社武勇。秋から春にかけての三季造りですが、少量をていねいに造っています。
食事といっしょに楽しむことができ、飲み飽きしない酒質を目指している武勇のお酒は、地元の郷土料理である鯉こくやあんこう鍋など、味の濃い料理に合う落ち着いた味わいとコクが特徴で、燗にしても美味しいと評判です。
越後杜氏の伝統を引き継ぎながら、独自の体制で、チームワークを大切に酒造りを行う武勇を訪ねました。
品質を向上・安定させるための設備
麹造りの責任者である麹師の高橋さんに酒蔵を案内していただきました。
まずは洗米から。
「洗米用の機械を導入するメリットは、大量に洗えるということもありますが、何よりもムラが出ないことです。データが取りやすいのも大きいですね。洗米や浸漬に使う水はタンクで温度を調整して、米の温度と同じかそれ以下にしています。毎回、条件を同じにすることで、ムラがなくなるのです」
ビニールカーテンを抜けると、一気に蔵内の温度が下がりました。
「温度が調節できる部屋として、平成2年に設備を新しくしました。室温が常に5℃になるようにしています。建物全体が冷蔵庫になっていると思ってください。仕込みは、総米1,500キログラム用のタンクを7本と、それより小さいタンクを7本使っています。週2本の仕込みを行なっていて、毎週月曜日は清掃の日。日を決めてやらないと、洗い物がたまってしまうんですよね(笑)」
麹・酒母・仕込みタンクが、同じ部屋に並んでいます。他の蔵では、なかなか見られない配置ですね。
「動線を考えて、このような配置にしました。おかげで、効率良く作業できるようになっています」
続いて、麹室へ。
「武勇の目指す味は、鑑評会で求められている酒質とは異なりますが、勉強のために、毎年出品酒を仕込み、鑑評会に求められる香味を醸し出すことにチャレンジしています。酒質の調整は、酵素の活性具合がポイントですね」
「こちらは貯蔵庫です。火入れは、搾ってから3日目に行う場合と、3週間ほど寝かせてから行う場合があります。武勇については、新酒も美味しいですが、寝かせてから真価を発揮するお酒が多いかもしれません」
白麹で勝ち取った最高金賞
蔵見学を終えて、造りに関するさらに踏み込んだ話を高橋さんに伺いました。
─「武勇 白麹 特別純米酒」が、2018年の「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」で、最高金賞を受賞されたそうですね。おめでとうございます!
ありがとうございます。以前から、白麹(主に焼酎を造るときに用いられる麹)を使ってみたくて、3年前から試験醸造を始めました。最初は、蔵に白麹を保管して置ける場所がなかったので、水戸にある茨城県工業技術センターで造っていたんです。自分の蔵だけでなく、勉強会という形で、県内の十数蔵といっしょに共同で仕込みました。
夏に麹を造って冷凍保存し、造りの時期に入ってから、7~8回のテストを重ねて、酸味の具合を決めていきました。武勇の味を損なわないようバランスをとるのに苦労しましたね。蔵では、白麹と黄麹のお酒を別々に造っていますが、白麹のほうが手間がかかるんですよ。
─「武勇 白麹 特別純米酒」は、どのようなお酒ですか?
最高金賞を受賞した「武勇 白麹 特別純米酒」は、昨年仕込んだ、1年熟成のお酒です。日本酒度は-25で、酸度は3.0~4.0くらい。原酒ですが、アルコール度数は14度くらいです。お客様に武勇のブランドを伝えていくために、コンテストには積極的に出品していきたいと思っています。
食事といっしょに、自然に飲めるお酒を
─ 武勇の特徴を教えてください。
目指しているのは、食事といっしょに飲めて、飲み飽きしないお酒です。結城市の郷土料理は鯉こくやあんこう鍋など、味の濃いものが多いので、それに合うような、落ち着いていて濃厚な味わいがウリです。香りが強すぎると食事を邪魔してしまい、甘すぎたり辛すぎたりしてもバランスが崩れてしまいます。食中酒は、この調整が難しいのです。
新しいお酒を造るときは、他の蔵と同じにならないように意識しています。流行のお酒を造るのではなく、"これこそ武勇である"とわかってもらえるようにしたいですね。
また、異なるタンクのお酒をブレンドしないのも特徴です。貯蔵タンクごとにそれぞれ瓶詰めをして、出荷しています。
─ 武勇に加えて、新しく「武勇酒蔵」というブランドが増えました。
酒米や造りに工夫を加えた、リーズナブルながらも本格的な味わいをもつ商品として「武勇酒蔵」のブランドを立ち上げました。2017年から始めた特約店用のブランドで、現在は5種類あります。すべて、山廃か生酛のみ。ラベルは、結城市の女性書家に書いていただきました。
「武勇酒蔵」以外にも、すべて茨城県産の原材料で造ったお酒もあります。県が開発した酵母、ひたち錦、そして茨城県の水で造った「ピュア茨城」という、茨城県酒造組合で取り組んでいるブランドです。
─ 白麹を使った共同仕込みや「ピュア茨城」など、茨城県の蔵はお互いに協力し合う取り組みが多いですね。
それは、茨城県工業技術センターの存在が大きいと思います。たとえば「IBARAKI造酒司」という試験醸造酒があります。これは、茨城県内の十数蔵が協力して、茨城県工業技術センターで造ったお酒です。今までは交流がありませんでしたが、この企画をきっかけに、気軽に連絡をとったり、意見を交換したりできるようになりました。技術面でみても、これまで、鑑評会で金賞を受賞したのは2銘柄だけでしたが、10銘柄まで増えたんです。茨城県工業技術センターの指導の賜物ですよ。
日本酒は、暮らしの潤滑油
─ 武勇のお酒を、どんな人に飲んでほしいですか?
