北海道の最高峰・大雪山の麓に位置し、日本一早い紅葉で知られる上川町は、2017年に北海道12番目となる酒蔵「上川大雪酒造 緑丘蔵」が誕生したことで話題になりました。
その上川町では、町のシンボルとも言える大雪山を大学のキャンパスに見立て「大雪山大学」という地方創生プロジェクトが行われています。
大雪山大学の活動の一環として、昨年秋に全3回で行われたのが「大雪日本酒ゼミ」。上川町と上川大雪酒造とがコラボし、日本酒を軸にしたまちおこしについてさまざまなアイデアが出されました。今回レポートする「上川町日本酒満喫ツアー」は、この時に出されたアイデアをもとに企画されたものです。
地元食材を使った料理を日本酒とともに楽しんだり、ふだんは見られない緑丘蔵の内部を杜氏に案内してもらったり、酒米の田んぼを見学して生産者のお話を聞いたり。上川町長みずからもガイドを務め、上川町と日本酒の魅力を満喫した1泊2日のツアー。その様子をレポートします。
酒米の田んぼのほとりで、クロストーク
札幌からバスに乗車した参加者は25人。時折雨の降るあいにくのお天気でしたが、車内は明るく和気あいあいの雰囲気。
参加者全員に「日本酒を楽しむ」という共通の目的があるからでしょうか。あちらこちらで「どんなお酒が出るんだろう」「ランチはフレンチの名店のはず。日本酒に合う料理ってどんなだろうね」という会話が聞こえます。
札幌から1時間半ほどで到着した旭川駅では旭川発着の参加者3名と、上川町長・佐藤芳治さんが乗車。バスの中では、佐藤町長が上川町の魅力についてのガイドしてくれました。
「上川町の人口は4,000人弱。スキージャンプの髙梨沙羅選手の故郷でもあります。上川町と言えば『層雲峡温泉』くらいしか知られておらず、これまでは通過型の観光だけでした。
ですが、大雪山から湧出した美味しい水を強みに『上川ラーメン日本一の会』や『そばうち同好会』が活発に活動しているほか、日本一美しい紅葉地帯もあります。みなさんが本日ランチをとられる『フラテッロ・ディ・ミクニ』は、まさに大雪山の懐に抱かれる憩いの場所にあり、同じ敷地の中には北海道ガーデン街道のなかで一番新しいイングリッシュガーデン『大雪森のガーデン』も。
そんな魅力あふれる私たちの町、上川町に昨年できた新しい宝が、上川大雪酒造の緑丘蔵です。大雪山のおいしい雪解け水を使って、手造り・少量生産にこだわり、特に女性に人気の高いのが緑丘蔵の日本酒。このツアーではそのお酒もぜひ堪能していただけますので、ぜひとも上川の魅力を存分に楽しんでください」
佐藤町長から上川町の魅力が語られるうちに、バスは旭川市と上川町の間にある愛別(あいべつ)町の水田に到着。緑丘蔵の杜氏・川端慎治さんと酒米生産者・柴田隆さんが出迎えます。
実は上川町では酒米生産は行われず、緑丘蔵で使用する酒米はここ愛別町をはじめ道内数カ所の契約農家によって生産されているのです。
田んぼのほとりで、佐藤町長と川端杜氏、そして、酒米生産者の柴田さんのクロストークがスタート。
「我々の後ろに広がるのは『吟風』、道路を隔てた反対に広がるのは『彗星』。特に『吟風』は寒さに弱く今年7月の低温の影響が心配されるほか、『彗星』は温度や水量などに細やかな管理が必要な品種となります」と、柴田さんが酒米について説明してくれました
川端杜氏からは、石川県金沢市で過ごした大学時代、素晴らしい日本酒と出会い酒造りの道へ進むことを決めた思い出が語られます。
「工学部に在籍していた大学時代、僕は男子寮にいたもので毎晩のように仲間と安い日本酒をラッパ飲みしていたのが日本酒と出会った最初です。ある年、一夏山小屋でアルバイトをして40万ほどのお給料をもらい、ちょっと良いお酒を飲んでみようかと思って買ったのがある大吟醸酒だったんです。感動しましたね、涙が出ました。一生をかけて自分もこんなお酒が造れるようになりたいと。その酒蔵へ弟子入りすることを決めました」
刈り入れまで後1ヶ月ほどという稲は、黄色く色づき清々しい美しさ。参加者のみなさんは水田の写真を撮ったり、上川町役場のみなさんが用意してくれた樽やのぼりとともに記念撮影をしたり、と思い思いに過ごします。
