2019年10月、福井県の黒龍酒造が主催する1泊2日のワークショップイベント「KOKURYU CAMP 2019(以下「黒龍キャンプ」)」が開催されました。

全国の日本酒ファンから支持されている黒龍酒造は現在、200を超える酒販店と特約店制度を結んでいます。黒龍酒造にとって、酒販店は日本酒の魅力をともに伝えていくビジネスパートナー。そんな考えのもと、お客さんにもっとも近い存在である酒販店の現場スタッフに着目した企画が「黒龍キャンプ」です。

黒龍酒造の外観

「黒龍キャンプ」は大きく分けて2つの構成。まず、黒龍酒造のスタッフが全国の特約店を巡り、自社のこだわりや福井県の魅力を知ってもらうセミナーを開催します。

その後、各店の代表1名が黒龍酒造に集結し、酒蔵見学やワークショップを通して、日本酒の未来をつくるためにどんなアプローチが必要かをみんなで考えるのです。

実際に日本酒を売っている現場の方々は日本酒産業の課題をどのように捉え、どんな未来を描くのでしょうか。意見の交わされたワークショップの様子をレポートします。

「伝えたくなる気持ち」になってもらう

参加した酒販店は「横浜君嶋屋」や「味ノマチダヤ」「いまでや」「山中酒の店」など、たくさんのファンを抱えている計26店舗のスタッフ。ほとんどの参加者がお互いに初対面だったようで、会場には緊張感が漂っていました。

今回のワークショップをまとめるファシリテーターは「発創デザイン研究室」の冨永良史さんです。

「KOKURYU CAMP 2019」の様子

まずは自己紹介から。「緊張している」「わくわくしている」など、現在の心境を発表し合い、日本酒と聞いて思い浮かぶイメージを絵で表現するアイスブレイクを通して、これから1泊2日をともにするメンバーを知っていく時間です。

続いて、主要商品の酒造りを担う正龍蔵(せいりゅうぐら)と、主に貯蔵や出荷などを行う兼定島(けんじょうじま)を見学します。

黒龍酒造 正龍蔵

3年前に完成したばかりの正龍蔵はまだ新しく、最新の設備が整えられています。参加者はメモをとりながら、真剣な表情で説明に耳を傾けている様子でした。

黒龍キャンプの様子

参加者が特に注目していたのは、ファインバブルによる洗米の工程。ファインバブルとは、ナノレベルの細かい気泡で米の糠を落とす技術です。

大きなプラスチック容器に水を入れ、ファインバブルを発生させたあとに米を沈めます。細かい気泡が米糠を吸着する洗浄方法により、より優しく繊細な洗米が実現できるのだそう。

黒龍酒造の酒米

また、火入れには「ジュール加熱」という技術が導入されています。液体の温度を瞬時に上昇させる技術で、他の飲料や加工食品に使われていたものを改良し、日本酒の製造にも使えるようになったのだとか。温度を一瞬で変化させられるため、火入れによる酒質の劣化が少なく、フレッシュさが保てるのだそう。

酒母や醪タンクからは、発酵を感じる穏やかな香りが広がっていました。酵母の種類を変えるなど、試行錯誤を繰り返しながら、その年にあった造りを行なっています。

「KOKURYU CAMP 2019」の様子

見学が終わり会場に戻ると、どのような発見や気付きがあったかをお互いに共有します。参加者からは「動線が良く、作業が効率化されている」や「新しい機器を利用しながらも、大事な部分でひとの手が入っている」「冷蔵管理が行き届いている」などの感想が寄せられました。

案内を担当した同社の経営企画部部長 薮下喜行さんは「うれしい気持ちと同時に『伝える』ことをさらに徹底していきたいと感じました。『伝える』ための材料を渡して、『伝えたくなる気持ち』になってもらうことが大事だと考えています」と話してくれました。

日本酒の現在と未来を考える

続くワークショップのテーマは「今、日本酒市場で起きていること」。それぞれが考えた意見を紙に書き、グループで共有します。日々、お客さんと顔を合わせている酒販店の視点から見た、日本酒業界の"今"とはどのようなものなのでしょうか。

「KOKURYU CAMP 2019」の様子

当日は次のような意見が発表されました。

  • 日本酒を飲む機会の減少
  • 普通酒などの定番商品が売れない
  • 若手の蔵元や蔵人が増えている
  • 消費者の高齢化
  • 女性の飲み手の増加
  • 高額商品の増加
  • 食との相性が求められるようになった

