北海道十勝地方の中心都市・帯広市にある帯広畜産大学に日本酒蔵が誕生します。
このプロジェクトは、上川郡上川町に蔵を構える上川大雪酒造と提携し、同大学キャンパス内に「十勝緑丘株式会社」を設立するもの。大学キャンパス内に日本酒蔵が建設されるのは全国初の試みです。
無限の可能性を秘める北の大地で大学と酒蔵がタッグを組み、新たな「産学官金連携」による地方創生への期待が高まっています。
「地方創生蔵」の新たな取り組み
設立会見が行われたのは7月29日。帯広畜産大(以下、帯畜大)にて奥田潔学長、上川大雪酒造の塚原敏夫代表取締役社長、大学と酒蔵の関係者が出席しました。
上川大雪酒造の塚原社長は、この壮大な計画に関して、「最初のきっかけは3大学経営統合の話が出たことでした」と話します。
3大学経営統合とは、帯畜大、北見工業大学(以下、北見工大)、小樽商科大学(以下、樽商大)の道内の国立大学3校が2022年4月に経営統合すること。塚原社長をはじめ、上川大雪酒造には樽商大OBが数多く在籍しています。「このプロジェクトが3大学経営統合の象徴的な取り組みになれば」という思いが、大学側とも一致したのでした。
「農業から始まり、工業的な加工技術、商品のマーケティングで消費者に届けるという、6次産業化を一気通貫で学べる大学と企業の連合になる」と塚原社長。大いなる可能性に賭ける事業となります。
上川大雪酒造は、三重県から酒造免許を上川町に移転するという前例のない形で、2017年に北海道12番目の日本酒蔵として新設されました。「日本酒における地方創生」を謳う、新進気鋭の酒蔵です。
川端慎治杜氏が醸す酒のクオリティーはもちろんのこと、その趣旨に賛同する企業や自治体と連携する「地方創生蔵」としての活動内容が全国的に注目され、多くの業界関係者が研修や見学に訪れています。そんな蔵が、早くも新たなビジネスに取り組みます。
全国初!大学キャンパス内に日本酒蔵が誕生
新たな挑戦の地となる帯広市は、札幌市から約190㎞東にある人口約16万6000人の都市です。
帯広市を中心とする十勝地方は、北海道外の方が北海道をイメージする通りの、広大な大地と大自然に恵まれた日本屈指の食糧基地となっています。NHKの連続テレビ小説「なつぞら」の北海道編の舞台にもなっているので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
帯広畜産大学は、学部が畜産学部のみという全国唯一の国立農学系単科大学として1949年に設立されました。実学を通して獣医や畜産、農業、食のスペシャリストを養成する大学です。北海道ではおなじみで、「帯蓄(おびちく)」や「畜大(ちくだい)」などと呼ばれています。
学生数は1200人弱と小規模ですが、総面積1,889,624㎡(東京ドーム41個分)という緑に包まれたキャンパスが広がり、馬や牛、羊などさまざまな動物が飼育されています。まさに「ほっかいど~、でっかいど~!」と叫びたくなるキャンパスですね。
大ヒット漫画「銀の匙」の舞台も十勝地方。映画化もされ、帯畜大がロケ地になりました。
広大なキャンパスでの日本酒蔵建設は、国内の大学でも前例のない試みとなります。
東京農業大学など醸造を学べる学科が設立されている大学はありますが、奥田学長は「私どもが調べた限り、日本酒蔵のある大学は日本初です。大学で育てた米や、培養した酵母を酒蔵に渡し、醸造してもらうことで大学ブランドの日本酒を造るという例はありますが、大学内に蔵を設置して日本酒を造ることは初めての試みと認識しています」と話します。
キャンパス内に日本酒蔵を設置するメリットについては、「食の重要な要素のひとつである『発酵・醸造』に関わる現場レベルの実践的な教育研究が可能になること」と、奥田学長。
また、「豊富な農畜産資源を有する十勝地域を中心とした、北海道発の清酒酵母の蓄積が可能になります。将来的には『酵母ライブラリー』を学内に設置し、中長期的な試験や研究が可能になり、地域内外の産業、学術界へのさらなる貢献も期待できます」と付け加えました。
「十勝緑丘株式会社」は7月10日に会社登記が完了し、現時点で塚原社長が代表取締役に就任しました。
最短で年内着工を目指し、2020年春に竣工。5月には試験醸造を始め、同年7月に試験醸造酒として発売するスケジュールを予定しているそう。原料米はできる限り北海道産を使用し、年間生産石高は400石程度を想定しています。
「十勝緑丘」の酒造りの方針は、上川大雪酒造「緑丘蔵」の川端杜氏が決定します。緑丘蔵は全量純米酒蔵ですが、純米にこだわらず、本醸造酒などのアルコール添加酒にも取り組み、学生や市民により親しまれる酒造りを思い描いているようです。学生は実地研修という形で酒造りを経験し、研究や学習の場にもなります。
「人材育成も今回のテーマのひとつです。日本酒業界は全国的に後継者問題を抱えています。日本全国から受験者が集まる帯畜大に酒蔵を建設することは、業界を支えていく人材の大きな供給源となり、共同で研究や教育を行うことにも大きな意義があります。卒業生が北海道の酒造りを担う人材になってほしいという気持ちもあって参画しました」と、塚原社長は話してくれました。
川端杜氏の技術や指導と学生の若い感性が融合し、どのような日本酒が造られるのか。そして、未来の醸造や発酵学を担うどのようなスペシャリストが育つのか、興味は尽きません。
日本酒文化の復活を目指して
最盛期には15蔵ほどの日本酒蔵があった十勝地方。しかし、現在は存在せず、米の作付面積も最大120ヘクタールからもち米のみとなる5ヘクタールにまで落ち込み、日本酒文化も衰退していきました。
しかし、地元信用金庫の主導により、2010年に「とかち酒文化再現プロジェクト」が立ち上げられました。2011年に十勝管内音更(おとふけ)町の農場で栽培された酒造好適米「彗星」での酒造りを田中酒造(小樽市)に依頼し、翌年にプロジェクトブランド酒「十勝晴れ」が誕生。
帯畜大も同プロジェクトの連携会議に有識者として参加し、現在に至るまで酒米播種や田植えにも参加しています。
このように日本酒文化復活の機運が盛り上がる中、キャンパス内での日本酒蔵の誕生は、道産酒のさらなるブランド化や酒質向上、人材育成、地方創生等の新たなモデルケースとなる可能性を秘めています。どのような存在になっていくのか、これから先が楽しみです。
(取材・写真・文 木村健太郎)