「飲まさる日本酒」と絶品フレンチを堪能
ランチ会場は、日本を代表するフレンチのシェフ・三國清三氏がプロデュースするフレンチ&イタリアンレストランの「フラテッロ・ディ・ミクニ」
大きな窓に大雪山連峰が広がる美しい眺望に感嘆の声があがります。ワイングラスに日本酒が注がれ、川端杜氏の発声で「乾杯!」。和やかな雰囲気で食事がはじまりました。
乾杯の日本酒は、緑丘蔵が上川地区(上川町・愛別町)限定で発売している「神川」の純米大吟醸。
「札幌近郊の南幌町で作った彗星を40%精米したお酒です。少し甘めで飲みやすく仕上げているので、料理にも合うと思いますよ。スイスイ飲めてしまい、北海道弁で言う『飲まさる酒』になっていると思います」という川端杜氏の言葉に、深くうなずく参加者の姿がありました。
「菜園風野菜のサラダ」「留萌産小麦『ルルロッソ』のタリオリーニ」と料理が続き、本日のメインは「酒粕でマリネしたあまむ豚のロースト」。こちらのメニューは、昨年の「大雪山大学 日本酒ゼミ」で、地元食材を使った日本酒に合う料理として提案したものです。
「ほんのり酒粕の香りで、日本酒によく合いますね」「酒粕の効果もあってか、お肉がしっとりと柔らかくて本当においしい」と、日本酒をおかわりする参加者が続出しました。
彗星を使った精米歩合70%の「神川 純米酒」については、「コクがあり、旨み深いお肉にも負けないしっかりした味。デザートの甘酒杏仁豆腐にもよく合って、さらに飲まさってしまいますね」「ランチタイムにワイングラスでいただく日本酒のおいしさに感動しています」と、笑顔をほころばせていました。
食事の後は、佐藤町長と川端杜氏のトークセッションです。
「大雪山を正面に望むこの場所は、『カムイミンタラ(アイヌ語で「神々が遊ぶ庭」。大雪山を指す言葉)』にふさわしい素晴らしい場所。せっかくだから日本を代表するフレンチのシェフである三國清三氏に運営をお願いしたいと考えたんですが、周囲の人全員に無理だ無謀だと大反対されました。それでもご本人にぶつかってみたところ快諾いただき、このレストランとヴィラが発足しました。
その結果、人のご縁が広がって上川大雪酒造に来ていたただくこともできた。私は緑丘蔵を地方創生蔵だと考えています。ここを出発点にして、さらに新しいものを生み出し、目の前の景色を広げていきたいと思います」と、佐藤町長。
川端杜氏が話してくださったのは、蔵を立ち上げるときのエピソードでした。
「上川大雪酒造の塚原社長が三重県から北海道に酒造免許を移し、ここに事実上の新しい酒蔵と造ろうとしていると聞いた時には『そんなことは無理に決まっている』と思いました。ですが話を聞いているうちに、どうやら塚原さんなら実現してしまいそうだというのが見えてくるようになって。そこから、図面設計や機器導入のアドバイスを求められ、気づけば自分もスタッフになっていました。
私からは、これまでの経験を生かし、徹底して北国の気候に合った高断熱の設計とすること、そして小規模・高品質の酒造りを行うことを提案しました。なんなら大吟醸酒のような少量仕込みだけの酒蔵でもいいだろうと」
「しかし、大変なプレッシャーですよ(笑)。誰も使ったことのない初めての機械設備でいったいどんなお酒ができるのか。しかも酒造りは冬にやるものと相場が決まっているのに、試験醸造が始まったのは5月です。気温の問題もあるし、酒米だってすでに古米。幸いにも試験醸造第1号から高い評価をいただけましたが、自分なりに初めて納得がいく仕上がりだと思えたのは、試験醸造3号が初めてでした」
そんな川端杜氏の本音トークに、参加者のみならず佐藤町長までもが深くうなずきながら耳を傾けていたのでした。
杜氏の解説を聞きながら「緑丘蔵」を見学
ランチの後は、フラテッロ・ディ・ミクニ隣接の「大雪森のガーデン」でほんのり秋色に染まり始めたガーデンを見学。秋らしく高い青空が広がる下で、心地よい風に吹かれながらの散策を楽しみました。
そして、ガーデン見学の後は、いよいよ緑丘蔵へ!