若い人に日本酒を知ってもらいたいですね。今は、お酒を教えてくれる先輩がいません。若い人に飲んでもらえるように、フレッシュなものからどっしりとしたものまで、幅広いバリエーションを造っています。日本酒の楽しみ方を、飲みながら覚えていってほしいと思います。
─ 日本酒の魅力を知ってもらうために、どんな取り組みをしていますか?
以前、地元・結城市の酒屋に依頼されて「御手杵(おてぎね)」という酒を造りました。「御手杵」とは、結城市にある日本三大名槍のひとつで、その名前をもらったお酒です。飲みやすさがありつつも、槍のようなどっしりとしたイメージをもってもらえるお酒だと思います。若い人を中心に、あっという間に売り切れてしまったそうで、驚いています。
─ 日本酒の消費量が昔と比べて大きく減っていますが、どのように考えていますか?
日本酒の消費量は右肩下がりですが、ここ近年は海外が伸びていて、全体的には底についている状態だと思います。
年代別の印象として、50歳以上の方々は日本酒をたくさん飲みます。35歳以上は日本酒に限らず、いろいろなお酒を飲んでいる印象です。35歳未満はそもそもお酒を飲まないという人が多いと思います。武勇では、日本酒やお酒そのものをあまり飲まない人たちにも飲んでもらえるような甘酒やリキュールを造っています。
また、日本酒に興味をもつ人を増やす活動をこれからも続けていこうと思っています。 たとえば、10年前から、酒米の田植えや稲刈り、そして仕込みまでを子どもといっしょに体験できるイベントを開いていて、そこで造ったお酒を蔵で長期貯蔵しているんです。昨年、過去の参加者が20歳になったタイミングで「成人おめでとう」と、お酒を渡すことができました。
─ 今後、どんなお酒を造っていきたいですか。
山廃や生酛のような、濃厚でアルコール度数が高く、常温で個性を感じられるお酒が蔵の幹です。地元の料理と合う、米の味わいを感じられるものですね。
時代が変われば、お客様から求められるお酒も少しずつ変わっていきます。今は香り高いものや飲みやすいタイプが求められていますが、武勇らしい幹の部分がブレないようにしつつ、枝の部分で時代に求められている味を造って、お客様に喜んでもらいたいです。
すべてのお酒をしっかりと造り、完成度を上げていきたいと思っています。
─ 最後に、日本酒を通じて伝えたいことはなんでしょうか。
"ものづくり"を知ってほしいです。ただ酔うためのお酒もありますが、日本酒はそうではありません。万物の根源である水と技を使って、人間が固体である米を素晴らしい液体に変えたのです。
この液体のおかげで、だれかと仲良くなったり、うれしい気持ちになったり......人が暮らしていくなかでの潤滑油のような存在になっていくのが、私たちの目指すべき姿です。
どんな人たちがどんな思いで造っているのかを知ってもらえると、日本酒をより美味しく飲めると思います。そんな体験ができる武勇の酒蔵にも、ぜひ来てほしいですね。
守るべき味があるからこそ、進化できる
武勇のラインアップを、いくつか試飲しました。
「武勇 白麹」は甘酸っぱい味わいですが、後味がしっかりどっしり。これは肉料理にぴったりと合いそうです。「武勇酒蔵 生酛 山田錦」は軽快ながらも旨味が感じられました。「武勇 辛口純米」には、これぞ武勇という芯の太さと米の旨味がありました。「武勇 本醸造」は太い味わいで、香りが穏やか。どっしりと構えた、無骨な食中酒です。
最近の流行ともいえる、香り高くて飲みやすい、それ単体でも映えるような日本酒とは真逆を走る「武勇」。実際に話を聞いてみると、造りに対する考え方はとても柔軟でした。
"うちはうち、外は外"ではなく、世間で受け入れられている味に敏感になりつつ、軸はブレることなく、武勇流にアレンジしてみる。新しい手法や技術をどんどん取り入れる。その結果生まれたお酒は、前述の最高金賞受賞のように、高い評価を受けています。
イノベーションは制約から生まれるといいます。"武勇らしい味"という伝統と、時代に合った美味しいお酒を造りたいという純粋な気持ちが、武勇にしかない独自の味を生み出しているのかもしれません。これからも進化を続ける武勇に注目です。
(文/鈴木将之)