「女性の飲み手の増加」などのポジティブな要素がありながらも、全体を見ると「海外から注目されている一方で、健康志向などの理由により日本酒が飲まれなくなってきている」「特定の銘柄や特定名称酒などは売れるが、定番品が売れない。商品による差が激しい」といったネガティブな意見が圧倒的。

ネガティブでもポジティブでもない「今、日本酒市場で起きていること」というテーマに対して、ネガティブな意見ばかりが出てしまったことに対して、ファシリテーターの冨永さんからも指摘がありました。

「KOKURYU CAMP 2019」の様子

次は「日本酒で実現したい未来」について話し合います。冨永さんからは「歴史が長くなればなるほど、思考が固定化され、ブレーキがかかってしまいます。現在の課題はいったん置いて、自由に未来を想像してみてください」と声がかかります。

すると、以下のような理想が飛び交いました。

  • 日本酒を飲んで健康になる
  • 日本酒で世界平和
  • 日本酒のテーマパークをつくる
  • 世界中で日本酒を楽しめる
  • 全国民に毎日1合飲んでもらえる

他にも「日本酒を主食にする」「飲んでも酔わない日本酒」「日本酒の日を国民の休日にする」などのアイディアもみられました。

日本酒の未来について自由に考えている時間は、どのグループでも笑顔が見られ、明るい声が響きました。

それぞれが思い描く「日本酒の未来」

「黒龍キャンプ」も2日目、ワークショップはいよいよクライマックスです。初日のディスカッションや懇親会を通してさらにグループの仲が深まり、緊張はずいぶんほぐれている様子。

昨日のワークショップを踏まえ、日本酒産業に対して自分がしたいこととお客さんが喜ぶことの接点を探ります。自分が日本酒を売ることで、どんなことに貢献できるのか。真剣な表情で悩みながら、言葉に落とし込んでいきます。

「KOKURYU CAMP 2019」の様子

「自分ができること」として挙げられたのは「造り手、売り手、飲み手の思いを結ぶ」や「日本酒を通じて、日本のものづくりの素晴らしさを伝えたい」など。これらをさらに深く掘り下げて、「社会に提供したいこと」と「未来のお客様の根源的欲求」から「日本酒を通じて実現したい未来のシーン」を考えます。

「KOKURYU CAMP 2019」の様子

特に、お客さんの欲求がどのように変化しているのかが重要なポイント。「震災などで地域のコミュニティが見直されたり、顔の見えるコミュニケーションが重視されたりするようになった」など、それぞれの考えを発表します。

最終的にはこれまでの話をまとめ、「日本酒の未来」をストーリー仕立てで紙芝居へと落とし込み、グループ単位で発表することに。「いつ」「どこで」「だれが」などを具体的に考えることで、アイデアの骨格に肉付けしていきます。

「KOKURYU CAMP 2019」の様子

発表では、日本酒を飲むコミュニティが広まり、大学などの教育機関で日本酒を学べる環境が整った世界、ローカルやグローバルを越えて日本酒でつながる世界など、さまざまな未来が参加者によって思い描かれました。

プレイヤー同士のつながりが未来をつくる

最後に、ファシリテーターの冨永さんは「ありえないと思えたことでも、『こうしたい』という気持ちが強くなれば、なんだかできそうな気がしませんか?」との言葉を参加者に投げかけ、「黒龍キャンプ」は幕を閉じました。

「KOKURYU CAMP 2019」の様子

2日間の「黒龍キャンプ」を通して、参加者からは「みんなで協力すれば、課題を解決できそう」「いつもと違う非日常のシチュエーションで話し合ったことで、視野が広まった」「ポジティブな未来を描けて楽しかった」などの感想が寄せられました。

また、「これまでライバルだと思っていた他店の方々が自分と同じことで悩んでいることを知って仲良くなれた」など、参加者同士の一体感も生まれたようです。

「黒龍キャンプ」は黒龍酒造のことをより深く知ってもらうことのみならず、酒販店というこれからの日本酒産業に重要なキーパーソンたちのチームワークづくりにも影響を与えました。

日本酒に関わるすべての人々がポジティブな未来を想像し、現在の課題に向き合っていくことで、日本酒の未来が良い方向に変わるのかもしれません。

(取材・文/橋村望)

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