酒蔵のイメージを覆す、コンパクトで近代的な建物に参加者のみなさんは一様に驚いた様子。建物の隣では、新たな工事も始まっていました。
「今ある蔵の横に、今の蔵と同じくらいの建物を造り、貯蔵庫と焼酎の製造設備にする計画です。また、蔵の前には道の駅のような売店やイートインスペース、休憩所もある建物をつくる予定です。日本酒以外にも、甘酒や酒由来の化粧品、農産物の直売などができたらと計画しているんです」と、川端杜氏。
洗米や蒸米を行う部屋の大きな窓からは外の景色も見渡せますが、逆に窓の外側から建物内部をのぞき込む見学者の姿も見えます。
「緑丘蔵は屋外に見学用のテラスを設け、窓から自由に酒造りの見学ができるのが特徴です。設計士さんが参考にしたのは、実は旭山動物園の行動展示。建物内にいる我々は、展示動物というわけです」
と、ユーモアたっぷりに話す川端杜氏の言葉に思わず笑いがこぼれました。
「仕込みタンクでは1ヶ月ほどかけて、じっくりと醪を熟成させていくんですよ」
タンクごとに温度、時間などが細かく記載された酒母室、吹き抜け構造の仕込みタンク室と見学は続きます。
内部見学の後は、一般でも利用可能なテラスの見学ルートへ。普段見ることのできない麹室の様子まで、予約不要で誰でも自由に見学できることに驚きの声が上がっていました。
緑丘蔵見学の後は、この日の宿泊先である層雲峡グランドホテルへと向かいます。夕食は大雪高原牛や北海道らしさあふれる魚介などが並んだバイキングです。
さらに、層雲峡温泉開発に大きな功績があった創業者・荒井初一氏をしのび、ホテル社員全員で酒米の田植えから収穫、酒造りまでを行ったオリジナル日本酒「初一」の試飲もありました。日本酒に合うおつまみとして、特別に上川産ニジマスのカルパッチョも提供されました。
「自分たちのホテルの料理に合う酒を」というコンセプトのもと、旭川市・高砂酒造で造られた「初一」は、まさに食中酒に最適な料理を邪魔しない穏やかなお酒。「個性の強いお酒も楽しいけれど、食事をより楽しくしてくれるお酒ってこういうものなんですね」という感想も聞こえてきました。
上川町の魅力を存分に堪能
渓谷を見下ろす温泉の露天風呂で疲れをとった翌朝は、希望者のみのオプショナルツアーからスタート。早朝から黒岳ロープウェイとリフトを乗り継いで、雄大な風景を満喫しました。
朝食のあと一行が向かったのは、層雲峡・大雪山写真ミュージアム。館長は、日本を代表する山岳写真家でもある市根井孝悦さんです。「季節ごとにさまざまな表情を見せてくれるのが大雪山。ぜひまた別の季節にも来てください」と話す市根井さんに、参加者のみなさんもすっかりファンになったようでした。
その後は、A班・B班に別れての別行動。A班は、上川町そばうち同好会の指導で、蕎麦打ち体験と試食です。蕎麦を打つのは初めてという方が大半とあって、まなざしは真剣そのもの。
その甲斐あって、どのグループでも初めてとは思えないほど本格的な蕎麦ができあがりました。
自分で打った茹でたての蕎麦をすすりながら、ともに味わったのは緑丘蔵の「神川」の特別純米酒。「自分で打った蕎麦に、サラリと飲めて相性抜群の日本酒。最高だね!」と話す参加者も。
一方のB班は、「ラーメン日本一の町・上川町」を満喫すべく、町の人気店「あさひ食堂」で酒粕ラーメンを楽しみました。濃厚な味噌に酒粕とアボカドが調和したユニークなラーメンは、女性にも男性にも大好評。
こうして1泊2日の行程を無事に終えて帰路についた、上川町日本酒満喫ツアー。
「とにかく盛りだくさんの内容で充実度MAX。いろいろなお酒を飲み比べられたことも楽しかった」
「杜氏や町長のお話をすぐ間近で聞け、直接質問もできたのがとてもよかった」
「上川町がこんな素敵な場所だなんて知りませんでした。9月下旬の紅葉を見にまた来ます。その時は緑丘蔵のお酒、全種類を制覇したいですね」
と言った感想が聞かれ、参加者はみな、大満足だったようです。
(取材・文/石渡裕美)